第23話 2026年 春 高校入学④ 腹が減っては...
休憩時間。
時間はちょうどお昼頃だが、昼休みとは呼ばない。
ただの休憩時間だ。
一日一食が推奨されるこの国に、昼食という概念はない。
私は机に突っ伏しながら呟いた。
「はあ……お腹空いた」
それだけのつもりだった。
本当に、それだけのつもりだった。
「え?」
向かいの席から神谷さんが顔を上げる。
嫌な予感がした。
「お腹空いたって……何?」
ほら来た。
「いや、普通にお腹空いたなあって」
「え? なんで?」
なんでって。
なんでだろうね。
私も知りたい。
「だって朝から何も食べてないし」
「それが普通でしょ?」
神谷さんは本気で不思議そうな顔をした。
演技ではない。
心の底から不思議がっている。
「あのね、食事は一日一回なの」
先生が言い聞かせるみたいな口調だった。
「そんなの常識でしょ?」
そうか。
この子が生まれた頃には、もうそういう世界だったんだ。
「でも外国じゃ三食が普通だし」
「外国は外国よ」
「日本だって三十年くらい前まではそうだったじゃない」
神谷さんの眉がぴくりと動く。
「だから昔の日本は堕落してたんじゃない」
出た。
「尊師が正してくださったのよ」
出た出た。
「食欲は煩悩なんだから」
「いやでも腹減るじゃん」
「それを乗り越えるのが修行なの!」
神谷さんの声が大きくなる。
周囲が少しこちらを見る。
私はため息をついた。
面倒くさい。
本当に面倒くさい。
「なに? まさかこの宗教がおかしいとか思ってる?」
話が飛んだ。
一気に飛んだ。
「いや、そんな話は――」
「日本には信仰の自由があるのよ!」
「いや、だから――」
「宗教差別は悪いことなの!」
「誰も差別なんか――」
「私の宗教を悪く言うなんて許さないんだから!」
完全に別の試合が始まっている。
元の世界にも似たような人たちがいた気がする。
でも比較されたら、あちらの人たちが気の毒かもしれない。
「あー、はいはい」
私は両手を上げた。
「私が悪かったですぅー」
「本当に反省してる?」
「してますしてますぅー」
「全然そう見えないんだけど!」
そりゃそうだろう。
反省していないから。
神谷さんがさらに何か言いかけたところで、
葵ちゃんが割って入った。
「そういえばさ」
実に自然なタイミングだった。
助かった。
「次の授業、写真撮影なんだって」
「写真撮影?」
私は顔を上げる。
「うん。女子は個別撮影らしいよ」
「へえ」
入学記念かな。
証明写真みたいなものだろうか。
「だから神谷さんも、そろそろ自分のクラス戻った方がいいんじゃない?」
「あっ」
神谷さんが時計を見る。
「ほんとだ」
立ち上がりかけて、
「あ、それと」
わざわざ振り返った。
嫌な予感しかしない。
「私のことは神谷さんじゃなくて、ウッパラヴァンナーって呼んでいいんだからね!」
「パッパラバンナ?」
「違うわよ!」
叫び声を残して、神谷さんは廊下の向こうへ走っていった。
静寂が戻る。
私は深いため息をついた。
「……疲れた」
「澪ちゃん、神谷さんに気に入られてるよね」
葵ちゃんが苦笑する。
それはたぶん違う。
ものすごく違うと思う。
私は窓の外を見た。
写真撮影か。
まあ、写真くらいならすぐ終わるだろう。
そう思っていた。




