第四部 第1話:3人目の編入生
――ギィィ……。
静かに生徒会室の扉が開いた。
夕日に照らされて黄金色に輝く、山吹色の鮮やかな髪。
すべてを見透かすような、どこか勝気で艶やかな茶色の瞳。
まるで清流を躍る若鮎のようにしなやかで、均整の取れた美しき肢体――。
ロメーダ帝国、そしてソビヤ王国の狭間で暗躍する、妖艶なる二重スパイ。
――ミラ・グラダスであった。
ミラは入口のドア枠に身体を預けて寄りかかり、真っ赤になって狼狽えるカノープスに向けて、可憐で蠱惑的な微笑みを浮かべた。
「ふふ……カノープス君! 君に会いに、またまた来ちゃった❤️」
「……えぇぇぇぇ……っ!?」
カノープスは裏返った驚きの声を上げた。
メレンヘア学園生徒会庶務――カノープス・チュワートス。
中肉中背でどこにでもいそうな、これといった特徴のない平凡で大人しい少年。
……しかし、それこそが彼の計算し尽くされた「擬態」であった。
彼の真の姿は、第一王子シリウスおよび聖女候補スピカを闇から守る影――ミルキーウェールズ王国が誇るハイクラス忍者にしてトップエージェント、「カノープス中尉」なのである。時には「イナズマ丸」という偽名を使い、数々の歴史的事件を解決してきている人物である。
カノープスは突然の危険人物(?)の来訪に、引きつった笑みを浮かべながら恐る恐る問いかける。
「ミ、ミラさん! お、お久しぶり……です……? 今度はいったい何のご用で……」
ミラはイタズラっぽく微笑むと、テーブルの上に置かれていた大衆紙――そう、ロメーダ帝国のデネボラ参謀による完璧すぎる世論操作の結果、なぜか超アダルトなエロ小説調の英雄譚として大衆に消費されてしまった『大晩餐会・エリダヌス姫救出劇』の捏造記事に、すっと目を落とした。
イナズマ丸とミラの濃厚なベッドシーンから始まり、追跡中にもシリウス王子やゾズマとのエッチなハプニングを挟みつつ、なぜか追いついて最後はエリダヌス姫と熱いキスを交わすという、盛りすぎ&ツッコミどころ満載の超アダルト記事である。
ミラはしなやかな足取りでカノープスへと歩み寄ると、その細い腕をカノープスの首筋に艶めかしく回し、耳元で甘い吐息を吹きかけた。
「私もこの記事、見たわよ……? ねぇ、となりの部屋で……また『再現』しちゃう❤️?」
「ッッ〜〜〜〜!?!?」
カノープスの顔面がリンゴのように真っ赤に沸騰した――その瞬間!
当然ながら、その横暴を黙って見過ごすはずのない人物が一人。
メレンヘア学園生徒会庶務――ハダル・ギレス。
ミルキーウェールズ諜報部所属のくノ一であり、官位は軍曹。カノープスの後輩にあたる彼女もまた、生徒会庶務という仮の姿でスピカを影から護衛していた。
ハダルはすっと息を吸い込むと、廊下へ向かって大音量で叫んだ!
「――SPさーん! ここにエロスパイがいまーす!」
「!?!?」
その悲鳴を聞きつけた黒服の護衛官二人と、生徒会副会長のルスカが、いつも以上の凄まじいスピードで生徒会室の扉を蹴破らんばかりの勢いで突入してきた!
黒服の男が鋭い視線で部屋を見渡す。
「エロスパイはどこですか!!!!?」
ルスカ副会長も興奮(?)気味に続く。
「いやらしい……いや! 厳格な取り調べを……っ!」
「ここでーす」
ハダルが無表情のまま、カノープスに抱きついているミラを指差した。
それを見たミラは、さすがに一変して大慌てで手を振った!
「なっ!? え、エロスパイって何よ! 今回も違うわよ! スパイじゃない! 正式な使者! 護衛任務よっ!」
必死に叫びながら、ミラは懐から重厚な羊皮紙の書状を引っ張り出した。
「ちゃんと書状もありますからっ!」
ミラの叫びと、彼女が大慌てで掲げた書状を確認したカノープスが「大丈夫だ」と黒服たちに素早く目配せを送ると、黒服の男たちとルスカ副会長は落胆と安心が入り交じった表情で退室していった。
(ルスカ副会長何故そんなにガッカリしてる)
◇
「……はぁ、寿命が縮まりましたよ」
カノープスは冷や汗を拭いながらミラから書状を受け取り、毒や術式などの安全を素早く確認してから、奥の執務机に座る人物へと手渡した。
メレンヘア学園生徒会会長――シリウス・ランスター。
第一王子でありながら高位の魔法剣士でもあるシリウスは、学園を統べるだけでなく、すでに国政の重要局面にまで携わる傑物である。
シリウスが美しい手つきで書状を一読すると、ミラは凛とした表情に切り替え、使者としての説明を開始した。
「今回の護送任務は、RLF(ロメーダ解放戦線)への情報漏洩を極力防ぐため、エキティカ聖女機構のもと、関係各所の内部に対しても極秘裏に行われました」
ミラの言葉に、シリウスは静かに頷く。
「……RLFが明確に聖女候補を強奪しようという目論見が明らかになった今、エキティカ聖女機構がここメレンヘア学園で聖女候補たちを一括して保護、援助する方針をとったことは、シリウス殿下もご承知の通りかと思います」
ミラは言葉を区切り、生徒会室の入口へと視線を向けた。
「そして彼女は、ロメーダ帝国にゆかりがある聖女候補として……賢者の書・第115節――『ミルキーウェールズに聖女現る』というあの予言が下される以前から、ロメーダ帝国がミルキーウェールズ王国領内で極秘裏に保護を続けてきた存在です」
「……なに?」
シリウスの眉がぴくりと動く。
「彼女はアークプリーストとしての正当な資格を持つだけではなく……現在試験運用されている、スピカ様と同等の効果を持つ『長期間保存可能な聖水』の作成にもすでに成功しております」
そう告げると、ミラは生徒会室の扉を大きく開け放ち、外で待機していた一団に入室を促した。
先頭に立っていたのは、ロメーダ帝国が誇るソードマスターであり、男装の令嬢として知られるゾズマ。そしてその隣には、忍びの装束に身を包んだ一人のくノ一の少女。
その二人に手厚く守られるようにして、一人の令嬢が静かに生徒会室へと足を踏み入れ、シリウスの前で優雅に佇んだ。
ミラが誇らしげに二人を紹介するように言葉を紡ぐ。
「彼女こそが……ロメーダ帝国にゆかりを持つ、エキティカ二代目聖女の正統な血筋を引く――『第三の聖女候補』」
その少女の姿を目にした瞬間――。
第一王子シリウス、カノープス、そして副会長のルスカまでもが、思わず息を呑んだ。
夕日に映える、艶やかな群青の髪。
その奥で意思の強さを静かに滲ませる、吸い込まれそうなサファイアブルーの瞳。
まるで極上の絹のように透き通る白銀の肌に、気品と凛々しさを纏った立ち姿――。
彼女は優雅にスカートの裾を持ち上げ、完璧な礼を捧げると、鈴の鳴るような澄んだ声で静かに口を開いた。
「シリウス殿下。初めてお目にかかります」
サファイアの瞳が、シリウスをじっと見つめる。
「――ブランジネット公爵家長女、ヴィンデミア・ブランジネットと申します」
波乱を予感させる『第三の聖女候補』の来訪――。
スピカを取り巻く運命の歯車は、新たなステージで、さらに加速して廻り始めるのだった。
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