2026年 春 家に帰ったら世界が違った⑧ ハルマゲドンは回避されたらしい
本棚から社会科の教科書を引っ張り出し、ページをめくる。
数分後。
「……やっぱり」
思わず声が漏れた。
歴史が違う。
1990年頃までは、私の知っている世界とほぼ同じだった。
だが、その先が違う。
松本サリン事件。
地下鉄サリン事件。
本来なら、オウム真理教によるテロ事件として扱われていたはずの出来事。
しかし、この世界では違った。
教科書には、
『日本転覆を狙う悪の勢力によるテロ』
と書かれている。
そしてオウム真理教は、その“悪の勢力”と戦い、日本を救った英雄組織という扱いだった。
「……は?」
思わずページを持つ手に力が入る。
さらに読み進める。
『1999年に予定されていた人類最終戦争〈ハルマゲドン〉は、尊師率いる救済活動によって回避された』
『日本国民は救世主への感謝を忘れてはならない』
気持ち悪い。
また眩暈がした。
今日だけで何回目だろう。
こんな世界で、生きていかなきゃならないの?
どっと不安が込み上げ、私はスマホを探した。
……あれ。
どこ置いたっけ。
一瞬焦ったが、床の上に転がっているのを見つける。
ベッドの上に置いたと思っていたのに。
疲れてる。
自分でも分かる。
念のため、スマホで“本来の歴史”を確認した。
オウム真理教。
地下鉄サリン事件。
教祖・麻原彰晃。
——死刑執行済み。
やっぱり、こっちの世界がおかしい。
だが、画面を読み進めるうち、胸が重くなる。
サリン事件では、多くの人が死亡した。
後遺症に苦しみ、人生を狂わされた人も大勢いる。
そんな連中が、この世界では支配者になっている。
ひどすぎる。気分が悪くなった。
教科書から分かったのは、政府や憲法そのものは残っているということだった。
ただし、実権は別にある。
オウム教団。
表向きは民主国家。
だが実態は違う。
朝廷と江戸幕府。
あるいは、イラン政府と革命防衛隊。
そんな関係に近い。
さらに、歴史には他にも差異があった。
ソ連崩壊が起きていない。
「ソ連?それん?ソビエト連邦……ロシアか」
思わず呟く。
私たちの世代だと、ほとんど歴史用語だ。
ロシアの昔の名前、くらいの認識しかない。
でも、元の世界では確かに崩壊していたはず。
私はスマホへ打ち込む。
『ソ連は崩壊してない』
AIは即座に反応した。
ソビエト連邦崩壊。
東欧革命。
冷戦終結。
長々とした説明が画面へ並ぶ。
それを読んで、私は静かに息を吐いた。
……そうか。
やっぱり、私の知っている歴史の方が正しいんだ。




