第三部 第20話:騒乱の終わりと、小さな恋の芽生え
森を抜けた平地にて、第一王子シリウスたちは拘束した3人の『アールエルエフ(ロメーダ解放戦線)』のレジスタンスたちの身柄を確保した。
地下通路の出口でレグルス皇帝の激しい雷撃を直接喰らったくノ一も、一時は危ぶまれたものの、間一髪で一命だけは取り留めていた。
ロメーダ帝国において、「死刑」という残虐な法は随分と昔に撤廃されている。
しかし――国家転覆を目論み、王女を誘拐した大罪人として、彼らがこれから受けるであろう容赦のない厳しい尋問や追及の凄惨さを思うと、カノープスは同じ「影に生きる者(忍び)」として、胸の中にやるせない暗雲が立ち込めるのを拭えずにいた。
そんな彼の複雑な内心を察してか、隣に立つミラが、誰にも聞こえないほどの小さな声でぽつりと呟いた。
「……明日は我が身、よ」
「……っ」
二重スパイという危うい綱渡りを続けるミラの、どこか遠くを見るような、それでいて現実味を帯びたその言葉が、カノープスの胸にずしりと重く染み渡った。
やがて、駆けつけた帝国衛兵に同行していたプリースト(回復術士)の手によって雷撃を受けたくノ一に最低限の応急治療が施され、3人のレジスタンスたちは厳重な警護のもと、連行されていった。
◇
レグルス皇帝が妹エリダヌスの元へ到着する直前――イナズマ丸は素早くその場から姿を眩ました。
そして、未だに襲撃の混乱とざわめきが収まらぬ大晩餐会の会場へと駆け戻ると、覆面を外し、何事もなかったかのように「外交官カノープス」の顔へと戻った。
会場の隅で不安そうに立ち尽くしていたハダルとゼダルが、息を切らせて戻ってきたカノープスに寄ってくる。カノープスは二人に対し、安堵を込めて短く伝えた。
「……エリダヌス姫はご無事です。安心してください」
「よかった……!」「流石だな!カノープス!」
胸を撫で下ろす二人。
それから間もなくして――会場の正面扉が重々しく開き、レグルス皇帝、第一王子シリウス、ミラ、そしてソードマスターのゾズマの4人が、大勢の帝国衛兵を引き連れて堂々と帰還してきた。
会場中の貴族や要人たちの視線が一斉に集中する中、レグルスは壇上へと進み出ると、皇帝としての圧倒的なカリスマと威厳を纏い、事態を収束させるための朗々とした口上を述べ始めた。
「――皆の者、静粛に!」
一瞬で静まり返る舞踏会場。レグルスは威圧感と感謝を織り交ぜた力強い声で宣言する。
「ここにいる第一王子シリウス、ミラ、ゾズマの尽力と協力により、今回の騒動の元凶たるレジスタンス3名を即座に拘束! 無事、我が妹エリダヌス王女の奪還に成功した! 彼らをはじめ、速やかに事態の収拾に尽力してくれた皆々の支援に、心より感謝する!」
会場から大きな安堵の溜息と、盛大な拍手が沸き起こる。レグルスは大きく手をかざしてそれを静めると、威厳に満ちた声で続けた。
「……名残惜しくもあるが、本日の大晩餐会はこれにて閉会とする。各々方! 帰路においては十分に注意を払い、無事にそれぞれの国へ帰還されることを願う。以上とする!」
皇帝の堂々たる宣言により、大混乱に陥った晩餐会は鮮やかに締めくくられたのだった。
◇
閉会が告げられ、貴族たちがぞろぞろと退場を始める中――レグルスはゆっくりと歩み寄り、スピカの目の前で足を止めた。
その真摯なエメラルド色の瞳に見つめられ、スピカは心臓が跳ね上がるのを感じた。
「……聖女スピカ・マセット」
「は、はいっ……! 陛下……!」
レグルスは皇帝としての仮面を少しだけ外し、どこか苦々しく、そして心からの申し訳なさを込めた声で語りかけた。
「今日はこのような不測の事態に巻き込んでしまい……誠に申し訳なかった。言葉だけでは足りぬ。このお詫びは、後日改めて伺わせてもらう。……許してくれ」
皇帝たる男が、一人の少女に対してまっすぐに謝罪の言葉を口にする。その誠実さに、スピカの心は温かいもので満たされていった。
スピカはパッと表情を華やがせ、一生懸命に首を振った。
「そんな……! 陛下、エリダヌス姫がご無事で、本当に何よりでございました! 陛下もお怪我はございませんか? 今日はお疲れになられたことと思います……どうか、今夜はゆっくりとお休みになってくださいね」
スピカの思いやりに満ちた温かい返答に、レグルスは一瞬驚いたように目を見開いた。
そして――。
ふっと表情を柔らかく緩めると、去り際にスピカの耳元へ近づき、エメラルド色の瞳を一層輝かせて低く甘い言葉を足したのだ。
「……スピカ。そのドレス、とてもよく似合っているぞ」
「えっ……!?」
レグルスはどこか照れくさそうにサッと背を向けると、長い外套を翻し、急ぎ足で控え室の方へと下がっていってしまった。
突然褒められたスピカは、顔が一瞬で熟したトマトのように真っ赤になった。去っていく皇帝の背中を、胸の鼓動を早めながら、愛おしくてたまらないというような甘い視線で見つめずにはいられないスピカであった。
(……ズルいですよ、レグルス陛下……そんなの、反則です……っ///)
◇
一方――豪華な調度品が並ぶ皇帝専用の控室。
重い扉が閉まった瞬間、控室で待機していた参謀デネボラが、青ざめた顔で床に膝をつき、深々と頭を下げていた。
「へ、陛下……! 今晩の不測の事態、そして警備の失態……誠に、誠に申し訳ございませんでした……っ!」
「ふん……」
椅子に深々と腰掛けたレグルスは、冷めた紅茶のカップを弄びながら、低い声で言った。
「その反省と警備体制の見直しは、また明日にしよう」
「は、ははっ……!」
デネボラがほっと胸を撫で下ろそうとした、その瞬間――レグルスのエメラルド色の瞳が、ギロリと鋭く光った。レグルスはすっと目を細め、話の角度をガラリと変えて問い詰めたのだ。
「……ところで、デネボラ君?」
「は、はいっ! 何でしょうか!?」
「余は……今夜スピカ・マセットが会場に到着した時、真っ先に彼女の元へ駆けつけて声をかけたかったのだがな。……あの時、君は一体何をやっていたのかな……?」
「――ッ!????」
デネボラの脳裏に、数時間前の光景が鮮明にフラッシュバックした。
華やかな貴婦人たちにちやほやと囲まれ、勲章を誇らしげに輝かせながら「貴女の美しさに比べたら、こんな勲章など霞んでしまいますよ❤️」などと、歯の浮くような甘い台詞をノリノリで吐いていたあの醜態を――!!
全身から一気にドッと激しい冷や汗が吹き出す。デネボラは額を床に擦り付けんばかりの勢いで深々と頭を下げ、絶叫に近い声で返答したのだった。
「ももも、申し訳ございませんっ!! 有頂天になっておりましたぁぁぁーーーっっ!!!」
「……後でじっくり話を聞こうか、デネボラ君」
夜のロメーダ城に、皇帝の冷ややかな声と、参謀の情けない悲鳴が虚しく響き渡るのであった。
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