第四部 第2話:青い薔薇の聖女と、嵐の予感
夕闇が迫る生徒会室。ミラ・グラダスが厳かに使者としての説明を続けた。
「彼女こそが、ロメーダ帝国に所縁を持つ、エキティカ二代目聖女の正統なる血筋を受け継いだ――『第三の聖女候補』」
室内に差し込む茜色の残光の中で、一際目を引く艶やかな群青の髪。
すっと迷いなく前を見据えるサファイアブルーの瞳には、凛とした高潔さと、揺るぎない確固たる意思の強さが滲み出ている。
透き通るような白銀の肌に、一切の無駄を削ぎ落とした洗練された佇まい。それはまるで、軽々しく触れれば折れてしまいそうな繊細さと、他者の安易な接近を拒む峻厳さを併せ持つ、一輪の気高さ溢れる青い薔薇のようであった。
少女は静かに、鈴を転がすような澄んだ声で口を開いた。
「――シリウス殿下。初めてお目にかかります」
サファイアの瞳をまっすぐシリウスに向け、優雅に礼を執る。
「ブランジネット公爵家長女――ヴィンデミア・ブランジネットと申します」
夕日に照らされた生徒会室に、まるで時が完全に止まってしまったかのような、重密な静寂が支配した。
しばらくの沈黙の後、シリウスが我に返ったように静かに息を吐き、言葉を切り出した。
「……事情は理解した。ようこそ、ミス・ヴィンデミア・ブランジネット。我がメレンヘア学園は君を歓迎する。これからも、どうぞよろしく頼む」
ヴィンデミアもまた、隙のない完璧な動作でそれに応える。
「シリウス殿下、お会いできて大変光栄に存じます。未だ不慣れな身ではございますが、何卒よろしくお願い申し上げます」
――その二人の洗練されたやり取りを、壁際の執務机で黙々と書類整理をしていたスピカは、口をぽかんと開けて感嘆の溜息を漏らしながら眺めていた。
(うわぁぁ……またまたものすごい綺麗な人が来ちゃった……! 神聖で綺麗で聡明そうで、本当にお話に出てくるような『聖女様』のイメージにピッタリじゃない……! やっぱり本当の聖女様って、私なんかじゃなくて、絶対あの方のことなんじゃないかしら……?)
【スピカ・マセット】
生徒会庶務にしてアークプリースト。セミブロンドにターコイズの瞳。「おそらく聖女」であり、なぜだか勝手な校内署名活動によって「四天王美女」の末席に叩き込まれてしまった、功績盛り盛りのクラーケン討伐功労者第一等勲章受賞者。我らが主人公――である。
シリウスは、手にしていたヴィンデミアの書状へ視線を落としながら言葉を続けた。
「君は大変に学業優秀で、前に在籍していた『セント・ウェールズ女学院』では首席だったそうだね。非常に頼もしいよ。」
「この学園では、その優れた頭脳を活かして『生徒会書記』として働いてもらおうと思うのだが、構わないかい?」
「ご期待に添えますよう、精一杯努めさせていただきます」
ヴィンデミアが深々と頭を下げるのを見て、スピカは心の中で大きく膝を打った。
(なるほどねぇ……! お勉強がすごく出来ると、最初から『生徒会書記』っていう格好いい役職を任せてもらえるのね! だから私とハダルちゃんは、雑務専門の『庶務』ってわけかぁ。いやぁ、すっごく納得だわ……!)
自分のポンコツぶりを一人で妙に納得しているスピカを余所に、シリウスは視線をミラの傍らに控える護衛たち――男装の令嬢ゾズマと、見慣れぬ漆黒の装束に身を包んだくノ一へと向けた。
「ミス・ミラ・グラダス。そして護衛の方々、遠方よりの過酷な道のり、誠にご苦労であった。我が学園へようこそ。まずは旅の疲れを癒やし、ゆっくりと体を休めてほしい」
ねぎらいの言葉を掛けた後、シリウスはくノ一の少女を指差し、問いかけた。
「……して、初めてお見受けするが、彼女は何者であるのかな?」
ミラは一切の淀みなく、朗らかな笑みを浮かべて応える。
「シリウス殿下、温かいお心遣い、いたみ入ります。今回はお言葉に甘えさせていただきますわ。……この者でありますが、ヴィンデミア様専属の『くノ一』でございます。本日より、ヴィンデミア様ともども、この学園にお世話になることをお許しください」
その言葉を聞いたカノープスは、一瞬で忍びとしての警戒レベルを引き上げ、眉間に皺を寄せた。
(……帝国の息がかかった、完全な実戦用のくノ一……!)
しかし、第一王子シリウスは一切の揺らぎも見せず、即座に涼やかな顔で返答した。
「相分かった。して、その者、名をなんと申す?」
「……ザニア、と申します」
護衛のくノ一は膝をついたまま、低く短い声で答えた。
「ザニアか。今後ともよろしく頼むよ」
シリウスは優しく頷くと、振り返ってスピカとハダルに爽やかな声をかけた。
「ハダル庶務、スピカ庶務。女性レンジャーSPを数名伴って、彼女たちを女子寮の主賓室へ案内してあげてくれ。よろしく頼むよ」
「「かしこまりました!」」
スピカとハダルは快く返答し、案内の準備へと動き出した。
◇
一行が退出の途につこうとした、その時である。
ふと、男装の令嬢ゾズマの視線が、生徒会室のテーブルの上に置き去りにされていた「あの紙面」――例のエリダヌス姫救出劇を捏造した、過激すぎるアダルトゴシップ記事へと留まった。
「む……? これは……?」
ゾズマは何気なくその紙面を手にとり、そこに躍る文字に目を滑らせた。
次の瞬間――。
『――イナズマ丸の力強い腕がゾズマを抱き寄せ、二人の吐息が荒く交錯する……!』※ゾズマとイナズマ丸の濃厚かつ過激なシーンもバッチリ掲載されています。
「〜〜〜〜〜〜〜〜っっっ///!?!?」
文字を認識した途端、ゾズマの顔面は一瞬で爆発したかのように真っ赤に沸騰した!
「なっ……な、ななな何なんだこれはぁぁぁーーーっっ///!?」
プルプルと生まれたての子鹿のように激しく震え上がったゾズマは、紙面をバッとテーブルに叩きつけると、湯気を吹き出しながら脱兎のごとく生徒会室を飛び出していったのだった。
それを見送ったミラが、去り際にカノープスへ向かって妖艶にウインクを贈る。
「ふふ……カノープス君! 今晩、いつでも女子寮に忍び込んできていいわよ❤️」
カノープスは額に冷や汗を流し、顔を真っ赤にしながら必死に頭を下げた。
「お、お疲れ様です、ミラさん! 今晩はどうか、じっくりとお休みくださいっ!」
「ふふっ。またね」
ミラはイタズラっぽく可憐に微笑むと、優雅な足取りで部屋を退出していった。
そのミラの去り際――今まで静観していた「鋼鉄のプライド」と称される聖騎士、生徒会副会長のルスカ・ルマンディーが、不器用そうにカノープスへと声をかけた。
「……カノープス庶務。ミス・ミラ・グラダスとは久しぶりの再会なのであろう? その……隣の部屋で『再現』とか、しなくていいのか……?」
カノープスは耐えかねて大声で叫んだ!
「ここでは!! 『再現』なんか致しませんっっ!!」
すると、扉のすぐ側で案内用に待機し、聞き耳を立てていたハダルがピクッと反応した。
「……『ここでは』……?」
「ッ!????」
カノープスは血の気が引き、大慌てで手をバタバタと振った!
「ハ、ハダル君っ!? ちが、違うんだ、今のは言葉のアヤでーーーっ!?」
―――バタンッッ!!
カノープスの悲痛な叫びを遮るように、生徒会室の重い扉は容赦なく、勢いよく閉められたのであった。
ページ下部の【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】にして応援していただけると励みになります!」
ブックマークも大歓迎!!お願いします。




