学園祭前夜祭
陽光が優しく差し込むメレンヘア学園の生徒会室。学園祭を明日に控え、室内には前夜祭特有の、どこか浮き足立ったような活気と心地よい緊張感が満ちていた。
「会長は生き物に優しいのですね」
ふと、書類を整理していた編入生の少女、スピカ・マセットが感心したように呟いた。前回のトグへもんの鎖の件を思い返してのことだろう。
「ん?」
学園の頂点に君臨するプリンス、シリウス・ランスターが美形な顔をわずかに傾げた。
(……トグへもんの事か?)
彼が心の中でそう首を傾げているとも知らず、スピカはシリウスの頭上を見つめて目を輝かせている。
「何というお名前なのですか?」
「……僕は、シリウスだが?」
大真面目に自分の名前を答えたシリウスだったが、スピカの視線は彼の顔ではなく、そのさらに上へと注がれていた。
その疑問に答えたのは、室内の物陰からいつの間にか姿を現した生徒会庶務の少年だった。
「ケロ吉です」
カノープス・チュワートスが淡々と告げると同時に、シリウスの頭頂部から「ゲコ!」と小気味よい鳴き声が響いた。
「……っ!?」
シリウスの全身が硬直する。そっと頭の上に手をやると、そこには見事な緑色をした一匹の蛙が鎮座していた。
「カノープス君……なにかな、これは?」
引きつった笑みを浮かべるシリウスに、カノープスは表情一つ変えずに答える。
「ケロ吉は会長の頭が気に入ったようです」
「可愛い! ケロ吉君、よろしくね!」
スピカが目を輝かせてカエルに指を差し出す。シリウスは微妙な表情を浮かべたが、スピカの純粋な笑顔に毒気を抜かれたのか、溜息をついてそれを受け入れたところへ、副会長ルスカが割って入る。
「スピカ君! お遊びはそこまでだ。外来向け資料の作成を手伝ってもらえるか?」
「はい!」
スピカが背を向けたところをみて、シリウスは頭からケロ吉をそっと降ろした。
シリウスは全員に向き直り、改めて表情を引き締めた。
「学園祭まで日はない! 申し訳ないが、みんなにはもうひと頑張りしてもらう事になる。よろしく頼むよ!」
主の言葉に、ルスカが眼鏡の奥の瞳を頼もしげに光らせて頭を下げた。
「何をおっしゃいます。ここにいる者はみんな喜んで働いております。ご心配は無用です」
「ルスカ副会長ありがとう。それは頼もしいよ。……さて、当日は生徒会役員が生徒会室に常駐することにする。シフトを組んだので確認してくれ」
シリウスが提示した羊皮紙には、整った文字で以下のようなスケジュールが記されていた。
【学園祭当日・生徒会室常駐シフト】
• 09:00 〜 11:00 シリウス / スピカ
• 11:00 〜 13:00 カノープス / デネブ
• 13:00 〜 15:00 ルスカ / ベガ
• 15:00 〜 16:00(学園祭休憩時間) カノープス
• 16:00 〜 17:00(舞踏会第1部) シリウス / デネブ
• 17:00 〜 18:00(舞踏会第2部) シリウス / スピカ
(……えっ、会長と二人きり!?)
最初と最後の時間帯を見て、スピカの心臓がドクリと跳ねた。そんな彼女の動揺に気づく様子もなく、シリウスは穏やかな笑みをたたえて言葉を続ける。
- [ ] 「シフト以外の時間は、何か突発的な問題があればご足労願うけれど、基本的には自由時間だ。各自、学園祭を楽しんでくれたまえ」
ひとまず全員への通達を終えると、シリウスはスピカに視線を戻した。
「スピカ君! 今日は各出展希望施設の見回りをお願いするよ。一人で大丈夫かい?」
「はい、大丈夫です!」
「何か問題があれば、こちらに持ち帰っていいからね」
「はい、行ってまいります!」
スピカは資料を抱え、緊張と期待を胸に生徒会室を後にした。
まず最初にスピカが訪れたのは、屈強な生徒たちが汗を流す剣士(兵士)訓練施設だった。
「わあ……気合いが入ってる」
本番さながらの熱気に、スピカは思わず圧倒される。
(会計のベガさんの厳しい叱咤が効いたのかな?)
彼女のそんな推測は、あながち間違いではなかったようだ。近くにいた男子生徒にスピカが声をかける。
「何か問題はありませんか?」
「あぁ」
パンカイニーは汗を拭い、ニカッと笑ってスピカを見た。
「ベガ様につたえてくれないか? 『俺の最高を見せてやる』ってな!」
「ふふ、わかりました。伝えておきますね!」
ベガへの対抗心と憧れが入り混じったような言葉に、スピカは笑みをこぼしながら、次の施設へと向かった。
続いて訪れたのは、厳かで静謐な空気が漂うプリースト訓練施設。
「スピカ!」
中に入ると、親友のクレアが嬉そうに手を振って駆け寄ってきた。
「クレア! そちらは順調?」
「ええ、順調よ! 『守護の宝珠』作りで魔力を使いすぎちゃって、ちょっとくたくただけどね!」
クレアは手元で淡く光る美しい宝珠を自慢げに掲げた。
「これ、すごく便利なのよ! 一日1回しか使えないんだけど、中程度のダメージならすべて魔力に変換して無傷にしてくれるの!」
「それは心強いわね!」
ひとしきり業務の確認を終えたところで、クレアが急に声をひそめ、身を乗り出してきた。
「それより! ねえ、スピカ!」
「な、なあに?」
「学園祭の午後の舞踏会、誰かに誘われた?」
「えっ? 誘われたって……」
きょとんとするスピカに、クレアは「やっぱり分かってないわね」と言いたげに呆れ顔を作った。
「学園の男子が、意中の女子を舞踏会に誘うのがこの学園の慣わしよ! ちなみに、舞踏会は一部と二部があってね。一部に誘われるのは『これからお友達になりましょう』とか『もっと仲良くしたいです』みたいな、ちょっとハードルの低いやつ。でも、二部に誘われるのは『これから真剣にお付き合いください』っていうガチなやつとされているわ」
熱弁を振るうクレアは、スピカの肩を軽く小突いた。
「スピカも、今日の放課後に駆け込みで誘われるかもね!」
「まさかぁ。今のところ、お誘いは全く受けてないわよ」
スピカは苦笑しながら、手帳に出展の進捗を書き留めた。
(……あ、でも、さっきのシフト、会長と第2部だったよね?)
その瞬間、スピカの脳裏にシリウスの端正な顔立ちが浮かび、顔が林檎のように一気に赤くなった。
施設を出て集会所の近くを通ると、賑やかな音楽が風に乗って聞こえてきた。
「吟遊詩人の人たちも演奏に熱が入っているわね……。あれって、もしかして『ツンデレダイナマイツ』の曲かしら?」
バンドのメロディに耳を傾けつつ、スピカは歩みを進めた。
次にやってきたのは、独特の匂いと鳴き声が響く魔法生物部だ。
「スピカちゃん!」
飼育舎の入り口でスピカの姿を見つけるなり、ミスター・トグへもんが嬉しそうにトコトコと駆け寄ってきた。
「おかげさまで、僕は鎖に繋がれずに済んだよ!」
「良かったわね、トグへもんさん!」
スピカは優しくその頭を撫でて微笑んだ。
「また来るわね! サム部長によろしく!」
「うん、ありがとうー!」
トグへもんに手を振り返し、スピカが立ち去ろうとしたその時。ふと足元から、消え入りそうな声が聞こえた。
「あのー……」
傍らで寂しげに佇むクマムシマンの声を背に、スピカは先を急いだ。
続いて、どこか薄暗く張り詰めた空気が漂う忍者訓練施設へ。
「よお! 出展の視察かい?」
声をかけてきたのは、カノープスの同期であるスティーブだった。
「はい、お疲れ様です」
「忍者屋敷、体験してく?」
「いえ! 今日はまだ回るところがあって忙しいので、また明日にします」
丁寧にお断りを入れていると、スティーブの背後から、初々しい装束に身を包んだ少女がひょっこりと顔を出した。
「こんにちは! ハダル・ギレスです」
「こんにちは、生徒会庶務のスピカ・マセットよ! よろしくね」
すると、スティーブがハダルの肩をぽんと叩いた。
「この子はウチの新人! 今、カノープスから色んなことを教わってるよ!」
「ちょっと、なんですかその思わせぶりな言い方!」
ハダルは頬を赤らめてスティーブを睨みつけた後、すぐに居住まいを正してスピカに向き直った。
「お会いできて光栄です、スピカさん」
「私もよ、ハダルさん」
(……こんなに可愛い子が忍者訓練施設にいるなんて大丈夫かしら? まるでケモノの檻に放り込まれたウサギのようだけど……)
スピカは内心でそんな心配をしつつも、書類を確認する。
「うん、特に問題は無さそうですね」
「問題は大ありだよ〜。予算上げて下さ〜い」
スティーブが手を合わせて拝んできたが、スピカは苦笑いで首を振った。
「ごめんなさーい、それは会計のベガさんに言ってね」
「チェッ、つれないねぇ」
スピカが手を振って施設を出ていくのを見送りながら、スティーブは隣のハダルにニヤニヤとしながら囁いた。
「なぁ、知ってるか?」
「何をですか?」
「あの娘……スピカちゃんは、カノープスのお気に入りだぜ」
「えっ……!?」
ハダルは驚きに目を見開き、スピカが去っていった扉を複雑な表情で見つめるのだった。
最後に訪れたのは、厳かな静けさが満ちるサムライ訓練施設。
道場の中では、青年のアルタイルが一人、凄まじい集中力で大弓の訓練に励んでいた。
(……あっ、声をかけちゃあまずいわね。邪魔しちゃ悪いわ)
スピカが足音を立てずに引き返そうとした、その時。
「あっ、スピカさん!」
弦を引く手を緩めたアルタイルが、こちらに気づいて声をかけてきた。
「お邪魔しちゃいましたか?」
「いえ、ちょうど休憩しようと思っていたところです」
アルタイルは爽やかな笑みを浮かべ、弓を置いた。スピカはホッと胸をなでおろしながら本題に入る。
「出展の予算ですが、この前の打ち合わせの通りで問題ないですかね?」
「はい、問題ありません」
「なんだか、大変な出し物になっちゃいましたね……。一人で立ち合いなんて」
デューク・サナダに無理やり決められた無茶な企画を思い出し、スピカが同情の目を向けると、アルタイルは毅然と背筋を伸ばした。
「はい。ですが、出来ないということではなく、出来る事をやるだけですから」
その真っ直ぐで誠実な瞳に、スピカは感心させられる。
「頼もしいですね! それでは、お邪魔しました!」
「はい、またいつでも来てください」
すべての施設を回り終え、夕暮れ時の廊下を歩きながらスピカは充実感に浸っていた。
「みんな学園祭に向けて頑張ってるな。明日、みんな上手く行くといいなぁ」
ふと、そんな心地よい余韻に浸っていたスピカの耳が、微かな音を捉えた。
(ん? 何か気配が……!)
頭上の木々がガサガサと大きく揺れた。
――ボテッ!!
「いでっ!」
突然、頭上の枝からハダルが派手に落ちてきた。ハダルは尻餅をついたまま顔を真っ赤にし、スピカと目が合うなり、慌てて立ち上がってそそくさと物陰へ逃げ去っていった。
「……えっ? 今の、さっきの忍者娘……?」
呆然とその場に取り残されたスピカは、ハダルが消えた曲がり角を見つめながら、ぽつりと呟いた。
「忍者って……みんな、あんなに個性的なのかしら……」
明日から始まる学園祭への、少しの不安と大きな期待を胸に、スピカは茜色に染まる生徒会室への道を急いだ。
新米くノ一、イケメン四天王アルタイル再登場。
舞踏会の裏設定が明らかに。
いよいよ次回は学園祭開幕。応援よろしくお願いします。
ページ下部の【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】にして応援していただけると励みになります!」




