第四部 第12話:幼き日の記憶と、大聖堂の再会
賑やかだった女子会がお開きとなり、部屋に残されたザニアとヴィンデミアは自分たちの割り当てられた寝室へと戻った。
「ザニア。先にシャワーを借りるわね」
ヴィンデミアは護衛のくノ一に穏やかに声をかけると、身に着けていたドレスや下着をさらりと脱ぎ捨て、バスルームの蛇口をひねった。温かい湯のシャワーが、彼女のしなやかで白い肌を滑り落ちていく。
温もりに包まれながら湯気を眺めるうち、ヴィンデミアの脳裏に、かつて出会った一人の少年の姿がふっと浮かび上がった。
『――お前が本物の聖女なら、俺の后にしてやる。』
ヴィンデミアの母は、エキティカ二代目聖女の血を受け継ぐロメーダ帝国の皇族であった。ミルキーウェールズのブランジネット公爵家に嫁ぎ、生を受けたのがヴィンデミアである。
幼少期から非凡な魔法の才能を発揮していた彼女は、ロメーダ帝国とミルキーウェールズ王国の双方から「未来の聖女ではないか」と大きな期待を寄せられ、もてはやされて育った。
母の実家帰りという名目でロメーダ帝国を訪れる機会も多く、帝国の大物たちが噂の「未来の聖女」を一目見ようと次々に面会を申し込んできた。その過程で出会ったのが、あの少年だったのだ。
「……子供の言う事だわ」
ヴィンデミアは小さく呟き、シャワーの蛇口を止めた。水滴を拭いながら、脳裏に浮かんだ少年の面影を強く打ち消すのだった。
◇
翌日。ミルキーウェールズ使節団の一行は、ついにロメーダ帝国の首都アルメキオンへと入城した。
サミット本番に先立ち、スピカたちはまず首都に居を構える『エキティカ聖女機構本部』へと赴くことになっていた。
エキティカ聖女機構の内部では「そろそろ正式な聖女を認定しても良いのではないか」という声が日増しに高まっていた。
現在、正規聖女の座に最も近いとされているのは、スピカ・マセットである。
クラーケン討伐において、規格外の広域防御結界によって海の魔王の猛攻を完封したという歴史的実績はあまりにも大きかった。さらに聖水作成においても、その生産量は他の追随を許さぬ桁違いの量を誇り、すでに世界中で怪我や病に苦しむ人々の救済に大きく貢献していた。
その次に位置するのがベガである。やはりクラーケンを完全に沈黙させた歴史的貢献度が高く評価されていた。聖水作成こそ行わないものの、除霊や悪魔祓いのスキルに関しては機構内でも群を抜いた評価を得ている。
そしてヴィンデミアである。彼女はスピカの規格外な生産量とは異なり、「患者の症状に応じて成分をカスタマイズできる」という精密極まる聖水作成能力が高く評価されていた。アークプリーストとしての技能も極めて高い。しかし、スピカやベガのような「歴史的大偉業」という名目上の実績が皆無であることが、現段階では一歩後塵を拝する原因となっていた。
機構としては、スピカを「正規聖女」として認定し、ベガとヴィンデミアの二人を「準聖女」として補佐に付け、それぞれの得意分野で役割を担ってもらう――そんな構想が持ち上がっている最中の、今回の緊急事態であった。
◇
重厚な意匠が施されたエキティカ聖女機構本部の大聖堂。
その扉が開かれると、荘厳な空気の中で世界中から集まった最高峰のハイアークプリーストたちが両脇に居並んでいた。
そして、その中心に凛と佇む、圧倒的な威厳を纏った一人の美丈夫の姿があった。
プラチナブロンドの髪に映える、彫刻のように端正な顔立ち。吸い込まれそうなほど深く澄み渡った、深淵なるエメラルドの瞳。
第24代ロメーダ帝国皇帝――レグルス・ギャランディッシュその人であった。
レグルスはミルキーウェールズ一行の姿を認めると、皇帝としての威厳を保ちつつも、慇懃に礼節を尽くして頭を下げた。
「ミルキーウェールズの方々。遠い道のりの中、今回の緊急招集に応じていただき誠に痛み入る。心よりの感謝を表明する」
重厚な挨拶を終えると、レグルスはすっと視線を動かし、スピカをまっすぐに見つめた。その瞳に、一瞬で情熱的な熱が宿る。
「……スピカ・マセット。会いたかったぞ」
熱く語りかける覇権国家の皇帝。
それに対し、スピカも気取ることなく素直な笑顔を向けた。
「私もです、レグルス皇帝陛下」
久しぶりの再会に対する、スピカのあまりに真っ直ぐで素直な言葉。
「っ……!」
それを聞いたレグルスは、一瞬で耳の尖端まで真っ赤に染め上げ、慌てたようにそっぽを向いて視線をそらしてしまった。威風堂々とした皇帝が見せた、あまりにもピュアな反応であった。
……だが、レグルスの視線は、そこで止まらなかった。
使節団の中に佇むもう一人の聖女候補――ヴィンデミアへと目を向けると、レグルスはふと懐かしそうに目を細めて呟いた。
「……そなた。ヴィンデミア・ブランジネットか?」
ヴィンデミアは気高く短く応えた。
「はい」
レグルスは一歩歩み寄り、じっと彼女を見つめて言葉を継いだ。
「……美しくなったな」
「っ……」
かつて出会った少女と少年が、成長した姿で静かに視線を交わし合う。
……そんな二人のロマンチックな雰囲気を、すぐ隣で見つめていたスピカはというと――。
(……え? レグちゃん……? どーいうこと……??)
ピキピキピキッ……!!
スピカの額に、くっきりと幾筋もの青筋が浮かび上がっていた。顔を引き攣らせ、怒りと困惑の交じった冷ややかな視線でレグルスを激しく睨みつける。
静まり返った大聖堂に、一筋の鋭い緊張(と波乱の予感)が走り抜けるのだった。
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