2026年 春 地獄の高校生活② ダーキニーです
ひとりだけ満面の笑みを浮かべた上級信者は言った。
「おめでとうございます、冬月澪さん。
あなたは、栄えあるダーキニー候補者に選ばれました」
ダーキニー?なんだ、それは。
聞いたことあるような響きだが。
何にしても、ロクでもない事に違いない。そう思った。
それにしても、この上級信者から初めて名前を呼ばれた。
コイツは、私の名前なんて知らなかったんだろう。そればかりか、眼中にもなかったはずだ。
「最終的な決定は、これからですが。
何せ、全国の女子高校生の新一年生から選抜されるわけですからね。
さすがの尊師も、まだ全員の資料に目を通したわけではないのですよ。
たまたま、この高校に関しては、早めに選考が終わったわけで。
取り合えずは、一次審査合格だと思ってください。でも、ご安心を。よほどの事が無い限り、最終決定も同然ですから」
なに?
「今の段階でも、あなたのステージは、かなり上がりました。私と同等と言っても良いでしょう。空海よりも上です。
これからは、様々な特典がもらえます。制服の色も変わります。ご家族に対しても、様々な配慮がいただけます。
背負っていたカルマが浄化されたばかりか、来世の分も浄化されるのです」
理解が追いつかない。
だが、私が理解してようがいまいが、関係なくべらべらしゃべってくる。
コイツ、こんなに饒舌だったのか。
…ただ、「どうだ、ありがたいだろう。ほれ、ありがたがれ。ほれ、ほれ」と言いたいであろう事は判る。
「もう修行ステージが上がったので、戒律はほとんど守らなくてよいです。肉食も許されますし、好きな時に食べたいだけ食べても良いのです。覚醒して悟りを開いた、ステージの高い人は、何をしても罪にならないのです。例え人を殺しても許されます」
いや、肉なら今でも食べてるし。時々だけど。学校の無い日は家で3食たべてます。内緒だけど。
何を食べても良いって、そういえば麻原は居酒屋やファミレスの料理が好きだって読んだな。元の世界の本で。
歴史上、悟りを開いたという高僧の奇行に関するエピソードは本で読んだ事あるけど、絶対に違うと思う。
いや、それよりも…
「あの、ダーキニーって?」
べらべらと話し続ける上級信者を遮って、私は質問した。
奴は、しゃべるのをやめ、信じられないという目で、私を見た。
「まさか、知らないんじゃないでしょうね?
尊師のお相手…いや、特別ワークを指導してもらえるんですよ。マンツーマンで。
大変、名誉なことです。気に入っていただければ、何度も呼んでいただけるんですよ。
そうなると、正式なダーキニーです!」
うげ。
それって、つまり…。そういう事?
いや、待て。違う。違うにきまってる。
外れてくれ、私の想像。
……待て。
それって、まさか。
……思い出した。ダーキニー。あれか。
麻原専属の愛人。若い子ばかりだったと聞いた。
麻原って七十歳越えてるんだろ。
そもそも、悟りを開いたって設定は、どうなったんだ?
「そんな事を言われても、私、信者じゃないし」
「何を言っているのです!日本人なら誰でも信者ですよ!」
「嫌です。おかしい」
「おかしくないですよ。最終解脱者、この世の誰よりも優れた方から手取り足取り学ぶのです。ああ、本当にあなたがうらやましいですよ!しかも、この学校から2人も!名誉なことです。私も鼻が高い」
だめだ。
コイツ何を言ってもかみ合わない。
その後も何か喋っていた。
ステージがどうとか、制服の色がどうとか、家族への待遇がどうとか。
……一つも頭に入ってこない。
そのまま、職員室を出て教室に向かう。
本当に、なんという世界だ。
家に帰ったら、なんて説明しよう。
父さんと母さんは助けてくれるだろうか。
学校へ抗議してくれるだろうか。
……いや。
この世界では、その抗議でさえ罪になるのかもしれない。
それとも逆に――
「名誉なことじゃない」
なんて喜ぶのか。
……いや、それはない。
職員室にいた先生たちの顔を思い出す。
拍手はしていた。
でも、誰一人笑っていなかった。
目だけが死んでいた。
嬉しそうだったのは、あの上級信者だけだ。
あいつだけが、本気で祝福していた。
担任が無言で歩く。
気づけば私も、その後ろを歩いていた。
教室まで送るつもりらしい。
いや、そこまでしなくていいんだけど。
「先生。」
呼び止めると、担任が振り返る。
「私、お手洗いに寄ってから戻ります。」
「あ……そう。」
担任は少し考えてから、小さくうなずいた。
「じゃあ、これで。」
数歩歩きかけて、また振り返る。
「それと……ドアのことは気にしないで。」
……え?
「替えのドア、あるから。」
そう言い残して去っていった。
替えのドア。
なるほど。
蹴っていいってことか。
よし。
トイレへ直行する。
個室の前で深呼吸。
そして――
「どりゃあっ!」
ドゴン!
「ひいぃっ!!」
……
……
ドアじゃなかった。
いや、ドアは蹴った。
でも悲鳴はドアじゃない。
中に人がいた。
しばらく沈黙。
私はへこんだドアを見つめる。
ドアはへこんだ。
穴は開かなかった。
その向こうには、もっと気の毒な誰かがいる。
「……ごめんね。」
謝って、その場を離れた。
……やっぱり、全然すっきりしない。




