第四部 第3話:第三の聖女候補と、いもづる姫の悪夢
女子寮の迎賓室(主賓室)へ向かう静かな廊下。
スピカとハダルは、数名の女性レンジャーSPを引き連れながら、新しく編入してきたヴィンデミアとその護衛であるくノ一のザニアへ、歩きながら軽い自己紹介をした。
「……私はスピカ・マセットよ!生徒会庶務をやっています。分からないことがあったら、何でも聞いてね」
にこやかに微笑むスピカに対し、ヴィンデミアはふっと足を止めた。
そして、スピカの顔を食い入るような強い眼差しで見つめてきた。
「……貴方が、スピカ・マセットね」
「は、はいっ!?」
スピカはその深淵なるサファイアブルーの瞳に射抜かれ、まるで蛇に睨まれた蛙のように金縛りに遭ったように釘付けになってしまった。
しばしの重苦しい沈黙が二人を包み込む。
やがて、ヴィンデミアはすっと視線を外し、氷のように冷ややかで、どこか神秘的な声で呟いた。
「……また、明日」
そのままヴィンデミアは優雅に背を向け、あてがわれた自室へと入っていった。
(な、なんだったの……? なんだか私、すっごく品定めされてたみたいな……!?)
スピカは胸を押さえながら、ポカンと立ち尽くすことしかできなかったのだった。
◇
翌朝――晴れやかな秋空の下。
スピカとハダルは、カノープスや数名のSPと共に、学園を後にするミラとゾズマの見送りに立ち会っていた。
「シリウス殿下によろしくとお伝えくださいね」
ミラは丁寧に三人に礼を言うと、チラリとカノープスへと視線を向け、艶やかな微笑みを浮かべた。
「ふふ……それでは、失礼するわね。カノープス君、またね❤️」
「っ///!」
カノープスへ妖艶にウインクの合図を贈ると、ミラは優雅にロメーダ帝国の豪華な一等馬車へと乗り込んでいった。
なお、隣に立つ男装の令嬢ゾズマは、昨日のあの過激すぎるアダルトゴシップ記事のショックがいまだに尾を引いているのか、終始うつむき加減でどこか元気がなさそうであった。
馬車の車輪が音を立てて動き出し、やがて遠ざかっていくのを見送った後、スピカたちは新入生を迎えるため教室へと向かった。
◇
ヴィンデミアと、その専属くノ一であるザニア(実年齢不詳)の二人は、スピカたちと同じ学年に配属されることとなった。
その編入初日――。
学年全体の集会室では、壇上に立つ二人の編入生を遠巻きに見つめながら、男子生徒たちの興奮したヒソヒソ話がそこかしこから聞こえていた。
「おい、誰だあのアラバスターの肌の美女は……!?」
「噂の編入生らしいぞ!」
「めちゃくちゃ大人の色気と気品があるな……凄まじい美人だ」
「編入早々、生徒会書記に任命されたって本当かよ?」
「なんだよ、結局はシリウス王子のハーレムメンバー増員か……?」
(う〜ん、やっぱりあの次元の違う美貌だもの。一瞬で噂になっちゃうわよねぇ……)
スピカが一人で深く感心していると、集会室の静寂を破るように、学年主任の厳格な大声が響き渡った。
「静粛に!! ……ヴィンデミア・ブランジネット君、ザニア・サスク君、前へ!」
指名された二人が、堂々とした足取りで壇上の中央へと進み出た。
「本日は我が学年に二人の編入生を迎えた。では、それぞれ自己紹介をお願いする」
まずはヴィンデミアが、凛とした佇まいで一歩前へ出た。その所作には一切の無駄がなく、美しく淀みのない声で語り始める。
「はじめまして。ブランジネット公爵家長女、ヴィンデミア・ブランジネットです」
まっすぐ前を見据えるサファイアの瞳。彼女は集会室の全生徒を優しく、かつ鋭く見渡しながら宣言した。
「――私はこの学園に、自分が『特別な何か』であることを確認しに来ました。」
「自分が何者であるのか。自分に何ができるのか。自分が成すべき事は何であるのか。そして私は、自身が『特別な何か』であり、その重大な役割を果たせると確信しております。」
「以上です。よろしくお願い申し上げます」
言葉の端々に宿る、圧倒的な自信と揺るぎない覚悟。
集会室を埋め尽くす生徒も教師も、その気高き威厳に気圧され、思わず息を呑んだ。
(わぁぁ……! す、すごすぎる自己紹介……! 私の編入の時とは雲泥の差だわ。)
※ちなみにスピカの自己紹介は"好きな食べ物はカレーです"の一言。一部参照。
(ものすごい覚悟と確固たる自信……! 私にそこまでの覚悟なんてあるのかしら……)
スピカが自分の不甲斐なさに物思いにふけっていると――。
続いて、ヴィンデミアの横に立つ漆黒の装束からメレンヘア学園の制服に身を包んだくノ一、ザニアが口を開いた。
「ザニア・サスクです」
低く無機質な声。
「趣味は、蟻地獄を探すことです」
「…………」
「以上です」
――シーーーーーーーン。
集会室全体に、あまりにも不気味でシュールな沈黙が駆け抜けた。
スピカは目を丸くして固まった。
(えっ……!? じ、自己紹介終わり……!? ていうか、アリジゴク……!? 全然女の子っぽくないし、むしろちょっと不気味な趣味だわ!? ザニアちゃん、本当にそれでいいのっ!??)
まだそれほど親しくもない編入生ザニアの将来を、スピカは心から本気で心配したのだった。
教師は何事もなかったかのようにコホンと咳払いをして進行を再開する。
「……う、む。彼女たちはドーマ神殿にて既に適性証明書を取得している。したがって、トグへもんによる適性診断は免除とする。以上! 各自教室に戻るように!」
◇
教室へ戻ると、案の定ヴィンデミアの周りには瞬く間に人だかりが形成された。
高級パーティーへの勧誘、華やかな部活動からのスカウト、お茶会へのお誘い――。
しかしヴィンデミアは、そのすべてを氷のように美しく、当たり障りのない笑みでやんわりと裁いて断っていた。
そこへ、担任の教師が教室へと戻ってきた。
「静粛に! ……ヴィンデミア君! ザニア君! 編入早々で非常に申し訳ないのだが、我がメレンヘア学園では全員が必ず何らかの『委員会』に所属してもらう決まりになっている」
そう言って教師は、木製の『くじ箱』を二人の前に差し出した。
「さあ、二人とも一人ずつくじを引いてくれ」
指示に従い、ヴィンデミアとザニアが順番にくじを引いた。
折りたたまれた紙を開くと、二人が引いた紙には、まったく同じ文字が墨で書かれていた。
――『魔法生物飼育委員』――
「よし! では放課後、二人はスピカ君と一緒に運動着に着替えて生物飼育室に行くように。以上!」
教師はそそくさと連絡を終え、早々に教卓を去ろうとした。
しかし、違和感を覚えたヴィンデミアが目ざとく声を上げた。
「先生! お待ちください。……このくじ箱、確認いたしましたが『魔法生物飼育委員』の紙しか入っておりません」
冷や汗を流した教師が足を止める。
「……あ、いや、それはだな。現時点で『魔法生物飼育委員』しか空き枠が存在しなかったのだよ」
ヴィンデミアはサファイアの瞳を細め、さらに追求した。
「空きが一つしかないのであれば……そもそも、くじを引かせる意味があったのでしょうか?」
教師は気まずそうに目を泳がせ、歯切れ悪く答えた。
「……く、くじで決まった形にすれば『仕方がない』って諦めがつくだろう?」
(……は? 仕方がない……?)
ヴィンデミアが不気味な違和感に眉をひそめた、その時だった。
周りの生徒たちから、ヒソヒソとした憐れみの囁き声が漏れ聞こえてきた。
「うわぁ……可哀想に、あの不吉な『魔法生物飼育委員』だってさ……」
「えっ!? あんな綺麗な美女が……あの『穴という穴』から……!?」
「〜〜〜〜〜〜〜〜っっ!?」
背筋を氷でなぞられたかのような猛烈な悪寒とともに、ヴィンデミアの額からダラダラと冷や汗が吹き出したのだった。
※【解説:魔法生物飼育委員】
学園が飼育する特殊な魔法生物たちに、自らの魔力を定期的に提供するのが主な仕事である。
その飼育室の中には、半年に一度、魔力提供者のあらゆる『穴という穴』から触手を侵入させて魔力を吸い上げようとする恐怖の半植物性魔法生物――『いもづる姫』という、健全な全年齢対象小説には極めて不適切な触手生物が鎮座しているのである。
ページ下部の【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】にして応援していただけると励みになります!」
ブックマークも大歓迎!!お願いします。




