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第三章 魔法よりも不思議な


夏休みにバイト中に倒れてから、俺は自分の生活リズムを見直すようになった。俺は真咲にとって唯一頼れる兄なのだから、彼女の面倒をちゃんと見るためにも、まずは自分の健康に気をつけなければならない。


そのおかげか、睡眠の質もだんだん良くなり、たまに夢も見るようになった。もっとも、ほとんどは過去に経験したことや、どこかで訪れた場所の断片にすぎない。


だが、今日の夢は少し違っていた。


学校。


ぼんやりとした夢のなかで、俺は見覚えのない校舎の前に立っていた。中央にある時計塔には翼をかたどった装飾が施されていて、そんな学校には行った記憶がない。まわりには大勢の人影がある気配がして、振り返ると、真咲と白河がふたり、俺の後ろをついてきていた。


やっぱり、これは夢だ。眠りながらも、そう自覚している。


「……」


真咲と白河はなにか俺に話しかけているようだったが、夢のなかの俺にはその声が聞こえない。そもそも、夢のなかで起きることを自由に操るのはむずかしい。


俺はふたりを連れてその学校へ足を踏み入れ、廊下をあちこちへ移動した。なにかを探しているようだった。


やがて、ある教室の前で足を止める。今度は白河が先頭に立った。彼女はこの場所によく通じている。


そして──ある机の上に、水色のペンダントが置かれていた。


「本当にここにあったんだ!」


「でも、どうしてここにあるの……?」


ひどくぼんやりとではあったが、今度はふたりの声が聞こえた。


俺が手を伸ばしてペンダントを取ろうとした瞬間、腰のあたりに何かが巻きつく感触があって、前へ進めなくなった──。


「……ん」


体の上にのしかかる重みで、意識が引き戻される。


真っ先に感じたのは、誰かの髪から香るシャンプーの匂いだった。目を開けると、視界いっぱいに乱れた黒い髪の束が広がっている。


「んん……」


パジャマ姿の真咲が、俺の左腕に抱きつくようにして丸まっていた。寝顔はあどけないのに、体勢が大胆すぎてちぐはぐだ。


俺の顔にかかっている髪を、少し時間をかけて横へよける。たぶん、夜のあいだにベッドから転がり落ちて、ちょうど俺の布団の上に着地したんだろう。


腕を抜こうとしたが、真咲はしっかりと抱え込んだままで、離してくれない。


「いま何時だ……?」


すぐには抜け出せそうにないと観念し、スマホをつける。画面には六時四十分。外の空は、ようやく闇の底からうっすらと青みはじめている。


「真咲、そろそろ起きろよ」


「お兄ちゃん……さむい……」


どうやら寝ぼけているらしい。


真咲の身長は一六五センチ近くある。女子のなかでは高めだし、最近は発育もいい。だからこそ、こういう何気ないスキンシップに、奇妙な背徳感を覚えてしまうのだろう。


「まだ秋にもなってないんだから、そんなに寒くないだろ」


「お兄ちゃんがいつも冷たいから、気持ちが寒くなったの……」


「なんだその設定……つうか、目ぇ覚めてるならとっとと離れろ」


「はあい」


不満げな顔をしつつも、真咲はおとなしく俺の布団から離れていった。そのとたん、ふわりと逃げていく体温が、少しさみしい。


「おまえ、寝相が悪すぎるんだよ」


「しょうがないんじゃない……あ、もしかしてお兄ちゃん、私に抱きつかれて朝から興奮しちゃった?」


「実の妹にそんな反応するか」


俺は真咲のやわらかな頬をつまんでから、布団を抜け出して台所へ向かった。


「あ、私も手伝うー」


「先に着替えろ。パジャマのままで料理するやつがいるか」


「パジャマで料理する女の子なんて、いっぱいいるよ」


「だとしてもダメだ」


俺に拒否された真咲は、またふくれっ面をして「はいはい……」と小声でぼやきつつ、おとなしくベッドの上へあがって着替えはじめた。


窓辺まで歩き、カーテンを「シャッ」と一気に開ける。あたたかな日差しが、部屋中にあふれた。


「うわっ! 日光が……目が……!」


「吸血鬼かよ」


呆れて首を振る。普段から家に引きこもりがちな妹にとって、朝から強い日光を浴びせられるのは、たしかに吸血鬼さながらの反応なのかもしれない。


別に見えても構わないのだが、気まずさを避けるため、彼女が服を脱ぎきる前に俺は台所へ引っ込んだ。


炊きたての白いご飯と味噌汁、それから真咲が毎朝欠かさず飲むホットミルク。これらを並べれば、月島家の朝食の定番になる。


三十分ほどでそれらを仕上げ、エプロンを外してベッドのそばへ戻ると、真咲はもう制服に着替え終えて、ベッドのうえで黒いタイツを引き上げているところだった。


「ん」


タイツを履いている真咲は、俺の視線に気づいて顔をあげ、こてんと首をかしげた。


「どうかした?」


「こんな暑いのにタイツなんて履くのかよ」


「なに言ってるの、もうすぐ秋でしょ」


「それでも、昼間はまだまだ暑いぞ」


俺の意見に、真咲はなにを思ったか、目を細めてみせる。


「じゃあ、お兄ちゃんは私に生脚でいろってこと?」


「……ちがう、そういう意味じゃない」


「冗談だよ。でも、長いのを履いてるほうが、なんだか安心するんだよね」


「……へえ」


俺なんて、本当に冷え込む日まで絶対に厚着をしないタイプだ。


ふたりで床に置いたローテーブルを囲み、手を合わせて「いただきます」と唱える。


俺は猫舌なので、まず味噌汁をふうふう吹いてさます。顔をあげて向かいを見ると、真咲も手にしたお椀に息を吹きかけていた。


「そういえば真咲……」


ふと、昨日白河と交わした約束を思い出し、口を開く。


「ん?」


「たしかに俺にも非はあったけど……おまえまで無理に一緒に探してやることはないんだぞ」


「え?」


「おまえにだって、勉強とか試験勉強とかあるだろう」


「……」


俺の言葉に、真咲は一瞬きょとんとしてから、長くため息をついた。


「はあ……だからお兄ちゃんは、いつまでたっても兄ちゃんなんだよね」


「なんの話だよ」


「お兄ちゃんと白河さんをふたりきりで行動させるのは、私が落ち着かないから」


「べつに探偵ごっこに行くわけじゃあるまいし、落ち着かないってこともないだろう」


「なんでもなーい」


目を細めたその顔つきは、なにか小さな企みごとをしているように見える。何年も一緒に過ごしてきた兄として、真咲がなにを考えているかはなんとなく察しがついた。朝霧にしろ白河にしろ、俺がほかの女子と接するときのこいつの反応は、どこか特別だ。


だが、俺にしてみれば、彼女たちとはまだ友だちとすら呼べるかどうか。ほんの少し話をしたことがあるだけで、まして特別な感情など芽生えようもない。


真咲はおそらく、そうは思っていない。俺が女の子と少しでも話せば、なにか大げさな関係に発展すると思いこんでいるふしがある。


ふたりで朝食をたいらげ、そろって「ごちそうさま」と手を合わせ、食器を片づけてから家を出る準備をはじめる。


「ふああ~~~」


アパートのドアを出たとたん、大きなあくびが洩れた。


「お兄ちゃん、あんまり眠れなかったの?」


「たぶんな……ゆうべ変な夢を見て、目が覚めてもすっきりしなかったんだ」


「夢?」


真咲はいぶかしげに聞き返し、ついでなにかを連想したのか、急に頬を赤らめた。


「まさか、お兄ちゃん、えっちな夢を見たんじゃ……」


「発想がおかしいぞ」


「だって、男の子ってえっちな夢を見ると、その翌日はぐったりするって聞いたし」


「そりゃぐったりはするだろうが、春夢じゃない」


「ええ……じゃあ、いったいどんな夢だったのさ」


さっそく夢の内容を話そうとすると、周囲を歩く人影も増えはじめていた。みんな俺たちと同じ方向へ向かっている。ときおり、こちらへ視線を投げてくるやつもいる。


暇つぶしも兼ねて、ゆうべ夢に見た光景を真咲に話して聞かせた。


「ほほー、それってもしかしたら、なにかの暗示なんじゃない?」


「考えすぎだ。ただの夢だよ」


「お兄ちゃんってばほんとにニブいね。わけのわからない夢から始まるファンタジーって、物語の王道なんだから」


「ラノベの読みすぎだ」


そんなファンタジーがあるなら、どうか俺の身には起きませんように。ラブコメならまだしも。


そんな取り留めのないことを考えながら、いつもの通い慣れた道を歩く。


ふと、足が止まった。


交差点の信号待ちの人混みのなかに、ひときわ目を引く漆黒のショートヘアがあった。白河だ。昨日知り合ったばかりなのに、もう背中を見ただけで彼女だとわかる。


「あっ! 白河さん、おはよう!」


声をかけようか迷っていると、真咲のほうが先に、まわりの目もはばからず名前を呼んでいた。声を聞いた白河は振り返り、俺たちの顔を見ると、口をほんの少し開いて驚いたようすを見せた。


「あなたたち……」


「偶然だね、通学路がいっしょなんだ」


「そうなの?」


白河は、それほど俺たちと話したいわけではない様子だ。それとも、まわりに人が多すぎて、ぼっちの本領を発揮しづらいのかもしれない。うん、わかる。


やがて信号が赤から青に変わり、俺たち三人は人波にまぎれて歩きだした。


とはいえ、顔見知りのクラスメイトと一言も口をきかずに歩くのも、空気が気まずい。


やっぱりなにか話したほうがいいか……。


「あの……」


どんな話題なら気まずくないか悩んでいると、白河のほうから歩調をゆるめて、こちらを見た。


彼女のほうから話を振ってくるのは初めてなので、少し緊張する。


「ペンダントのこと、やっぱりいいです」


「え?」


「探すの、面倒でしょうし。わざわざ時間を使ってもらうほどのことじゃ」


そう言うときの彼女は、なにか言いにくいことを隠しているようで、俺と目を合わせようとしなかった。


「いいんだよ。俺はいま体を休めてる身だし、べつに暇だからさ」


「そうそう。私も部活に入ってないし、放課後はいつも暇してるんだよ」


「ちが……説明するのが、すごく変な話で」


白河は顔をそらして言う。こういう表情を、俺は知っていた。真咲に例の「魔法少女に助けられた」という奇妙な体験を打ち明けたとき、どう言っていいかわからず、まさにこんな困った顔をしていたはずだ。


「……」


……ん?


なぜ、こんなに彼女の気持ちが手に取るようにわかるんだろう。俺はそんなに察しのいい人間じゃないはずなのに。


「心配しなくてだいじょぶだよ」


真咲が白河の隣に歩み寄り、ぽんと肩を叩いた。


「変わった話なら、うちの兄貴はかなり詳しいから」


「……?」


「ふふん」


べつに自慢できることでもなさそうに、真咲は腰に手を当て、俺に話せと目でうながす。


こいつ、俺に恥をかかせるつもりじゃないだろうな……やれやれと肩をすくめた。


「変な話なら、とことん付き合うぞ。俺は魔法少女に助けられた経験もあるしな」


「魔法少女……」


彼女は、俺が期待したほどには目を見開かず、しばらくうつむいてから、なにか小さく呟いた。


「夏休みに過労でぶっ倒れたとき、魔法少女を名乗る女の子に助けられたんだ」


「つまり、普通に助けられただけなんだけどね。魔法少女ってのは、兄貴の勝手な思い込み」


「ちがう。俺は確かに魔法を見たんだ」


あのとき、俺の額に置かれた手のひらの温もりも、散った光の粒も……たとえただ撫でられただけに聞こえたとしても、俺は絶対に偽物じゃないと信じている。


「お兄ちゃんは、その子にそんなにご執心なの? 顔も見てないのに」


「顔を見てないからこそだ。ぼんやりした魔法の神秘美。真咲にはわかるまい」


「ふーん……そんなに分析してると、ちょっとキモいよ」


言うが早いか、真咲はわざとらしく俺から一歩距離をとった。まるで痴話喧嘩中のカップルだが、真咲が彼女役というのは背筋が寒くなる。


俺が白河のほうへ振り向くと、彼女は肩をふるふると震わせて、そのまま顔をそらしてしまった。


「白河?」


「べ、べつに……ただ、兄妹仲がいいんだなって思っただけ」


「そうか?」


普通の兄妹だって、俺たちみたいに口喧嘩くらいするだろう。とはいえ、他人の前であれだけ親密にする兄妹はあまりいないか。


だけど、互いに寄り添って生きてきた家族なら、大抵は仲が悪くないはずだ。


踏切をひとつ越えれば、目の前はもう学校だ。短い通学路には、高校生たちのにぎやかな話し声が満ちている。


「そうだ! 白河さん、お昼は屋上じゃなくて、私たちと一緒に食べようよ!」


「え……遠慮します」


「屋上でお昼を食べてるのを生徒会に見つかると、ちょっと面倒かもよ」


「そ、そうなの……?」


真咲にそう注意されて、白河は俺のほうへ「本当か?」と言いたげな視線を向けてきた。


「屋上で昼食はダメって校則があるからね。もし行く場所がないなら、保健室の裏にあるグラウンドに来るといいよ。教室だと気まずいってときはさ」


「毎日お昼はあそこにいるから!」


真咲が自分の胸を叩いて請け負う。白河の視線は、俺たちのあいだをしばらく行き来してから、小さくうなずいた。


「ありがとう……ためしてみます」


ほんのわずかだったけれど、あのかわいらしい顔に、ほほえみが浮かんだ気がした。


校舎に入ったところで、教室の階が違う真咲とは一度別れる。


「お兄ちゃん、あとでね」


「おう。授業はちゃんと聞けよ」


「言われなくてもわかってる。じゃあねー」


真咲は俺たちに手を振ると、軽やかな足取りで階段を上がっていった。別れぎわ、やけに念を押すようにウインクしてきたのは、「頑張ってね」という意味だろう。


「さ、俺たちも教室へ行こう」


「うん」


クラスメイトに見られないように、俺は白河と少し距離をあけ、偶然いっしょになっただけのように装って歩いた。


そのとき、白河がそっと俺の袖をつまんだ。


「ん?」


「お昼休み……行ってもいい?」


彼女はそう尋ねると、片手を胸の前に置き、心配そうな目を向けてきた。


なぜそんな表情をするのかはわからないけれど、白河がそう聞いてくるなら、男として答えは決まっている。


「ああ、いつでも大歓迎だよ」


「そう……」


俺の答えを聞くと、彼女はほっと息をついたようだった。意外なところで、案外、無防備な一面を見せるんだな。


前に真咲にも言ったとおり、俺だって男の子だ。女の子とのふれあいに、期待がないわけじゃない。


けれどこれはラノベじゃないのだから、『さあ、白河とお昼を食べるイベントだ』なんて唐突に流れは変わりっこない。


でも、もし自分から関わっていくなら、たまには期待していないような展開に恵まれることだってあるかもしれない。


体育の授業。


今日は一時間目。秋の運動会へ向けて、どのクラスも練習に余念がない。教室で長時間じっとしていた反動か、体育の授業になるとみんな普段よりもずっと活き活きしている。


そのなかには当然、俺みたいにサボりたいだけのやつもいて、体育教師の目を盗んでグラウンドの隅っこで女子がボールを打つのを眺めていた。


「うちのクラスって、女子のレベル高いよな」


あまり親しくない男子がそう話しかけてきた。俺はあごを手の甲にのせて、なんとなくグラウンドを眺める。


「たしかにね」


「月島は、クラスに好きな子とかいるの?」


「みんな好きだけどな……みんなかわいいし」


「いや、そういう見た目の話じゃなくて」


「え? そうなの?」


おもわず頬をかく。ろくに恋愛もしたことのない童貞のくせして、よくもまあ女たらしみたいな台詞が出てくるものだ。我ながらたいしたもんだ。


「俺はやっぱり、委員長がいいな。かわいいし、性格も最高に優しいし」


「あー……みんな朝霧のことが好きだもんな」


「だからこそハードルが高いんだよなあ」


青い髪の知的美人の破壊力は、なるほど誰もが認めるところだ。考え込んで、俺たちは同時にため息をついてしまった。


「でもさ、月島も女の子に興味あるんだな。いつも席でぼんやりしてるだけなのに」


「ああ……俺、ひとりでいるほうが楽でさ。体力の節約になるし」


「おまえみたいに無欲そうなやつのほうが、実はスケベだったりするんだよな」


「それはたしかに否定しない」


たしかにこの世には、本当に無欲で女の子に興味すらないやつもいるかもしれない。でも俺はどう見ても普通の範囲内だ。なぜなら、俺はたしかにスケベだからだ。


……こうも平静に言い切れるあたり、本当に手遅れかもしれない。


話をそらそうと適当にあたりを見まわすと、ちょうど知った顔が目に入った。


「俺、ちょっとトイレ行ってくる」


「おう、了解」


俺は腰をあげると、グラウンドの外れの木陰へ向かった。


目立たない隅っこに、黒いショートヘアの少女がひとり、壁にもたれて座っている。本を手にして、俺が近づいてくることにもまったく気づかない。


俺も壁ぎわに腰を下ろし、ただ日陰で休んでいるふりをした。


「読書か?」


ぽつりと声をかけると、白河は不思議そうに本を下ろし、一瞬、口を開けて驚いた顔を見せた。


「月島くん……練習はいいの?」


「運動会でメダルをとる気はないし。練習なんて適当でいいんだよ」


「ふぅん。でも、ここで時間をつぶしても無駄だよ。わたしは本を読んでるだけだから」


「いいんだ。ちょっと話がしたかっただけだから」


俺は彼女の手もとの本を見た。表紙にはくねくねした英語のタイトルが並んでいて、さっぱり読めない。


「そう。なら、わたしも少し話したいことがある」


「告白?」


「……」


「ごめん。もうなにも言わない。どうぞ」


白河はじとりと俺を一瞥してから、ため息をついて本を閉じ、壁に背をあずけた。


「今朝、あなたが言ってた魔法少女ってなに?」


「ああ、あれか……」


まさかそんなに気にするとは思わなかった。今朝も彼女は、「人に話すには変なこと」と言い淀んでいた。おそらくそのあたりでなにか通じるものがあるのかもしれない。


俺は頭のなかでうまく言葉をまとめてから、話しはじめた。


「夏休みにさ、金を稼ぐためにビール工場で毎日バイトしてて、体を壊して道端でぶっ倒れたんだ」


「お金を……まだ高校生でしょ?」


「俺だけじゃなくて、妹の学費とかも必要だったから。親戚から仕送りはもらってるけど、やっぱり自分でなんとかしたくて」


「そう……いろいろ大変なんだね」


その声にはかすかに心配が混じっていて、そんなふうに見られると気恥ずかしくて、つい顔をそむけてしまう。


「で、そのとき、意識がもうろうとするなかで、ひとりの女の子に出会ったんだ」


「それで魔法を見た、と」


「まあ、彼女が俺の額に手を置いたら、そのとたんに痛みが消えた、ってだけなんだけどね」


無理に言葉にすれば、たしかに「魔法を見た」とは言いがたく、ただの幻想みたいに聞こえる。ところが俺の説明を聞いた白河は、なにかに納得したようにうなずいた。


「え? 信じるのか?」


てっきり俺の妄想だと言われると思っていた。


「証明してもらったところで、べつに私に得はないし。だったら信じるのがふつうでしょ」


「へえ……」


まさかそんな答えが返ってくるとは思わず、俺は気の抜けた声で相槌を打った。


「聞いてると、ちょっとラノベみたいで夢がある話だけどね」


「ただ、それっきり一度も会ってなくて。というか、顔すら見てないんだ」


「会いたいと思う?」


「ああ。魔法のことはさておき、あのとき助けてもらったのが、俺にとっては本当に大事な出来事だったから」


あの日を境に、もうこれ以上は体を削ってはいけないと気づいた。妹を守りたいなら、まず自分の健康をちゃんと保たなければ。だから、あの人には心から感謝している。


「……そうだったんだ」


「どうかしたか?」


「ううん。ただ……」


白河は言いよどんでから、くるりと体を俺のほうへ向けた。こんなふうに、優しい微笑みを向けてきたのは初めてだ。


もしかして彼女も、こんな顔をするんだな。


「あなたは、魔法よりずっとすごい人なんだね」


「……買いかぶりすぎだって」


俺にはあまりに過ぎた評価で、ただ苦笑して返すことしかできない。けど、そう言ったときの彼女の声は、いつもより少しだけやわらかだった。


本当は、見た目ほど冷淡な人じゃないのかもしれない。俺が思っていたような、ただのぼっちでもないのかもしれない。


ただ、それを考えるにはまだ早い。俺はまだ彼女のことを知らなすぎるし、答えを得るには至らない。

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