鋼鉄のプライド
陽光が差し込むメレンヘア学園の生徒会室。学園祭を控え、室内は活気と、それ以上の緊張感に包まれていた。
学園の頂点に君臨するプリンス、シリウス・ランスターが書類から顔を上げ、傍らに控える編入生の少女に声をかける。
「各施設の出展、予算のすり合わせは順調かい?」
問いかけられたスピカ・マセットは、背筋を伸ばして頷いた。
「はい! 会計のベガさんがとても頼もしく対応してくださっているので、問題ないと思います」
「彼女はしっかりしているからね」
シリウスは苦笑を浮かべ、羽ペンを置く。
「彼女達は少し厳しすぎるところもある。僕は、君の持つソフトな面に期待しているよ」
「はい、精一杯頑張ります」
スピカはふと思い出したように、手元の資料に目を落とした。
「そういえば……サムライ訓練施設は出し物をしないんですか?」
「あそこは師匠――デューク・サナダ殿の気分次第かな」
「あの、アルタイルさんって、どんな方なのでしょうか」
シリウスの瞳に、いたずらっぽい光が宿る。
「おや、彼が気になるのかい?」
「いえ、そういうわけでは……。ただ、以前ご挨拶に伺った時、ものすごい形相で睨まれたものですから」
「ははは、彼は訓練に集中していたんだろう。無骨だが悪い奴じゃないよ」
シリウスは表情を引き締め、本題を切り出した。
「今日はルスカ副会長と一緒に、各出展の進捗ヒアリングに行ってきてくれ。ついでに、サムライ訓練施設への挨拶と出展確認も頼むよ」
「副会長と……。はい、承知いたしました」
スピカにとって、副会長ルスカ・ルマンディーと行動を共にするのはこれが初めてだった。
廊下に出るなり、隣を歩くルスカが硬質な声を響かせた。
「スピカ君。君は学年集会の自己紹介の時、好きな食べ物は『カレー』とだけ答えたそうだね」
「あっ、はい。そうですけど……」
唐突な指摘に戸惑うスピカ。ルスカは眼鏡の奥の鋭い瞳を彼女に向けた。
「それは、前人に倣って空気を読み、不必要に目立たぬよう配慮した行動……と受け取って相違ないかな?」
(……プロファイリングされてる!?)
スピカは冷や汗をかきながら、曖昧に微笑むしかなかった。
「は、はい? そう……だったと思います」
「ふむ、やはりか」
満足げに頷くルスカ。その完璧主義な横顔を見上げながら、スピカは(今の、何に満足したんだろう……)と内心首を傾げた。
「各予算も決まり、いよいよ本格的な準備期間に入りますね」
「ああ。我々のこれからの働きも、決して疎かにはできないぞ」
ルスカの言葉には、自分の職務を全うするという責任感とプライドが表れていた。
二人が最初に訪れたのは、魔法生物部の飼育舎だった。そこでは部長のサム・ペンサーが、頭を抱えて唸っていた。
「うーん、困った……」
「どうかしましたか?」
スピカの問いに、サムは救いを求めるように顔を上げた。
「おお、生徒会の方々! 良いところへ。実は、筆頭魔法生物『ミスター・トグへもん』の占いの館を計画していたのですが、予算減額のせいで展示スペースがかなり苦しい状況なんです。予算の増額か、スペースの拡張を認めていただけませんか?」
だが、ルスカの回答は冷徹だった。
「却下だ。実行予算は既に確定している。どちらも認められない」
「そんな……!」
「トグへもんを鎖で繋いで、廊下に展示したらどうだ。そうすればスペースの問題は解決する」
その無慈悲な提案に、当のトグへもんがショックで白目を剥く。サムもスピカも絶句した。
「そ、それはトグへもんさんが可哀想ではありませんか?」
「そうです! ミスター・トグへもんに敬意を欠く行為です!」
部員の一人が慌てて駆け寄ってきた。
「部長! 他の生物を立体的に展示すれば、ミスター・トグへもんのスペースを確保できそうです!」
「本当か! 良かった……これなら鎖に繋ぐ必要はありませんね」
安堵するスピカ。しかし、ルスカの判断は揺るがない。
「いや、トグへもんは鎖で繋ぐように」
「な、なぜですか!?」
「彼は貴重な魔法生物だ。外部から盗まれないという保障がどこにある。防犯上の観点から、鎖は必須だ」
(盗むって……誰が……)
スピカが呆然とする中、トグへもんが彼女の裾を掴んで震えだす。
「スピカちゃん……僕、鎖で繋がれたくないよぉ……」
「見張りを常駐させる等で、代替案にはなりませんか?」
「駄目だ。鎖だ。守らなければ予算は下ろさない」
(この人、一度言い出したら絶対に曲げないんだ……!)
必死に食い下がるサムが、スピカに小声で囁いた。
「スピカ君、なんとかならないか。僕はトグへもんの素晴らしさをみんなに知ってほしいだけなんだ」
「……あとで、会長にも話してみます」
次に向かったのは、重厚な空気が漂うサムライ訓練施設だった。
「見学かい?」
声をかけてきたのは、師匠のデューク・サナダだ。
「本日はご挨拶と、学園祭の出展について伺いに参りました。生徒会庶務のスピカ・マセットです」
「これはご丁寧に。もうじき大弓の訓練が終わる。茶でも飲んで待っておれ」
スピカは(ここのお茶は……変な薬とか入ってないわよね?)と少し緊張しながら、出された茶を啜った。
やがて、一人の青年がこちらへ歩いてくる。
「改めて紹介しよう。私の弟子のアルタイルだ」
「お初にお目にかかります。アルタイル・バロワです」
アルタイルは、以前の険しい表情とは打って変わって、爽やかな礼を述べた。
「スピカ・マセットです。お会いできて光栄です。……でも、初めましてではありませんよ?」
「そうでしたか?」
「以前伺った時、訓練中に私を睨みつけていらっしゃいました」
アルタイルはハッとして、申し訳なさそうに頭を下げた。
「それは失礼した。訓練に没頭するあまり、貴殿のような方を睨みつけるとは……お恥ずかしい限りだ」
(なんだ、すごく感じのいい人じゃない)
スピカが安堵したのも束の間、ルスカが本題を切り出す。
「ところで、こちらでは何か出し物をされる予定は?」
「ああ、これに決めよう」
サナダがアルタイルの肩を叩く。
「こいつがここで一人で立ち合いをする! 参加者は学園内外を問わん。こいつに勝った者がいれば、その者を新しいサムライ候補として迎え入れよう」
「えっ! 今、初めて聞きましたよ師匠!?」
アルタイルが叫ぶが、サナダは豪快に笑うだけだ。
「その旨、承りました」
ルスカは淡々と手帳に書き留める。(アルタイルさん、なんだか大変なことになりそう……)
夕暮れ時。生徒会室に戻った二人は、シリウスに報告を行った。ルスカが報告書を提出した後、スピカは意を決して切り出した。
「あの、会長。魔法生物の展示のことで、申し上げたいことが……」
事情を聞いたシリウスは、穏やかに微笑んだ。
「なるほどね。わかった、その件は僕に任せてくれ」
そこへ、書類を整え終えたルスカが戻ってくる。
「シリウス会長、詳細な報告書です」
「ありがとう、ルスカ。いつも明確で分かりやすい。助かるよ。……ところで、トグへもんの鎖の件だが、部員が常に付き添うのであれば、必要ないと僕は考える。それでいいかな?」
ルスカは一瞬だけ表情を硬くしたが、すぐに深く一礼した。
「……仰せのままに。直ちに魔法生物部へ伝達いたします」
「よかった……」
胸をなでおろすスピカに、シリウスが優しく語りかける。
「助言をありがとう。ミスター・トグへもんは学園の象徴だ。敬意を欠く扱いはできないからね。鎖なんて、可哀想じゃないか」
「はい! ありがとうございます!」
後刻、魔法生物部。
「よかったね、トグへもんさん!」
スピカとサムが笑顔で飼育舎を訪れると、そこには奇妙な光景があった。
ミスター・トグへもんが自由の身を謳歌する一方で――なぜか、人型魔法生物のクマムシマンが、ジャラジャラと重々しい鎖に繋がれていた。
「……何故?」
クマムシマンの虚無な呟きが、夕暮れの飼育舎に虚しく響き渡った。
ルスカ副会長の鋼鉄っぷりを堪能ください。
イケメン四天王アルタイルとクマムシマン再登場。
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