過去編:1991年 夏. 寒い国の男達
在東京 某国大使館前
ふたりの男が並んで歩いていた。白人だ。
ひとりは大使館に常駐している職員。
もうひとりは、本国から出張に来た男だ。
ふたりとも、実は国家保安委員会…つまりキリル文字もしくはアルファベット3文字で表される有名組織の所属で、同期だ。
久しぶりの再会なので、外の店で昼食にする事になったのだ。
「しかし、暑いな、同志。想像以上だ」
本国から来た男は、近くに見える東京タワーに目をやりながら、汗をぬぐう。
「本国と比べれば、そりゃ暑いだろう。しかし、これでも今年の夏は、例年と変わらない東京の気温んだ。ついたぞ。この店だ」
大使館常駐の男は、そう言って暖簾をくぐる。
ふたりは、個室に通された。
「天ぷらという料理を出す店だ。知ってるか」
「食べた事は無いが、知ってる。要するに揚げ物だろ」
大使館の男は、店員に日本語で注文を済ませる。慣れた様子だ。
出された料理は、見るからに本国のそれとは系統が異なるものだ。
店員が気を利かせたか、それとも大使館の男の指示か、箸の他にフォークがテーブルに置かれた。
「同志。塩を付けるか、このソウスにちょっと浸してから食べるといい」
ソウスには、インビール(生姜)とダイコーン(大根)のすりおろしが入っている。
本国から来た男は、その通りにして一口齧る。
「悪くないな、この天ぷら」
本国から来た男は海老天を一口かじった。
「思ったより軽い。揚げ物なのに胃にもたれそうにない」
「油が違うらしい」
「なるほど」
しばらく二人は無言で箸を動かした。
やがて本国から来た男が声を潜める。
「最近、本国の空気がおかしい」
「また何か始まったのか」
「書記長だよ」
「ああ」
大使館勤務の男は苦笑した。
「今度は何を思いついた」
「情報公開だとさ」
「またか」
「党も官庁も軍も、隠し事だらけなのにな」
「そんなものを掘り返して誰が得をする」
「西側は喜ぶだろうな」
二人は顔を見合わせた。
「だが我々は困る」
「当然だ」
「保守派も黙ってはいない」
「そうなるだろう」
少し沈黙が落ちる。
「クーデターでも起きるか?」
「そこまでは知らん」
男は肩をすくめた。
「ただ、本国の連中はかなり苛立っている」
「いつものことだ」
「まあな」
再び箸を動かす。
今度は芋の天ぷらだった。
「これは何だ?」
「さつま芋だ」
「芋か。甘いな」
「この国の連中は甘いものが好きだからな」
「変な国だ」
男は笑った。
「しかし、日本にはもっと面白い連中がいる」
「ほう?」
「今回の出張の本題だ」
「何者だ?」
「宗教団体だよ」
「宗教?」
「そう。だが、妙な連中だ」
男は天ぷらを持ち上げた。
「この料理みたいにな」
「どういう意味だ」
「衣を着ているが、中身が見えん」
男は天ぷらを口に放り込む。
「宗教家の衣を着ている。だが中身は何を考えているのか分からん」
「ほう」
「金払いも良い。しかも妙なことを言うんだ」
「どんな?」
「近いうちに日本は大きく変わる。その時に備えて友好関係を築きたい、とさ」
「革命家かもしれん」
「商売人かもしれん」
「詐欺師かもしれんな」
二人は笑った。
「まあ、会えば分かるだろう」
店の外では、蝉が狂ったように鳴いていた。




