2026年 春 家に帰ったら世界が違った⑨ カルトが勝利した世界
他にも歴史関係の本を何冊か引っ張り出して確認してみた。
読めば読むほど、気分が悪くなる。
阪神大震災で日本中が混乱していた時期。
そのタイミングで、全国同時多発的な毒ガステロが発生したらしい。
サリン。
その他の化学兵器。
細菌兵器まで使われたと書かれている。
警察署。
自衛隊駐屯地。
さらには在日米軍基地周辺まで攻撃された。
実働部隊が機能停止する中、“偶然にも”オウム真理教系組織が迅速に治安維持へ乗り出し、混乱を収束させた——というのが、この世界の公式歴史だった。
そんなの、どう考えても変だ。
まるで最初から全部知っていたみたいじゃないか。
……いや。
自作自演なら説明はつく。
だが、そこで私は別の違和感を覚えた。
オウム幹部って、そんなに有能だったっけ?
本来の歴史で読む限り、彼らは大学に入るまでの“お勉強”は出来ても、その後はさっぱりで、実務能力はかなり怪しかったはずだ。
一部例外はいる。
でも、国家転覆レベルの大規模作戦を回せるような組織には思えない。
手際が良すぎないか?
誰か別の連中が裏にいた?
そこまで考えて、私は頭を振る。
陰謀論みたいだ。
でも、この世界そのものが既に陰謀みたいなものだった。
当時の与党は社会党。
現在の社民党の前身。あの政党か。
本によれば、彼らは非常事態対応の一部をオウム系組織へ委任したらしい。
あり得ない話……とも言い切れなかった。
混乱。
テロ。
政府機能麻痺。
その中で取引か、脅迫か、あるいは思想的接近か。
何かがあったのだろう。
在日米軍は、この騒動をきっかけに日本から段階的に撤退した。
当時のアメリカ大統領はビル・クリントン。確かハト派だったと。
しかも、この世界ではソ連崩壊が起きていない。
つまり冷戦継続中。
米軍としても、下手に日本国内へ軍事介入すれば、ソ連を刺激しかねなかったはずだ。
そう考えると、完全に荒唐無稽とも言えない。
トランプ大統領だったら、他国だろうと構わず斬首作戦など行ったかもしれないが、この時代の米軍は、それほど過激では無かったはずだ。
気味が悪いほど、辻褄が合ってしまう。
さらに嫌だったのは、当時のマスコミの反応だ。
本来の歴史でも、松本サリン事件直後には、オウムを擁護する論調がかなり存在していたらしい。
「冤罪」
「偏見」
「宗教弾圧」
そんな言葉が飛び交っていたという。
まだネット社会以前。
テレビや新聞の影響力は、今より遥かに強かった。
だから、この世界では——。
多くの人が違和感を抱えながらも、“救世主オウム”という空気に飲まれていったのかもしれない。
教団は、表向きの国家権力を欲しがらなかったようだ。
本来の歴史では「○○大臣」と名乗って“国ごっこ”をしていたのに。
この世界では学習したらしい。
表へ出すぎるより、裏から支配した方が安全だと。
深く息を吐く。
気づけば、スマホのバッテリーがかなり減っていた。
電波も繋がっていない謎状態なのに、電気だけは普通に消費するらしい。
充電器……。
あ。
バッグの中だ。
外出用のモバイルバッテリーも入っている。
少し安心する。
少なくとも、しばらくは“向こう側”へアクセスできる。
そして私は、駄目元でAIへ頼んでみた。
『この番号へ電話して』
『この内容をメールで送って』
『LINEして』
『警察へ知らせて』
返答は、すぐ表示された。
『私は外部サービスへ自律的にアクセスしたり、メール送信や通報を実行したりすることはできません』
……まあ、知ってたけど。




