第三部 第18話:地下の因縁と、男装令嬢の秘密
漆黒の夜空を見上げ、イナズマ丸は全神経を研ぎ澄ませた。
頭上遥か高み――飛行魔術を身に纏い、夜空から逃亡者を追跡している第一王子シリウスの姿があった。その時、暗闇を切り裂くように一閃の蒼白い閃光が走り、轟音と共に地表へと強烈な雷撃が打ち落とされた!
(――あそこだ!)
空から放たれた稲妻の光と、直後に漂ってきた激しい焦げ臭さ。それらを頼りに、イナズマ丸とミラは闇に紛れて一直線に急行した。仲間たちが追いつけるよう、道中に目立たぬよう発光塗料を点々と付着させながらひた走る。
雷撃が放たれた目的地へ辿り着くと、そこには岩肌に偽装された地下へと続く暗い隠し扉がひっそりと添えられていた。
隣に滑り込んできたミラが、覆面越しに低く鋭い声をかける。
「……イナズマ丸、私はこの通路の『出口』を知っているわ」
「! 流石ですね、ミラさん」
イナズマ丸は瞬時に判断を下し、視線で指示を送った。
「ミラさんとシリウス王子は、先回りして出口を押さえてください。僕はここから地下へ侵入し、背後から追いかけます!」
「わかったわ! 気をつけてね!」
ミラは小さく頷くと、空中で旋回していたシリウスへ素早く手信号を送り、出口の予想地点へと疾風のごとく駆け出していった。イナズマ丸は一瞬だけ息を整えると、警戒を最大限に高めて不気味な地下通路へと足を踏み入れた。
◇
ここはロメーダ城本丸の敷地内に密かに掘られた、緊急脱出用の地下通路であった。
本来であれば、有事の際にロメーダの王族を安全に逃がすためだけに作られた極秘のルートのはずだ。それがまさか、反政府レジスタンス『アールエルエフ』の逃走経路として利用されようとは……ロメーダ帝国の歴代のご先祖様たちも夢にも思わなかっただろう。そんな極秘通路の構造まで完全に把握しているミラの情報網には、流石の一言しか言いようがなかった。
イナズマ丸は懐から『邪心探知のスクロール』を取り出し、通路内に仕掛けられた凶悪な罠や感知系魔導具の反応を確かめながら、慎重かつ素早く前に進む。
薄暗い通路を奥へと進むうち――イナズマ丸の肌に、ぞっとするような「危険な気配」がまとわりついてきた。
(……くっ、この胸のざわつき……どこかで……!?)
それは、かつてリゾート地シマフクワイアンで、スピカが誘拐された時に感じたあの禍々しい気配と全く同じものであった。
暗がりからぬっと現れたのは、異様な意匠が施された面をかぶった男――「仮面の男」。
シマフクワイアンでの事件の際、スピカを連れ去った忍びを追跡していたイナズマ丸は、この仮面の男によって二度も強力な「幻術」を掛けられ、まんまと時間を稼がれて逃げられた苦い過去があった。その因縁の宿敵が、今まさに目の前に立ちはだかっている。
(――そういうことか! あの時スピカさんを誘拐しようとした『第三勢力』の正体……それが、このレジスタンス『アールエルエフ』だったのか……!)
すべての点と線が、この地下通路で一つに繋がった。
しかし、状況は極めて不利であった。
仮面の男が繰り出す凶悪な幻術スキルは、仮面から覗く二つの穴から放たれる「不気味な赤い光」を直接視認することで発動する。つまりイナズマ丸は、この狭く逃げ場のない一直線の通路において、前方の敵を「直視することができない」という致命的な制約を強いられていたのだ。
「……ッ!」
イナズマ丸は敵の顔を見ないよう視線を床に落としたまま、気配と目測だけを頼りに腕を振り抜き、疾風の如き速度で『鎖分銅』を投擲した!
重厚な鉄の音が響いたが――仮面の男はゆらりと不気味に体を揺らし、難なくそれをかわしてみせた。
仮面の奥から、耳障りな甲高い声が響く。
「あれ〜? 君とは……一度どこかでお会いしたことがあったかなぁ? 君はあの時の……青くさい坊ちゃんかい?」
「……っ」
相手の挑発に乗りそうになるのをぐっと堪え、前を見ずに気配だけで間合いを測ろうとした、その時――。
道中に残しておいた発光塗料を辿り、後方から足音が猛スピードで近づいてきた。現れたのは、凛々しい男装の麗人――ソードマスターのゾズマであった。
「イナズマ丸殿でありますか! 助太刀に――」
「ゾズマ殿! いけません、あの目を見ては――!!」
イナズマ丸の必死の警告が届くよりも早く、仮面の二つの穴から、血のように不気味な「赤い光」が怪しく明滅した。
直後、ゾズマの瞳孔が小さく開き、その美しい瞳から光が失われて虚空を彷徨い始めた。
「……はッ!? い、イナズマ丸殿……っ!? こ、こんなところで一体何を……っ! ああっ! そこは、そこだけはダメであります……ッ///!」
「……えぇ!?」
頬を真っ赤に染め上げ、虚空に向かって意味深すぎる怪しい妄言を呟き始めるゾズマ。イナズマ丸は一瞬素で困惑しかけたが、すぐさま我に返り、彼女の肩を掴んで鋭い一撃と共にスキルを叩き込んだ!
「『活』ーーーーっっ!!」
「ぐはっ……!?」
内側から弾ける身体エネルギーによって精神の濁りが吹き飛ばされ、ゾズマはハッと正気を取り戻した。
「はっ……!? イ、イナズマ丸殿……!? ここは……?」
正気を戻し、呆然と周囲を見渡すゾズマに対し、イナズマ丸は視線を落としたまま素早く注意を促した。
「敵の幻術です! あの仮面の赤い光を見てはいけません!」
そう言いながら、イナズマ丸が慎重に前方に視線を戻すと――そこにはすでに、仮面の男の姿はなかった。足音もなく、気配すら消して闇の奥へと逃走したあとだったのだ。
(くっ……またしても逃げられたか……!)
悔しさに唇を噛みしめるイナズマ丸の横で、ゾズマは自分のやらかした失態と妄言を思い出したのか、顔をリンゴのように真っ赤に染め上げ、ガバッと頭を下げて謝罪した。
「い、イナズマ丸殿……っ! 見苦しい不覚を取り……誠にかたじけない……ッ!」
「あ、いえ……無事で何よりです。行きましょう!」
二人は気を取り直し、再び暗い地下通路を奥へと駆け出した。
しかし――。
疾走しながら、イナズマ丸は未だにゆでだこのように顔を赤らめ、気まずそうに走る男装の令嬢を横目で盗み見ずにはいられなかった。
(……いや、それにしても……さっきの『そこはダメ』って……一体ゾズマさんは、あの幻術でどんな恐ろしい……いや、どんな恥ずかしい妄想を見せられていたんだ……!?)
気になって気になって仕方のないイナズマ丸であった。
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