厄介者コンビ
川沿いの遊歩道には、朝から何人もの警察官が集まっていた。
原因は、ここ数日、この川で相次いで目撃されているという一匹のワニだった。
目撃者の話によれば、その大きさはおよそ二メートル。種類はメガネカイマンらしい。
もちろん、日本の川にワニがいるなど普通ではない。
近隣住民からの通報が相次ぎ、交番勤務の警察官だけでは手が回らなくなっていた。そこで警察署は、刑事課からも応援を派遣することにした。
その応援要員として、真っ先に名前が挙がったのが佐伯と水野だった。
周囲からは、ひそかに「厄介者コンビ」と呼ばれている二人である。
水野は二十四歳。刑事課に配属されたばかりの新人刑事だ。
大きな瞳に、整った顔立ち。しなやかな黒髪は後頭部でひとつに束ねられ、すらりとした身長は百六十五センチほど。凛とした立ち姿も相まって、誰もが振り返るような美しい女性だった。
その容姿だけでも十分に目を引くが、彼女が周囲から注目される理由はほかにもあった。
海外の名門大学を卒業した才女であり、噂では在学中にFBIからスカウトの話まであったという。
もっとも、本人はそうした噂に興味を示すこともなく、常に冷静で、理論とデータを重視する真面目な性格だった。
一方の佐伯は、身長百七十五センチほどの中肉中背。髪はまだ十分に残っているものの、すっかり貫禄のついた中年男性である。
若い頃はそれなりに女性にもてたのだろうが、今では立派なおじさんだ。
タバコは吸わず、酒も特別好きというわけではない。
ただし、スーツには並々ならぬこだわりを持っている。
愛用するのはグレーのスーツ。ズボンの裾は三センチ幅のダブル仕上げ。ジャケットの袖口は手首より一センチ上、シャツの袖は手首より一センチ下にくるよう仕立てられている。
そのこだわりは相当なものだったが、なぜかネクタイにはまったく興味がない。どれを締めても同じだと思っているらしい。
そんな二人は、川岸に並んで立っていた。
「メガネカイマンは、もともと南米の淡水域に生息するワニの一種です」
水野は川を見つめたまま、よどみなく話し始めた。
「比較的温暖な気候を好み、水辺の草むらや水中に身を潜める習性があります。目撃情報と周辺環境を照合すれば、潜んでいる場所をある程度絞り込めるはずです」
「へえ。ずいぶん詳しいねえ」
佐伯は川を眺めながら、気のない返事をした。
「それで、その知識は役に立つのかね?」
「もちろんです。動物には習性があります。行動範囲や気温、水辺との距離などを分析すれば、行動パターンを予測できます。おそらく、この近辺の水辺の草むらに潜んでいるはずです」
「そーかねー」
佐伯はあくびをひとつした。
「俺がカイマンなら、腹が減ったら上流にある養鶏場を狙うけどな」
「養鶏場は水辺から離れています。警戒心の強いカイマンが、わざわざそこまで移動するとは考えにくいです」
「なるほど!」
佐伯は妙に納得したようにうなずいた。
水野は小さく息をつき、再び川の方へ視線を戻した。
この人は本当に捜査をする気があるのだろうか。
そんな疑問が頭をよぎったが、口には出さなかった。
それからしばらくして、二人の無線機が鳴った。
『上流の養鶏場より連絡。敷地内で大型のワニを発見。現在、専門業者とともに捕獲作業を行っています』
「えっ……」
水野は思わず無線機を見つめた。
まもなく、カイマンが無事に捕獲されたとの続報が入った。
「そんな……!」
水野は信じられないといった表情で佐伯を見た。
佐伯は少しだけ得意げに口元を緩めた。
「生き物ってのはな、追い詰められると常識外れな行動をするもんだよ」
佐伯は川の向こうを眺めながら続けた。
「カイマンも慣れない日本で追い詰められてたんだろうなあ。かわいそうに」
そして、何かを思い出したように水野の方を振り向いた。
「あっ、ちなみにこれ、人間にも当てはまるから!」
「……そうですか」
水野は素っ気なく答えた。
佐伯はそんな反応を気にする様子もなく、ズボンの裾を軽く整えた。
「さて、帰ろうか」
「まだ報告書が残っています」
「そうだったなあ……」
佐伯は面倒くさそうに肩を落とした。
こうして、厄介者コンビの一日は終わった。
もっとも、この二人が本当に力を発揮するのは、こんな平和なワニ騒動などではなかった。




