新米くノ一ハダル・ギレス
ミルキーウェールズ王国の影を支える忍者たちが集う訓練施設。そこには、学園の華やかさとは無縁の、張り詰めた空気が漂っていた。
学園では「謎の人物」として知られる生徒会庶務のカノープス・チュワートスは、同期のスティーブと共に、静かに得物の手入れをしていた。
「なぁ。もう仲直りしようぜ」
スティーブが軽口を叩きながらカノープスに歩み寄る。
「どういう心境の変化か知らないが、第二王子様もあの編入生――スピカの監視をやめにしたからさ」
カノープスは視線を落としたまま、淡々と答えた。
「彼女のことは関係ない」
「つれないねぇ。そういえば今日、レンジャー訓練施設から新しいくノ一が昇格してくるらしいぞ。結構カワイイ子だって噂だ」
「関係ない!」
カノープスの冷たい一蹴と同時に、施設の重い扉が開いた。
「あっ、早速来たみたいだな」
そこには、初々しくも芯の強そうな瞳をした少女が立っていた。
「初めまして。今日から皆様と研鑽を積むことになりました。ハダル・ギレスです。よろしくお願い申し上げます!」
ハダルの視線がカノープスと重なる。カノープスは無言でそれを受け止めた。
「適正診断と忍者の加護は、校長先生から受けてきました」
「よろしくな! お近づきの印に忍者飴だ!」
スティーブがひょいと飴を放り投げる。だが、その手は空中でカノープスによって遮られた。鋭い風切り音が響く。
「……惚れ薬入りの飴を配るのはやめろ」
「テスト、テスト! 舐めようとしたら止めるつもりだったさ」
カノープスはハダルに向き直り、真剣な面持ちで告げた。
「いいか。ここで出される物は安易に口にしないほうがいい」
「は、はい!」
そこへ、師匠のアレキサンダー・ゴトウが声をかける。
「君、ハニートラップには興味はないかい?」
「忍者にそんなものありません!」
カノープスの鋭い声が響く。すかさず施設筆頭が、その場を収めるように口を開いた。
「スティーブ、カノープス。基本的な技術を彼女に教えてあげてくれ」
「はい」
二人が短く応じると、ハダルは深々と頭を下げた。
「よろしくお願い申し上げます!」
「これ、師匠からだ。これに着替えてこい」
施設筆頭から渡された装束を手に、ハダルは更衣室へ向かった。
しばらくして戻ってきた彼女の姿に、一同の視線が釘付けになる。
「……これ、少しエロくないですか? なんかおへそのあたりが透けて見えるし……」
ハダルは落ち着かない様子で自分の衣装を確かめる。
「えっ、いいんじゃない!?」
スティーブが鼻の下を伸ばす中、ハダルは上目遣いでカノープスを見た。
「カノープス先輩、どうですか……?」
「……いいんじゃないか」
カノープスの短い肯定に、ハダルの顔がぱっと明るくなる。
「カノープス先輩がいいって言うなら、いいです!」
「師匠に文句は言わないのかよ?」
スティーブのツッコミを、カノープスは無言で無視した。
訓練が始まった。
歩法、周囲の観察、忍者走り、障害物突破、そして棒手裏剣。
ハダルの動きは、新米とは思えないほど軽やかだった。
「レンジャー課程を修了しているだけあって、筋はいいよな」
スティーブが感心したように呟く。
「ああ」
「それにしても彼女、カワイイよな。……ほら、うちの忍者連中も、早速いやらしい目で陰から見てるぜ」
スティーブの指差す先、物陰から同僚たちがハダルを値踏みするように眺めていた。
カノープスの眉間に皺が寄る。
「おい、お前らは学園祭の準備だろ!」
その一喝で、野次馬たちは蜘蛛の子を散らすように去っていった。
「あっ、筆頭」
カノープスが呼び止める。
「まさか、師匠はここにいないですよね?」
すると、ハダルが足元を見て声を弾ませた。
「あっ! カワイイわんちゃん!」
そこには、一匹の犬がちょこんと座っていた。だが、カノープスの目は騙せない。
「……師匠、プライドはないんですか?」
見事な変装(?)を施した師匠に冷ややかな視線を送っていると、スティーブが耳元で囁いた。
「なぁ、俺、彼女のこと狙っちゃっていい?」
「……駄目だ!」
「へ?」
スティーブは意外そうな顔をする。
「ここは『好きにしろ』とか言う流れじゃないのか?」
「お前だけは駄目だ!」
「まあ、お前の許可なんかなくても好きにするけどね」
その時、ハダルの呼ぶ声がした。
「カノープス先輩! 私の棒手裏剣、どうですか?」
カノープスは彼女の背後に回り、その腕を支えるように指導を始めた。
「的に向かって目線を固定しろ。投げた後の指先は真っ直ぐに……」
(あっ、女子に触れてしまった……)
動揺するカノープスを、スティーブが見逃さない。
「さりげなくボディタッチしてんじゃん! スケベ!」
「これは指導だ、違う!」
しばらくの猛練習の後、ハダルは少し頬を赤らめてカノープスに詰め寄った。
「ねぇ、カノープス先輩。ハニートラップって、異性を誘惑する術なんですって」
そう言って、ハダルはカノープスの腕にそっと自分の胸を押し当てた。
「マスターしたら……カノープス先輩に振り向いてもらえますかね?」
カノープスは弾かれたように距離を取った。
「そ、そんなことはやめろ! 忍者には必要ない!」
「は、はい。ごめんなさい……」
しゅんとするハダルだったが、すぐにカノープスの異変に気づいた。
「……先輩。鼻血、出てます」
「えっ」
ハダルは優しく、布でカノープスの鼻先を拭った。
「……ありがとう」
「ふふ、どういたしまして、先輩」
無機質な訓練施設に、少しだけ甘酸っぱい空気が流れた瞬間だった。
もう一人のヒロイン新米くノ一ハダルが登場しました。
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