第四章・第11話:賢者の予言と、深夜の女子会
ロメーダ帝国首都アルメキオンへの道中、馬車の中でカノープスは一人、静かに思考を巡らせていた。
賢者の書に刻まれた新たな予言――【ep.117】。
『空から災いが降り、ミドルドアのシャオハイユに津波が発生する』
(ミドルドアのシャオハイユ……東西南北の一辺が約6キロメートルにおよぶ城壁で囲まれた、強固な城塞都市だ。本来なら海岸線から10キロメートルも離れた内陸に位置している……だが)
カノープスは脳内で地形図を展開する。
(あそこには、都市を囲む外堀から南の海岸線に向かってまっすぐに伸びる、幅1キロメートルにも及ぶ大運河が存在する。もし巨大な津波が発生すれば、海水は逃げ場を失い、その莫大なエネルギーは運河を勢いよく伝ってシャオハイユに直撃するはずだ。……なるほど、レグルス皇帝たちの頭脳は、この大運河に『聖女の結界』を張り巡らせることで津波の物理エネルギーを減衰させ、被害を緩和しようと目論んでいるわけか)
だが――カノープスの思考はそこで止まらなかった。喉の奥に小さな魚の骨が刺さっているような、消し去れない違和感がある。
(問題は……『空から災い』というフレーズだ。津波を引き起こすほどの物理的衝撃となれば、常識的に考えれば巨大な隕石の落下だろう。……しかし、なぜ賢者の書はこれほど思わせぶりな表現を使った? 隕石ではない『何か』……例えば、空から降り注ぐ未知の怪物という可能性すら捨てきれない)
背筋をすっと冷たい悪寒が駆け抜ける。
カノープスは窓の外の夜空を見上げ、不吉な予感を打ち消すように深く息を吐き出した。
◇
ロメーダ帝国首都アルメキオンまで、あと一日という距離に位置する宿場町。
その夜、宿の大会議室ではシリウス、カノープス、デネブ、ゼダル卿、そして外交官の重鎮4名が集まり、明日のサミットに向けた最終擦り合わせが行われていた。
……そして時を同じくして。
スピカとハダルの自室では、ささやかな(?)女子会が開催されていた。
集まったメンバーは、ワイン瓶を片手に上機嫌なシャーロットお姉さん、スピカ、ハダル、ヴィンデミア、ザニア、そして「なんで私が……」と心底嫌そうにしつつも渋々と参加しているベガである。
ロメーダ帝国では18歳からの飲酒が法律で認められている。シャーロットは早々とグラスを傾けていた。
部屋にメンバーが揃うやいなや、スピカが目を輝かせてベガへ切り出した。
「ねぇねぇベガさん! アルタイルさんとベガさんの二人って、これから一体どうなっていくんですか〜!?」
ベガは心の底から面倒くさそうな顔でスピカを睨みつけた。
「……またそれ? ハァ、よくもまあ自分のことを棚に上げてそんなことが言えたものね。『エキティカ一の棚上げ女』が何を言うかしら」
※説明しよう! スピカ・マセットは現在、ミルキーウェールズ王国第一王子シリウスから本格的な求婚を受けるも『冷却期間中』。
ロメーダ帝国24代皇帝レグルスからも情熱的なアプローチを受けて心がグラグラ。
さらにブリデン王国第三王子ヘンリーからの熱烈な求婚も絶賛『保留(実質生殺し)中』という、恐るべき状況なのである!
シャーロットがワイングラスに深紅の液体を注ぎながら、くすくすと笑って口を挟んだ。
「まあまあベガちゃん。アルタイル君ねぇ〜。彼、本当にかっこいいわよねぇ! クラーケン討伐式典の晩餐会の時もさ、大勢のご婦人方に囲まれていたけど、なんだか凄く手慣れた感じだったわぁ〜! あれは確実に女慣れしているわね!」
「っ……!」
ベガの頬が瞬時に朱に染まる。照れなのか、それとも苛立ちなのか、何とも言えない絶妙に複雑な表情で視線のやり場に困っていた。
シャーロットはさらにグラスを傾け、今度はターゲットをスピカへと変えた。
「ところでスピカちゃん? 久しぶりに『レグちゃん』(ロメーダ帝国第24代皇帝レグルス)に会うわけだけど……今回はどうするつもりなのぉ?」
「へっ……!? ど、どうするも何も……」
スピカが口ごもると、ベガが容赦なく言葉のナイフを叩き込んだ。
「あんたねぇ……! その気が無いならいい加減ハッキリお断りしなさいよ! その気が無いのに期待を持たせ続けるのが、男にとって一番残酷なんだからね!?」
「う、うぐっ……そ、その気がまったく『無い』わけじゃ、ないというか……その……」
モゴモゴと自責の念と迷いで言葉を詰まらせるスピカに、ベガは冷ややかな呆れ顔で吐き捨てた。
「……貴方って本当にある意味凄いわよね。」
「世界最強の覇権国家の皇帝を『飼い殺し』にするなんて……後世の歴史の教科書に載るレベルの悪女よ」
「あ、悪女ぉぉ〜〜っ!?」
頭を抱えて悶絶するスピカに対し、シャーロットは優しく微笑んでフォローを入れた。
「まあまあベガちゃん。相手はあの天下のレグちゃんだもの。スピカちゃんが慎重になっちゃう気持ちも、お姉さんにはよく分かるわよ〜」
そのやり取りを、部屋の隅に座るヴィンデミアは黙って静かに見つめていた。
周囲からの呆れ混じりの視線と、微妙な同情の視線に耐えかねたスピカは、逃げるようにくノ一のザニアへ向き直った!
「ね、ねぇザニアちゃんっ! ザニアちゃんは、あの『イナズマ丸』様のどんなところが好きなのっ!?」
【イナズマ丸】――巨大怪獣クラーケンの討伐や、過激派組織RLFからのエリダヌス姫救出劇など、数々の難事件を影から解決しては新聞の一面記事を賑わせている正体不明の覆面ヒーロー。
……その正体が、目の前で地味で平凡な生徒会庶務を演じているカノープス中尉であるとは、ザニアも含め世間は誰も知る由もない。
突然振られた不意打ちに、ザニアは一瞬戸惑ったように目をパチクリとさせた。そして頬を少し赤らめ、小さな声でぽつりと答えた。
「……声」
「ええっ!?」
スピカたちは思わず身を乗り出した。
「ザニアちゃん! イナズマ丸様の『声』を聞いたことがあるの……!?」
新聞では姿や活躍ばかりが取り沙汰され、その声を聞いた者はほとんどいないはずだ。するとザニアは、両手の指先をチョンチョンと突き合わせ、照れくさそうにもじもじとした仕草で呟いた。
「……脳内補完」
「「「「「脳内補完かい!!」」」」」
「新聞の活躍記事を読んだとき……きっとこんな低くて素敵な声に違いないと……っ」
顔を真っ赤にして必死に弁明するザニアに、全員の盛大なツッコミと笑いが部屋いっぱいに響き渡る。
ロメーダ帝国の夜は、不穏な予言をよそに、賑やかに深く更けていく。
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