第三部 第15話:王子の告白と、新たな波瀾の予感
「美しい。この日を……ずっと待ち望んでおりましたよ、レディ・スピカ・マセット」
極上のタキシードを纏い、スピカの手を取ってその甲に恭しく唇を寄せた紳士。
セミブロンドの整った髪に、吸い込まれそうなブルーグレーの瞳。学園サミット最終日にスピカへ情熱的なプロポーズをして去っていった「三人目の王子」――ブリデン王国第三王子ロード・ヘンリー・ラワードであった。
◇
そんな大舞踏会の一角での出来事に、少し離れた場所で各国の外交重鎮たちに囲まれていた大晩餐会の主催者・レグルス皇帝が真っ先に気がついた。
(……む! あれはスピカが到着したのか!? ……くそっ、ヘンリー王子に先を越されただと!? ええい、この政治家どもの腹黒いお辞儀とお世辞はもうウンザリだ! ここはデネボラに丸投げして、早くスピカの元へ駆けつけたいのだが……デネボラはどこだ!?)
レグルスが苛立ち紛れに広い会場内を探すと――件の参謀デネボラは、豪華なドレスを纏った数人の令嬢たちに囲まれていた。
(……ん? あれ? デネボラ君、なんだか妙にモテてないか……?)
一国の皇帝たる威厳を忘れ、ジト目で参謀の様子を観察するレグルス。
デネボラを囲む令嬢の一人が、頬を赤らめて熱っぽい視線を送っていた。
「まあ、デネボラ様……! 海の魔王クラーケン討伐でのご活躍と、胸に輝く第二勲の勲章……とても素敵ですわ❤️」
すると、昨夜は「恋愛経験からっきし」と白状して情けなく縮こまっていたはずのデネボラが、キリッとした顔で眼鏡の奥の目を光らせ、澄ました声で返答したのだ。
「フッ……貴女のその眩しい美しさに比べたら、このような勲章など霞んでしまいますよ」
「まあっ……! デネボラ様ったら……!❤️」
(…………は?)
その光景を目撃したレグルスは、完全に目が点になった。そして、心の中で猛烈な勢いで怒りの突っ込みを繰り出していた。
(――霞んじゃうんなら、その勲章今すぐ取り上げてやろうかぁぁぁアッ!? ていうか昨日『からっきし』だった奴が、一回の式典で有頂天になってんじゃねーよ!!)
参謀の予期せぬモテ期(?)とタヌキ貴族たちの相手に貴重な時間を奪われ、レグルスは一人でイライラを募らせるのだった。
◇
一方、ヘンリー王子とスピカのただならぬ雰囲気を察したカノープス中尉は、スピカの直接護衛として警戒を強めつつも、王族同士の会話を邪魔せぬよう少し距離を置いて見守っていた。
そこへ――。
「ふふ、カノープス……♪」
華やかなオレンジ色のカクテルドレスに身を包んだミラが、妖艶な笑みを浮かべながら近づいてきた。彼女はカノープスの片腕を自分の豊満な胸元へとぐっと抱き込み、耳元で甘い吐息を吹きかける。
「……ねえ、この騒がしい会場から、二人で消えちゃおうか……?」
「っ!? ミ、ミラさん……!?」
カノープスが赤面して固まった瞬間、今度は大勢の取り巻きをうまく撒いてきたハダルが駆け寄ってきた。
「ちょっと、ずるいですよ、ミラさん! 私だって……!」
ハダルは焼きもちを焼くように反対側の腕をしっかりと抱え込み、胸に押し当ててカノープスを引き留める。
両腕を美女二人に密着され、身動きが取れなくなったカノープスは、周囲の男性貴族たちから痛烈な殺意の視線を浴びせられていた。
「(なんであんな冴えない男がモテているんだ……?)」と周囲が不審がり、嫉妬の視線を向ける中、当のカノープスはだらだらと冷や汗を流しながら、助けを求めるように天を仰いで答えたのだった。
「ひ、ひぇぇぇ……僕はただいま、大事な護衛任務中でーーーす……!!」
◇
そんな周囲の喧騒から切り離されたかのように、ヘンリー王子は真摯な瞳でスピカを見つめ、甘く語りかけていた。
「貴女はずるいお人だ、レディ・スピカ。その優しさと気高さだけでなく、これほどの美しさまで持ち合わせているなんて……一体どれほど罪作りな方なのだろうか」
「あ、あの……買い被りすぎでございます、ヘンリー王子……っ」
スピカは顔を真っ赤にしながら、一生懸命に首を振った。
「これは、その……ただの『馬子にも衣装』でございます! 先ほども親しい仲間に言われたばかりでして……!」
「そんなことはありません」
ヘンリー王子は優しく、しかし確固たる意志を込めてスピカの言葉を否定した。
「貴女はご自身の魅力に気づいておられないだけだ。貴女の美しさは、きっとその清らかな内面から溢れ出しているもの……私には分かります。貴女と一緒にいると、胸が高鳴ると同時に、不思議なほどの安らぎを感じるのだ。……貴女はもはや、世界エキティカの『宝』だ」
「……っ」
「私は、貴女が聖女として世界のために羽ばたく手助けをしたい。……どうか、私と一緒に歩んでくれませんか」
ヘンリー王子の言葉には、少しの不純物もない、心からの誠意が満ち満ちていた。
その温かく真っ直ぐな想いに、スピカは胸が詰まるような思いがした。こんなにも自分を大切に想い、評価してくれる人がいる。
その気持ちが痛いほど伝わってくるからこそ、安易な気持ちでうなずくことも、突き放すようなおざなりな断り方をすることもできなかった。
スピカは意を決し、ヘンリー王子のブルーグレーの瞳を真っ直ぐに見つめ返し、精一杯の言葉を紡いだ。
「……ヘンリー王子。私は……未だに自分が何者なのか、本当のところは分かっていません。自分が本当に『聖女』と呼ばれるにふさわしい人間なのかも……」
「スピカ……」
「だから……自分が何者なのかがちゃんと分かるまで。私が『聖女』として胸を張って立てるその日まで……そのお返事、待っていただいてもよろしいでしょうか……?」
自分をごまかさず、誠実に向き合おうとするスピカの答え。
ヘンリー王子は一瞬目を見開いたが、やがて優しく目元を緩め、自分に言い聞かせるように穏やかに頷いた。
「……そうですね。二人はまだ知り合ったばかりで、お互いに若すぎるのかもしれない。……分かりました。君からいつか良い返事をもらえるような素晴らしい男になるため、私自身もさらに自分を磨くことにしよう」
ヘンリー王子はスピカの手をもう一度優しく包み込む。
「私はいつまでも待っています。君が望むなら、いつでも私の元へ来てほしい。……愛しています、マイレディ。今日はこれで失礼するよ」
洗練された所作で一礼すると、ヘンリー王子はお供を連れて静かにその場を去っていった。
(ふぅぁぁぁ……緊張したぁ……っ)
スピカが大きなため息をついて胸を撫で下ろした、その時である。
取り巻きの輪から抜け出してきたベガがスピカの隣にすっと寄り添い、グラスを傾けながら冷ややかな声で告げた。
「……あんたねぇ。それ……『生殺し』って言うのよ」
「うぐっ……!?」
本日二度目となるベガ様の鋭すぎるツッコミが、スピカの胸にグサリと深々と突き刺さるのだった。
◇
一方その頃――。
相変わらず大勢の取り巻きや各国の要人たちに囲まれていた第一王子シリウスの元へ、人だかりをかき分けるようにして一人の少女が歩み寄っていた。
「――お会いしたかったですわ、シリウス王子」
聞き覚えのある、高く可憐な声。
まばゆいばかりの輝きを放つ金髪に、勝ち気で知性あふれる碧眼。透き通るような白い肌を豪奢なドレスで包み込んだその姿は、まさに物語から飛び出してきたような美しいお姫様そのものであった。
彼女の名は、ロメーダ帝国王女――そしてレグルス皇帝の腹違いの妹である、エリダヌス。
彼女の登場により、舞踏会の空気はさらに大きな波瀾へと向かって動き始めるのだった。
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