2026年 春 私の、使命……?② 祝いの席は御通夜のようだった
その日の夕食。
食卓の真ん中には、尾頭付きの鯛が鎮座していた。
我が家はこっそり3食とも食べるのだが、今日は、いつもよりずっと豪華だ。
……私がダーキニー候補に選ばれた、その祝いらしい。
なのに。
食卓を包む空気は、お祝いどころではなかった。
まるで、お通夜だ。
誰も笑わない。
誰も「おめでとう」と言わない。
ただ箸の音だけが、小さく響いていた。
昼間、私が学校をさぼったことも。
上級信者を蹴り飛ばしたことも。
たぶん、とっくに家へ伝わっている。
それでも、お父さんもお母さんも、その話には一切触れなかった。
私も何も言わない。
ダーキニーのことも。
学校のことも。
……上級信者のことも。
蹴り、ちょっと強すぎたかな。アイツ、ケガさせちゃったかな。
……いや。
死んでたらいいのに。
そんなことを考えていると、お父さんが無言で立ち上がった。
冷蔵庫を開ける。
取り出したのは、缶ビール。
一本。
二本。
三本。
え。
うち、こんなにビールあったんだ。
プシュッ。
お父さんはグラスも使わず、そのまま缶に口をつけた。
ゴク、ゴク、ゴク。
一気に飲み干す。
この世界では、お酒はあまり歓迎されない。
教団は飲酒を嫌っている。
信者なら厳禁。
「酒を飲む者に救済はない」とまで言うらしい。
だから、お父さんがお酒を飲む姿を見るのは、これが初めてだった。
祝い酒じゃない。
どう見ても、やけ酒だ。
空になった缶を置くと、お父さんはもう一本開けた。
今度は、お母さんへ差し出す。
「……ん。」
それだけ。
お母さんも無言で受け取り、やっぱりグラスは使わない。
ゴクゴクと飲み干した。
こっちも、やけ酒だった。
…あっちの世界でも、私の両親は下戸なので、飲んでる姿を見た事がない。
二人とも、黙ったまま二本目を飲む。
部屋に流れるのは、缶を置く音だけ。
やがて、お父さんが私を見た。
「澪も飲むか。」
缶を一本、こちらへ差し出してくる。
……いやいや。
それ、元の世界でも違法だから。
「私はいい。」
そう言うと、お父さんは「ああ」とだけ返して、自分で飲み始めた。
それにしても。
教団が嫌うビールを、こんなに買い込んでいたなんて。
ずっと前から冷蔵庫に隠してあったんだろうか。
夕食は、そのまま終わった。
最後まで誰も笑わなかった。
自室へ戻り、そのままベッドへ倒れ込む。
天井を見つめながら、大きく息を吐いた。
疲れた。
今日は、本当に疲れた。
コンコン。
ドアがノックされた。
「澪。」
お父さんの声だった。
「入っていいか。」
「うん。」
ドアが静かに開く。
お父さんは部屋へ入ると、後ろ手にドアを閉めた。
そして――
カチャリ。
鍵を掛けた。
……え。
何?
お父さんは私の机の椅子に腰を下ろした。
しばらく黙ったまま、私を見つめている。
やがて、小さく息を吐き、口を開いた。
「大事な話がある。」
やっぱり。
ダーキニーのことだ。
そう思った。
でも。
お父さんの口から出てきた言葉は、まったく違っていた。
「澪。」
「……おまえ、こっちの世界の人間じゃないだろ。」




