2026年 どこかの平行世界 前編
「――以上で、本日のインタビューは終了となります。
冬月先生、お疲れさまでした」
「ふう……。思ったより長くなったねえ」
老人は椅子にもたれ、小さく背伸びをした。
「悪かったね。昼間は予定が詰まっていて、こんな時間しか空けられなかった」
「お気になさらず。記者なんて夜が本番ですから」
「そうか」
老人は、少し笑った。
「考えてみれば、君とも長い付き合いだな」
「ええ。私が新人だった頃からです」
「あの頃は若かったなあ。お互い」
「先生は今でも現役じゃないですか」
「いやいや。そろそろ引退だよ」
老人は肩をすくめる。
「圃場にも立たん。役所にも顔を出さん。政治にも口を出さん。もう十分だろう」
「そんなことありませんよ」
思わず声が大きくなる。
「先生がいなければ、この国は今の姿にはなっていません。
食料不足を解決した新品種の開発。
農業改革。
市民運動。
政治改革。
そのどれか一つだけでも歴史に残る偉業です」
「買いかぶり過ぎだよ」
老人は苦笑した。
「結果的にうまくいっただけさ」
「その『結果』を作ったのが先生です」
「いや、君は好意的な記事をたくさん書いてくれたから、良い助けになったよ。
もっとも時々、批判記事も書いてくれたけど」
「いえいえ、あれは…。
今だから言いますが、『検閲』にかからないよう、時々ガス抜きの記事を書かなきゃならなかったんですよ」
「うん、判ってるよ。
君の書く批判記事は、文章に気持ちが乗っていなかった。
嫌々書いてるのが丸わかりだったからね」
「あれ?バレてましたか。私、物書き失格ですね」
老人は照れくさそうに笑い、机の引き出しから一本の酒瓶を取り出した。
「難しい話は終わりにしよう。
今日は飲みたい気分なんだ」
「お酒ですか」
「こんな時間じゃ店も開いてない。
執務室で悪いが付き合ってくれ」
老人はグラスを二つ並べた。
琥珀色の液体が静かに注がれる。
「ありがとうございます」
グラスを合わせる。
軽く一口。
静かな夜だった。
しばらく無言で酒を味わってから、老人がぽつりと言った。
「そういえば君」
「はい」
「さっきのインタビューには入れなかった話がある」
「まだ何か?」
「いや」
老人は少しだけ笑う。
「誰にも話していない事だ。これは記事にしなくてもいい。
酒の席の与太話として聞いてくれ」
「ずいぶん意味深ですね」
「信じなくても構わない」
一拍置いて、老人は静かに続けた。
「実は私ね」
グラスを見つめたまま言う。
「別の世界から来た人間なんだよ」




