表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
誤歴 ― カルト国家日本 ―  作者: 桜李


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

11/38

過去編: 1994年 夏.ノーパンしゃぶしゃぶ

デパートの階段踊り場に設けられた喫煙所で、男は煙を吐いた。

ようやく一息つける。

日曜日。久しぶりに家族サービスで外出した。

平日は霞が関で深夜まで働く身だ。せっかくの休日くらい家で寝ていたいのが本音だが、たまには妻や子供にも付き合わねばならない。

しかし、デスクワーク続きの身体で家族連れの買い物に付き合うのは、思った以上に疲れる。

煙草を吸う口実で別行動することにした。

昼食時に、最上階のレストラン街で待ち合わせる約束だけして。

喫煙所を探してここまで来たが、予想以上に遠かった。

喫煙者には厳しい時代になったものだ。

煙草を吸い終えたら書籍売り場でも覗こうか。それともレコード店か。

そんなことを考えていると、

「御無沙汰しております」

女の声がした。


顔を上げると目の前に、若い女が立っている。

日本人…だよな?

はて、誰だったかな。仕事関連の知人…という雰囲気ではない。

となると…いや、自分には仕事以外の人付き合いは、ほぼ無い。近所の人?学生時代の知り合い?どれも自分の記憶には無い。

「思い出せませんか?」

「…ええ、申し訳ありませんが」

万が一、仕事関係の人間だった場合、忘れるのは失礼にあたるのだろうが、自分の場合は関係ない。それが許される立場と地位なのだ。無論、自分よりも上の地位に居る人間に関しては、全部記憶に刻まれているので、ヘマはしない。

女は、ふふふ、と笑う。

「意外に冷たいんですね。お店では、何度もお目にかかっていますのに」

店…。店…?

小売店という意味では、ないだろう。となると飲食店…水商売か。行きつけと呼ぶほどではないが、何度も訪れた店は、ある。

だが、やはり、この女の事は、思い出せない。

「ふふ、私、顔を覚えられていませんか?ここばかり見ていましたものね」

女は、股間を指さして微笑む。

「…!」

ノーパンしゃぶしゃぶ。

銀行のMOF担に連れられて行った店。何度も行った。

個室の掘り炬燵でしゃぶしゃぶを食べる会員制の飲食店。

酒の御代わりをするたびに、ノーパンミニスカの女給が、壁際の高い棚に置かれた酒瓶を取る。その際に、客は下からのぞけるという趣向のシステムだ。

飲食店なので、領収書も切りやすいと聞いた。経営者は中国人だったか。

その時の女給か。言われてみれば、店内で見かけたような気がする。

偶然か。よりによって、こんな時に出会うとは。

しかし、店外ではお互いに気付かないふりをするのが、こういった職種における暗黙のルールではないのか。

素早く辺りを見渡す。大丈夫、誰もいない。特に妻や子供たち。喫煙所に来るはずがないと分かっていても、不安になる。

「そんなに心配しなくて良いですよ。ちょっと二人きりでお話したい事があるだけですから。用が済んだら、すぐに退散します」

女は言った。

「それにしても、大変でしたよ。二人きりで会おうにも、平日は、行きも帰りも送迎車で通勤ですし、まさか職場に訪ねて行くわけにも行きませんしね。やっと、こうしてお店以外で会えました。どうぞ、これをご覧になって」

そう言って、女は、封筒を渡して来た。

今日、ここで会ったのは、偶然ではなかったのだ。家から付けて来たということか。

しかし、店では仮の名で呼ばせ、身元や職業が判るような会話はしないよう用心していたはずだが。

女から受け取った封筒には、写真が入っていた。例の店に自分がいる写真。よりにもよって、女のスカートを下から覗いている場面だ。いつの間に隠し撮りされたのだ。

「目的は、なんだ?金か?」

金が目的なら話は早い。店に同行した銀行に払わせるのだ。そもそも、この店に連れて行ったのは、銀行だ。奴らの責任で金を出させるのが筋ではないか。

「いえ、お金じゃ、ありませんよ。こちらの要求は…そうですね、その都度、お願いします」

その都度?何をやらせたいのか知らないが、何度も要求してくるつもりか?

まさか、銀行もグルか?

…それは無いか。仮にそうだとしても、こんな回りくどい事は、するまい。

「では、これで。話は終わりましたので、退散いたします。その写真は、差し上げますわ」

「…いや、持って帰ってくれ。手元に残ると困る」

「承知しました」

女は、封筒を仕舞った。

「御安心ください。表に出すつもりは、ありませんので」

代わりに何を要求されるのだろう。

「そんなに難しい事は、お願いしませんからね。ごく簡単な事ばかりです。

それにしても、まだ若いのに送迎車で通勤できたり、素敵なお店で楽しい時間を過ごせたり、良い時代ですね。ずっと、こういう生活が続くと良いですよね。

そうそう。ちなみに、私達と仲良しになったのは、大蔵省の方だけではありませんよ。他にも、通産省、文部省、自治省、厚生省…あとは科技庁や防衛庁の方々とも懇意にさせていただいております。それに、政治家やマスコミの方々もね」

それだけ多くの者が同じ手口で篭絡されているというのか。こんな稚拙なやり方で。「私達」と言ったな。かなり大掛かりな組織なのか。いったい、何をしようというのだ?

女が立ち去った後も、男はしばらく動けなかった。

腕時計を見る。

家族との待ち合わせ時刻は、とっくに過ぎていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ