2026年 春 古本屋・改古堂① パラレルワールド知ってる?
「そういや、もうすぐ高校入学だったね。まだ言ってなかったけど、おめでとうね」
思った通り、こっちの世界でも改古堂のおじさんは、私の事を知ってるんだ。しかも親しい。
話した印象も、現実世界のおじさんと変わりない。
おじさんが読んでいたのは、月刊ムーのバックナンバーだった。
「あのさ…、おじさん、SFとかにも詳しかったよね?」
「まあ、そうかもね。それが?」
「うん...。一応、確認するけど、今って2026年だよね...西暦の」
「そうだけど?」
「日本はオウム真理教が支配してる...の...?」
「...面白くないことに、そうだよね」
そうか。国民全部が肯定しているわけじゃないんだ。このおじさんみたいに。
でも、このおじさんは変わり者だから、一般的な国民の例としては適当ではないよな。油断はできない。
「...そうなんだ。パラレルワールドとか平行世界とか、SFにはよくある設定…だよね?」
「そうだね。日本では80年代の後半ごろからよく使われるようになったネタかな」
「それでさ、現実に、そういったパラレルワールドに行っちゃうような事って、あると思う?」
「いや、ないでしょ」
きっぱり否定されてしまった。
「量子力学を持ち出せば、そういう話をする学者もいるけどね
でもね、人間みたいに大きなものがね、そういった挙動を示すなんてことさ、まあ考えられないね」
話は、これで終わっちゃう?いや、それは困る。
「ええとね、これ、私の話なんだけど、今朝、友達と待ち合わせて映画に行ったのね。こないだ、おじさんに面白いってお勧めしてもらった映画」
「え、映画?俺が?そんな話したっけ?」
そうだ。ここは元の世界じゃなかったんだ。
「まあ、それはそれで。
でね、家に帰ったらおかしかったのよ。
家具も違うし、テレビはブラウン管だし、お父さんのパソコンはモノクロだし。
しかもテレビじゃ、白装束のおっさんが座ったままピョンピョン跳ねてて、それを見た観客が泣きながら感動してるの。
その時点で嫌な予感はしてたんだけど、教科書を調べたら、オウム真理教が日本を支配してる世界だった
スマホは通話できないし、歴史の本とか教科書とかで調べたら、オウムのクーデターが成功して日本を支配してるって話だし...」
一気にまくし立てた。
「え、ちょっと待って、待って。それ、本気で言ってる?」
「本気」
「えーと、澪ちゃん、学校で、何かあった?」
「は?」
「いや、友達とか先生とか」
「違うって」
「あのさ、もうすぐ高校入学だからさ、人間関係リセットできる良い機会だから。ね」
「だから!そういうんじゃないって!」
「つまり、澪ちゃんが別の世界からここに来たって事?
じゃあ、もともとこの世界に居た、本物の澪ちゃんは?」
本物の...って、おじさんにとってはそうかもしれないが、本物は私だよ、失礼な。
「さあ。家に居なかったから、私が元居た世界に入れ替わりで行ったんじゃないの?」
「...澪ちゃんさあ。もしかして『高い城の男』読んだ?」
「読んでない」
「『発狂した宇宙』は?」
「読んでない」
「じゃあムー?」
「だから違うって!」
『高い城の男』と『発狂した宇宙』は、どちらもアメリカの有名な古典SFだ。ここまで古い書籍は、私の居た世界の物と変わりないのか。『月刊ムー』に関しては、説明不要だろう。
「タイトルとあらすじは知ってるけど、どっちの小説も読んでない」
「そう?面白いよ。ちょうど、この店にもあるけど、読んでみる?貸してあげるから。あ、入学祝の代わりに差し上げようか?」
このおじさん、私の小遣いが乏しいときに、時々、売り物の本を貸してくれてた。まったく商売っ気がない。経営、大丈夫か?と、いつも心配なのだが、何か、それでも上手くやっていける理由があるのだろう。
「『高い城の男』は歴史改変ものの古典でね。日本が太平洋戦争に勝った世界の北米大陸を舞台にした物語さ」
この説明、前にも聞いた気がする。
元の世界の改古堂で。
「おじさん。確か、その作品のオマージュで『ユナイテッド・ステイツ・オブ・ジャパン』って小説があったよね。私はそっちを読んだ」
「え、なにそれ」
「知らない?」
「初耳」
しまった。
ここは私の知っている世界じゃない。
九〇年代以降に歴史が分岐したなら、その後に出版された本は存在しなくても不思議じゃない。
「私がいた世界で出版された本」
「なるほどねぇ」
おじさんは面白そうに目を細めた。
「で、どんな話だったの?」
「日本軍の巨大ロボと、ドイツ軍の巨大怪獣が出てくる」
「うん?」
「うん?」
「それ、本当に商業出版されたの?」
「された」
「澪ちゃんが今考えたんじゃなくて?」
「違うって」
仕方ないじゃん。そういう内容だったんだから。おもしろいのに。




