過去編 1993年 秋 パソコンショップ
秋も深まり、ようやく涼しくなってきた。
その日、俺たちはパソコンを買うため街へ出ていた。
俺は詳しくないが、一緒に来た友人はそこそこマニアだ。店選びは完全に任せている。
家電量販店を何軒か回り、パソコンショップを梯子して歩いていると、一軒だけ妙な店を見つけた。
「あれ?」
俺は雑居ビルを見上げた。
「ここもパソコンショップって書いてあるぞ。」
「本当だ……。」
友人も首をかしげる。
「でも、なんか場違いだな。」
確かに、この辺りはパソコンショップが並ぶ通りだ。
しかし、そのビルだけ妙に薄暗く、事務所ビルのような雰囲気だった。
「新しい店かな。」
看板を読む。
「……パソコンショップ・マハーポーシャ。」
「マハーポーシャ?」
どこかで聞いた名前だ。
思い出せない。
とりあえず二階へ上がる。
店の前まで来て、思わず立ち止まった。
静かだ。
いや、静かすぎる。
ショーウインドーもない。
派手なポスターもない。
パソコンショップというより、小さな会社の事務所のようだった。
「ここ……だよな?」
恐る恐るドアを開ける。
カラン――
というベルも鳴らない。
店内はしんと静まり返っていた。
BGMも流れていない。
たいして広くも無い部屋だが、がらんとして広く感じる室内。
壁際に長机。
置かれているパソコンは二台だけだった。
デスクトップが一台。
ノートが一台。
……それだけ。
「店……だよな?」
友人も小声になる。
その時だった。
「……いらっしゃいませ。」
「「うわっ!」」
思わず声が出た。
いつの間にか、すぐ後ろに女性が立っていた。
心臓が止まるかと思った。
最初からいたのだろう。
ただ、あまりにも存在感がなく、まったく気付かなかった。
服装は普通だ。
髪型も普通。
なのに、雰囲気だけが異様だった。
目が据わっている。
生気がない。
まるで何日も眠っていないような顔だ。
「……何か、お探しですか。」
細く、力のない声だった。
この人、本当に生きてるんだよな?
「ええ、パソコンを買おうかと思いまして。」
俺はできるだけ普通に答えた。
「学生なんで、あまり予算はないんですけど。」
女性は静かにうなずく。
「うちは……注文を受けてから組み立てますので……。」
「組み立て?」
「CPUも、お客様のご希望に合わせて……。
486DX2も、お選びいただけます……。」
横で友人が少し反応した。
なるほど。
詳しい人なら分かる話らしい。
だが俺には、さっぱりだ。
「メモリ容量も……ご予算に応じて設計します……。」
注文生産?
しかも設計から?
……それで安くなる理屈が、よく分からない。
「すみません。」
俺は苦笑した。
「やっぱり今日は、既製品を見て回ろうと思います。」
女性は表情一つ変えず、
「そうですか……。」
と言ったあと、一枚の紙を差し出した。
「では、お名前と、ご住所を……。」
「え?」
なんで?
買わないのに?
個人情報だけ?
その瞬間だった。
思い出した。
マハーポーシャ。
……オウムか。
そうだ。
教団が資金集めのために始めたパソコンショップ。
東京の秋葉原にも店があると、週刊誌で読んだ。
こんな地方都市にも支店が進出したのか。
なるほど。
布教の名簿も集めているわけか。
人件費は信者。
利益も教団。
だから安い。
理屈は分かった。
でも。
ここで買う気には、とてもなれない。
何が入っているか分かったものじゃない。
店を出ると、二人同時にため息をついた。
「思い出した。」
友人が言う。
「あいつらだ。」
「ああ。」
「大学祭でゲロ吐いてた宗教。」
思わず笑ってしまう。
あれから四年。
当時は、おかしな連中だと思っていた。
変な芸を見せる、お笑い集団みたいなものだと。
だが今は違う。
パソコンショップまで作り、
秋葉原でも商売になる製品を売るだけの技術力がある。
週刊誌では、教団の事件やトラブルが毎週のように報じられている。
笑って済ませられる相手では、なくなりつつあった。
大阪の日本橋で見たことも思い出す。
象の被り物をかぶった集団が、
「パソコンがー!」
「DOS/Vがー!」
「激安だー!」
「激安だー!」
「「「マハーポーシャー!!!」」」
と叫びながら、ビラを配っていた。
あの時は笑って見ていた。
でも今思えば、あれも教団の顔だったのだ。
俺は雑居ビルを振り返った。
窓には何も映っていない。
それでも、誰かに見られているような気がして、足早にその場を離れた。




