第四部 第9話:穏やかな日常の終わりと、賢者の書の予言
スピカ・マセットの『四天王美女』陥落によるダメージもようやく和らぎ、学園を吹き荒れていたヴィンデミアフィーバーも落ち着きを見せてきた頃。
放課後の生徒会室には、心地よく穏やかな風が窓から吹き抜けていた。
部屋の一角では、新しく生徒会書記に就任したヴィンデミアが、筆頭書記であるデネブから仕事の一通りについての説明を受け、真剣な面持ちで引き継ぎを行っていた。
【デネブ・アーテュス】
金髪碧眼の輝くような美貌を持つ『学園四天王美女』の一人。
美貌、優雅な立ち振る舞い、そして学業成績のすべてにおいて完璧を誇る、魔法庁長官・アーテュス侯爵家が誇る至高の令嬢。
生徒会筆頭書記にして、学園最高峰のアークウィザード。……しかしその実体は、古代のヤバい禁忌呪文を幾つも熟知して平然と使いこなす、学園屈指の超危険人物でもあった。
デネブは一通りの書類整理や伝達手順の説明を終えると、ヴィンデミアの恐ろしいほどの理解力の高さに、感嘆の吐息を漏らした。
「……さすがね、ブランジネット公爵令嬢。」
「一度の説明でここまで把握するなんて」
「これくらい、当然の嗜みですわ」
ヴィンデミアが気高く返すと、デネブは執務机に座る生徒会長・シリウスへと向き直り、凛とした声で切り出した。
「シリウス会長。ヴィンデミア書記へ一通りの業務説明を完了いたしました。当面の概ねの仕事は、彼女一人に任せても何ら問題ないかと存じます」
「そうか、助かったよデネブ書記」
「ついては私、これから『エキティカ聖女機構』の福祉資金立ち上げに関し、ブリデン王国との最終擦り合わせに行って参ります」
完璧すぎる手際に、シリウスは苦笑交じりに労いの言葉をかけた。
「何から何まで任せてしまってすまないね。よろしく頼むよ」
「ふふ、会長のお気遣いは無用ですわ。……それでは、失礼いたします」
デネブは優雅に一礼すると、その足元に一瞬で精密な魔法陣を展開させた。
『――テレポート!!』 (空間移動)
輝く光の粒子とともに、デネブの姿が瞬く間に消え去る。
離れた自分のデスクでその光景を見ていたスピカは、目を丸くして感心していた。
(あ、また消えた……! デネブさん、最近本当にお忙しそうよね。……でも、あのお仕事の量と質を即座に引き継げちゃうヴィンデミアちゃんも、やっぱりたいしたものだなぁ……)
そんなスピカの感心をよそに、部屋の別のデスクでは――。
副会長のカノープスが、後輩のハダルに書類作成の指示を出していた。
(ふぅ……ようやくハダル君の怒りも収まってきたかな? うんうん、平和って当たり前のことだけど、本当にありがたいことだよねぇ……)
ほっと胸を撫で下ろすカノープス。ハダルが書類を手に顔を寄せた。
「カノープス先輩! ここの項目の記載、これで合ってますか?」
「ん? どれどれ……ああ、ここはこの参照書類を使って記述し直してくれるかい?」
指をさして指示を出しながら、カノープスはふと気づく。
(……距離が、近い。)
ハダルの着崩した制服の隙間から、チラリと覗く白くしなやかな肌。ほのかに漂う甘い香りと、無防備なうなじ。
カノープスの脳内で、一瞬で不純な計算回路が跳ね上がった。
(よし……! ハダル君の警戒心も薄れてきたし、そろそろ僕のチュー策を再立案する絶好のタイミングかな……!?)
ミルキーウェールズ王国が誇る最高峰のトップエージェント・カノープス中尉が、怪しげにサファイアの目を泳がせ、良からぬ野望を滾らせていた――その時!
ズドォン……!!
突然、生徒会室の中央にどでかい空間歪曲の魔法陣が浮かび上がった!
「なっ……!?」
カノープスは瞬時に不純な思考を吹き飛ばしてシリウスの盾となり、ハダルは間髪入れずにスピカの前に躍り出て庇う! さらに隣室で待機していたくノ一のザニアも目にも留まらぬ速さで室内に飛び込み、ヴィンデミアを背後に庇ってクナイを構えた。
張り詰めた緊張感の中、輝く魔法陣から二人の人影が姿を現す。
空間移動で乗り込んできたのは――ロメーダ帝国・アルメキオン学園の生徒会役員たちであった。
一人は、銀髪碧眼の冷艶なる美女。アルメキオン学園生徒会書記にしてアークウィザードのアルギエバ。
そしてもう一人は、鮮やかな山吹色の髪に、すべてを見透かすような勝気で知性あふれる茶色の瞳を持った美女。アルメキオン学園生徒会庶務であり……ロメーダ帝国とソビヤ王国の狭間で暗躍する、妖艶なる二重スパイ、ミラ・グラダス!
ミラは現れるや否や、真っ先に警備に通報しようとしたハダルへ手をついた。
「ハダル庶務! 書状よ! 警報を鳴らすのは待ってちょうだい!」
そして、厳戒態勢を敷くシリウスへ向かって恭しく頭を下げた。
「シリウス王子! 礼を失した緊急事態ゆえ、テレポートでの不法来訪をお許しください!」
「……ミラ・グラダス殿か。一体何事だ?」
「カノープス君! レグルス皇帝陛下からの親書よ!」
ミラは素早く懐から密封された密書を取り出すと、カノープスへ手渡した。カノープスは即座に指先で呪詛や毒物のチェックを行い、安全を確認した上でシリウスへと手渡す。
ミラは息を呑み、重大な事実を語り始めた。
「……昨日、我が国の『賢者の書』に、新たな予言の項目【ep.117】が追加されました。その内容は――『空から巨大な災いが降り、ミドルドアのシャオハイユに津波が発生する』というものです」
「なに……!?」
シリウスの顔色が激変する。ミラは言葉を続けた。
「レグルス皇帝陛下は、この事態をミドルドア一国の問題ではなく、世界全体で対処すべき未曾有の危機であると判断されました。つきましては、ロメーダ帝国首都アルメキオンにて、6日後に『緊急サミット』を開催することを決定いたしました!」
「……」
「ミルキーウェールズ王国からは、シリウス王子並びに外交の重鎮の方々……そして、『聖女候補』3名全員の出席を強く要請いたします!」
重苦しい沈黙が生徒会室を支配する。だが、シリウスは迷うことなく即座に返答した。
「要件は理解した。ロメーダ帝国使者、ミス・ミラ・グラダス。ミルキーウェールズ王国は、サミットへの参加を前向きに検討する。正式な派遣メンバーは追って連絡すると、レグルス皇帝陛下へお伝え願いたい」
「かしこまりました、シリウス王子。……私どもはこれにて失礼いたします」
ミラたちが去ろうとしたその時、カノープスが鋭い声で呼び止めた。
「ミラさん! 『賢者の書』に新しい項目が記述されたのは、本当にいつなんだ!?」
ミラは振り返り、妖艶な笑みを浮かべて見せた。
「……昨日よ! アルメキオンで待っているわ、カノープス君!」
アルギエバが手早く魔法陣を足元に展開し、高速で詠唱を紡ぐ。
『――テレポート!!』
光の眩閃とともに、帝国の使者二人は煙のように姿を消した。
……そして、ミラたちが去ってから数秒後。
ドン!! と音を立てて生徒会室の扉が開かれ、息を切らした黒服のSP二人と、生徒会副会長のルスカが飛び込んできた!
黒服のSPが目を血走らせて叫ぶ!
「エ、エロスパイはどこですかぁぁぁあ!!」
ルスカも鼻息を荒くして叫び声を上げる!
「いやらしい……いや! 厳格かつ徹底的な取り調べをぉぉぉ!!」
静まり返った室内。
カノープスは冷ややかな目でSPたちを見つめると、無言で「出ていけ」と首を横に振った。
「「「……ちぇっ」」」
黒服二人とルスカ副会長は、心底残念そうな顔をして、トボトボと部屋から退出していくのだった。
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