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『灰燼の世界で、俺の白銀(アウラ)だけが消えない』 ──東方の刀『不知火』で切り拓く夜天の夜明け──  作者: 柊 篝


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第10話:特務遊撃、強行突入!

三千もの灰燼種が蠢く黒泥の包囲陣へ向け、最高速度で突撃する特務重装軍用馬車!

隊長クロードの大太刀から放たれる漆黒の炎が、敵の大軍勢を力づくで両断する!

第二城門の目前、逃げ遅れて全滅寸前の砦守備兵たちを発見した第7小隊。

フェリの乱射、シエルの影縫い、そしてカナタが不知火を抜き放ち、決死の救出劇が幕を開ける!

閉まりかける第二城門へ滑り込め──特務遊撃第7小隊、強行突入!!

 ──ドォォォォォォォォォンッッッ!!!!

 地響きが荒野を揺るがした。

 それは軍馬の蹄の音ではない。特務重装軍用馬車の車輪が、白灰に覆われた大地を文字通り抉り砕きながら、限界を超えた突進速度へと到達した轟音だった。

 客室の内部を襲う、暴力的なまでの重力加速度。

 座席の背もたれに強く押し付けられながら、カナタは不知火の柄を握る手に力を込めた。

 前方を見据える小窓の向こう──視界のすべてを埋め尽くしているのは、蠢く黒泥の海だった。

 三千体を超える灰燼種の大軍勢。

 骨を剥き出しにした狼型、人間の死骸を弄ぶようにねじ曲がった二足歩行型、分厚い岩石の甲殻を背負った甲虫型。多種多様な異形が肩を擦り寄せ合い、第二城門を食い破らんと群がっている。

 その巨大な包囲網の真後ろから、第7小隊の馬車は一切の減速なしに、一直線に突っ込んでいた。

「おいおい、どいつもこいつも後ろがガラ空きじゃねえか!」

 吹き荒れる突風の中、御者台で仁王立ちしたクロードの怒号が響き渡る。

 男の黒い双眸には、恐怖など一片の欠片も宿っていなかった。宿っているのは、絶対的な暴力で獲物を狩る捕食者の光。

 左腕に手綱を巻きつけたまま、クロードは右腕で大太刀を真横へと薙ぎ払うように構えた。

 ボウッ、ボオォォォォッ!!

 刀身の根元から吹き上がるドス黒い不滅の炎。

 周囲の空気が一瞬で焼き焦がされ、大気中の白灰がチリチリと炭化して消滅していく。

「特務遊撃第7小隊のお通りだ──道を開けなァッ!!」

 ──『黒炎衝・双突(こくえんしょう・そうとつ)』ッッ!!

 大太刀が二度、空気を十文字に両断した。

 瞬間、解き放たれた漆黒の火炎が、巨大な二筋の火柱となって前方の群れへと突き刺さった。

 ゴオォォォォォォォォッッッ!!!!

 轟音とともに、黒煙の竜巻が巻き起こる。

 馬車の進路正面にひしめき合っていた百体以上の灰燼種が、断末魔を上げる暇すら与えられず、一瞬にして消し炭へと変えられた。

 焼け爛れた赤土の大地の上に、真っ赤に熱を帯びた一直線の「黒炎の滑走路」が切り拓かれる。

「ヒヒィィィィンッ!」

 四頭の巨馬が嘶き、黒炎の熱風をものともせず、炎の滑走路を猛然と駆け抜けた。

 突然の背後からの強襲に、三千の群れがパニックに陥る。

 群れの後方にいた灰獣たちが一斉に振り返り、黒鉄の塊となって突っ込んでくる馬車に向けて、凍てつく爪牙を剥き出しにして殺到し始めた。

「グルアァァッ!」

「ギャウゥゥッッ!」

 左右から飛びかかってくる黒泥の影。

 だが──。

「アタイたちの行く手を遮るんじゃないにゃあぁぁっ!」

 客室の屋根ハッチを蹴破り、青髪を逆立てたフェリが天幕へと飛び出していた。

 両手の大型魔導拳銃が、カチャリと撃鉄を起こす。

 ドバババババァンッ! ドババババババァンッッ!!

 左右交互に繰り出される、神速の二丁拳銃乱射。

 放たれた徹甲魔導弾の光条が、馬車の側面に飛びつこうとした灰狼たちの眉間を次々と撃ち砕いていく。

 フェリの青い三角耳はピーンと垂直に張り詰め、お尻から伸びた青い尻尾は戦闘への高揚感で太く膨らみ、空気をビュンビュンと唸らせていた。

 彼女の精密無比な迎撃網を抜けて馬車の車軸へ潜り込もうとする素早い個体に対しては──。

「……通さない」

 車窓から外壁へと滑り降りたシエルが、静かにクナイを放つ。

 ピシュッ! ピシュッ!

 影を縫い止める漆黒の符が地面に突き刺さり、飛びかかった異形たちの動きが空中で縫い止められる。

 シエルのポニーテールの隙間から伸びた長いエルフ耳が、風下の殺気を捉えてピクッ、ピクピクと鋭敏に跳ね上がっていた。

 疾走する馬車は、三千の包囲網を力づくで両断しながら、第二城門の前へと一気に迫っていく。

 城門まで、あと五十メートル。

 その時だった。

「──カナタ、あそこを見るのじゃ!」

 首元に巻きついていたコハクが、カナタの耳元で叫んだ。

 白狐の鋭い前足が、前方の倒壊したバリケードの陰を指し示している。

「あそこ……!? っ、人がいる……!」

 カナタの視界に飛び込んできたのは、無残に砕け散った土嚢と防護杭の隙間。

 そこに、五人の正規軍の兵士たちが追い詰められていた。

 彼らの鎧はボロボロに引き裂かれ、手にした槍の穂先はへし折れている。

 一人の若い兵士は脚を負傷して座り込み、残る四人が必死に折れた剣を構えて庇い合っていたが、その手足にはすでに痛々しい黒灰色の『灰化痕』が広がり始めていた。

 その五人を取り囲むように、十数体の四足型灰獣が、死の息を吐きながらじりじりと包囲を狭めている。

「もう……ダメだ……」

「くそっ、ここまでなのか……門は閉ざされたままだ……!」

 兵士たちの瞳から、完全に生気の光が消え失せていた。

 灰獣が一斉に牙を剥き、絶望に竦む彼らの喉首へ向けて跳躍する──まさにその刹那だった。

「クロード隊長! 右です! あの人たちを助けます!」

 カナタが叫んだ。

「言われるまでもねえッ! 振り落とされるなよッ!」

 クロードが豪快に手綱を右へと引き絞った。

 ギギギギギッッ!!

 車輪が悲鳴を上げ、四頭の巨馬が大地を滑らせながら、重装馬車が凄まじいドリフト旋回を描いてバリケードの正面へと横付けされた。

「フェリ、シエル、牽制しろ! カナタ、行って引っこ抜いてこいッ!」

「了解にゃ!」

「……御意!」

 ドババババァンッ!

 屋根上のフェリから放たれた魔導弾が、兵士たちへ飛びかかろうとしていた先頭の灰獣二体の頭部を粉砕した。

 同時にシエルが放った三本のクナイが地面へ突き刺さり、残る個体の影を縫い止める。

 そのコンマ数秒の隙間を、カナタは見逃さなかった。

「──させませんっ!!」

 馬車のステップを力強く踏み抜き、カナタは荒野の赤土へと飛び出した。

 着地と同時に、腰の黒漆の太刀──『不知火』の鯉口を弾く。

 カチリッ!

 澄み渡る金属音が戦場に響き、白銀の刃が抜き放たれた。

 吸って、吐いて、丹田に落とす──薪割りの呼吸!

 ドクンッ!

 カナタの心臓の奥底から、純白の熱量が奔流となって不知火の刀身へと流れ込んだ。

 キィィィィン……ッ!

 刀身全体を包み込む、揺らめく白銀の陽炎──『熾衣(アウラ・ヴェール)』!

「な……んだ、あの光は……!?」

 死を覚悟していた守備兵たちが、目を見張った。

 拘束を振りほどいて飛びかかってきた三体の灰獣。

 その鋭い爪がカナタの首筋を裂かんと迫るが──カナタの不知火は、迷いなく真っ直ぐに上段から振り下ろされた。

 ズバァァァァンッッ!!

 一刀のもとに、三体の灰獣がまとめて両断された。

 切り口から溢れ出した眩い純白の光の粒子が、死の灰の冷気を一瞬で蒸発させる。

 黒煙も煤も残さず、三体の異形はキラキラと輝く光の雪となって大気の中へと昇華し、跡形もなく消滅した。

「ひ、光になって……消えた……!?」

 兵士の一人が腰を抜かして呟く。

「皆さん、立ってください!」

 カナタは不知火を正眼に構え、迫り来る後続の敵を睨み据えながら叫んだ。

「夜天守護騎士団・第7小隊です! 助けに来ました! 早く、馬車の中へ入ってください!」

「夜天……!? 王都からの援軍なのか……!?」

「生きてる……俺たち、助かるのか……!?」

 兵士たちの瞳に、急速に光が戻った。

 カナタは負傷した兵士の腕を自分の肩に担ぎ上げると、仲間たちを馬車の開け放たれた客室ドアへと力強く押し込んだ。

「早く、こちらへ! 怪我人は奥の座席へ座らせてください!」

 客室の中から、エレナが身を乗り出して兵士たちをテキパキと引き入れ、応急手当の止血帯を素早く巻きつけていく。

 だが──。

 獲物を奪われた三千の灰燼種が、完全に激怒していた。

 地平線を埋め尽くす黒泥の津波が、馬車と、そしてカナタたちを取り囲むように、四方八方から雪崩を打って押し寄せてくる。

「カナタ、全員乗ったにゃ! 早く戻るにゃ!」

 屋根の上からフェリが叫ぶ。

「まずいぞカナタ! 敵の数が多すぎるわ! 押し潰されるぞッ!」

 首元でコハクが牙を剥き、金色の瞳を険しく光らせる。

 その時だった。

 頭上──十数メートル上空の黒鉄の城壁から、けたたましい叫び声が響き渡った。

『──見ろ、あの馬車の紋章! 夜天の双星章だ!』

『大太刀の黒炎……十星天刃、第7席クロード様だぞッ!』

『援軍だ! 夜天の精鋭が突入してきたぞ! 第二城門を開けろォォッ! 開門、開門せよォォッッ!!』

 ギギギギギギギッッ……!!

 重々しい鉄鎖の軋み音とともに、これまで頑なに閉ざされていた第二城門の巨大な鉄扉が、ゆっくりと上方へ持ち上がり始めた。

 城内へと続く、命の隙間。

 しかし、それを察知した灰燼種たちの動きもまた狂暴を極めた。

 城門が開いた隙間に雪崩れ込もうと、数百体の異形が馬車の正面へと殺到してくる。

 このままでは、馬車が城門をくぐる前に敵の群れに飲み込まれ、城門そのものが突破されてしまう。

「クロードさん、門が……!」

「慌てるな! エレナ、出番だぞッ!」

 クロードが御者台を蹴りながら怒鳴った。

「はいっ……! 絶対に、通させません!」

 客室の窓から身を乗り出したエレナが、両手で『医療用短杖』を正面へと突き出した。

 豊満な胸元が激しく波打ち、彼女のアーモンド形の瞳に、これまでにないほどの決死の光が宿る。

 短杖先端の湖水色の魔導水晶が、大気を震わせるほどの眩い蒼光を放ち始めた。

 キィィィィィィンッッッッ!!!!

「巡る清流、全てを押し流す絶対の防壁となれ──『水輪の障壁・絶流大瀑布(アクア・イージス・グランカスケード)』!!」

 ザバァァァァァァァァッッッ!!!!

 荒涼たる戦場に、突如として天から滝が落ちてきたかのような轟音が炸裂した。

 馬車の前面、そして開きかけた第二城門の開口部を完全に覆い尽くすように、高さ十メートルを超える半透明の巨大な激流の壁が立ち昇ったのだ。

 ギャゥッ!?

 城門へ雪崩れ込もうとしていた先頭の灰燼種たちが、猛烈な水圧の直撃を受けて次々と吹き飛ばされていく。

 触れるものすべてを腐食させる死の冷気も、エレナが命を削って維持する濁流の膜によって強引に押し戻されていた。

「くっ……ああぁっ……!」

 エレナの口から悲鳴に近い喘ぎが漏れる。

 短杖を支える細い両腕が激しく痙攣し、額から大粒の汗がポロポロと零れ落ちる。

 三千の圧力を真正面から受け止めるその魔導負荷は、常人なら精神が焼き切れるほどの重圧だった。

「カナタ、跳べッ!!」

 クロードの怒号が響く。

 カナタは迫り来る最後の一体を不知火で一刀両断すると、地面を力任せに蹴りつけた。

 馬車の側面ステップへと飛び乗り、手すりを強く掴む。

「乗りました!」

「よしッ! 全員、頭を下げろォォッ!!」

 バチィィィィィンッッ!!

 クロードの長鞭が、巨馬たちの背中を力強く叩いた。

 ヒヒィィィンッ! と嘶いた四頭の巨馬が、エレナの激流の壁を突き抜けるようにして、開きかけた第二城門の隙間へと飛び込んだ!

 ガガガガガッッ!!

 馬車が敷居を滑り抜けたその瞬間──。

「門を閉じろォォッ!! 全速力で落とせッ!!」

 城壁の上から怒声が降る。

 ドゴォォォォォォォォンッッッッ!!!!

 天地を揺るがす地響きとともに、数十トンの黒鉄の城門が力任せに叩き落とされた。

 ズズズン……と巨大な黒鉄のかんぬきが嵌まる重々しい音が響き渡る。

 ガンッ! ガガガガガッ!

 扉の外側から、獲物を逃した無数の灰燼種たちが扉を狂ったように引っ掻く爪音が反響するが、分厚い黒鉄の城門はビクともしなかった。

 キィィィィ……と、車輪が軋む音を立てて、馬車がゆっくりと停止した。

「はぁ……っ、はぁ……っ、はぁ……っ……」

 車内を満たしたのは、全員の荒い呼吸の音だけだった。

 エレナが短杖を取り落とすようにして座席へ崩れ落ち、カナタが慌ててその肩を支えた。

「エレナさん! 大丈夫ですか!?」

「ええ……なんとか、魔導が保ちました……。皆さん、ご無事ですか……?」

 蒼白な顔で微笑むエレナに、カナタは深く息を吐き出して頷いた。

「はい……全員、無事です。エレナさんのおかげです」

「ふにゃあぁぁ……死ぬかと思ったにゃ……」

 屋根から降りてきたフェリが、床にペタリと座り込んだ。青い三角耳を力なく垂らし、尻尾の毛がへなへなと萎んでいる。

 シエルもまた壁に背を預け、息を整えながら、ポニーテールの隙間の長い耳をピクピクと小さく震わせていた。

「助かった……本当に、助かったんだ……」

「夜天守護騎士団……噂には聞いていたが、本当に敵の真ん中を突っ切って助けに来てくれるなんて……!」

 救出された五人の守備兵たちが、床に膝をつき、カナタたちの足元で涙を流して感謝を口にしていた。

 だが──。

 馬車のドアを開け放ち、一歩外へと足を踏み出したカナタの身体が、再び凍りついた。

「……っ……」

 第二城門の内側。

 砦の内郭に広がっていた光景は──外の地獄とはまた違う、静かで、救いのない絶望だった。

 立ち込める白灰と消毒薬の匂い。

 広場や中庭、地下へと続く石段の至るところに、粗末な布を敷いただけの簡易担架が無数に並べられていた。

 横たわっているのは、数え切れないほどの負傷兵たち。

「う……あぁぁぁ……熱い……冷たい……誰か、助けてくれ……」

「痛い……腕が、腕の感覚が消えていく……!」

 あちこちから漏れ聞こえる、苦悶と絶望の呻き声。

 彼らの包帯の隙間から覗く肌には、黒灰色の『灰化痕』が、まるで呪いの茨のように脈打って広がっていた。

 指先から手首へ、足首から太ももへ。

 命の体温を奪われ、石のように冷たく壊死していく肉体。

 軍医たちが血まみれの白衣で走り回っているが、その手元にある中和薬のアンプルはほとんど空で、誰もが絶望的な表情で立ち尽くしていた。

「手遅れだ……! 中和薬がもうない! 心臓まで灰が回ったら、もう助からないんだ……!」

 軍医の悲痛な叫びが、薄暗い中庭に木霊した。

 カナタの胸が、激しく締め付けられた。

 昨夜の父ソウマの最期が、脳裏を過る。

 命を奪うのは、敵の牙や爪だけではない。触れられた瞬間から命を蝕み続ける、この『死の灰』そのものなのだ。

「……ひどい……」

 カナタの後ろから降りてきたエレナが、言葉を失って立ち尽くしていた。

 手綱を離し、馬車から降り立ったクロードの黒い双眸もまた、険しく細められている。

 刻一刻と、仲間の命が冷たい灰へと変わっていく。

 逃げ場のない砦の中で、少年カナタの魂の熱量が、今まさに試されようとしていた。

第10話をお読みいただき、本当にありがとうございました!

三千の包囲網を馬車ごと突き破る、特務遊撃第7小隊の怒涛の強行突入!

クロードの黒炎が道を切り拓き、フェリの狙撃、シエルの影縫い、そしてカナタの不知火が、絶望の淵にいた守備兵たちを間一髪で救い出しました!

エレナの命がけの『水輪の障壁・絶流大瀑布』による城門死守も見事でした。

しかし、第二城門をくぐり抜けた先に広がっていたのは、灰化侵食に苦しむ大量の負傷兵たちと、底をついた医療物資の現実……!

第11話は中和薬が尽き、死を待つばかりの若い兵士を前に、カナタの白銀が真の救済の奇跡を起こします!

どうぞお楽しみに!

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