第三部 第14話:華やぐ宵の晩餐会と、三人目の王子
夕刻前――茜色に染まり始めた空の下、豪華な装飾が施された馬車が、晩餐会の会場となる帝国迎賓館の大舞踏会広場へと滑り込んだ。
ミルキーウェールズ王国使節団の一行が到着すると、待ち構えていた報道陣や貴族たちから一斉に歓声が上がる。馬車の扉が開かれ、普段の冒険者や制服姿とは一味違う、華やかにドレスアップした女性メンバーたちが次々と降り立った。
最初に舞い降りたのは、金髪碧眼の美貌に映える鮮やかなブルーのドレスを纏ったデネブ。
続いて、艶やかな黒髪に情熱的な薔薇を思わせる眩しい赤いドレスを身にまとったベガ。
さらには、神秘的な紫の髪とドレスに白い肌が一際目を引く大富豪令嬢メアリーや、普段の凛々しい聖騎士の甲冑を脱ぎ捨て、淑やかなレディへと劇的な変身を遂げたシャーロットお姉さん。
その誰もが息をのむほど美しく、会場前の広場は一瞬で華やいだ雰囲気に包まれた。
そして、上品なクリーム色のドレスを身に纏い、綺麗に結い上げられた亜麻色の髪を揺らしながらハダルが馬車を降りる。いつもより少しだけ露わになった胸元と淑やかな装いが、彼女の大人びた魅力を存分に引き立てていた。
「……カノープス先輩、どうですか……?」
少し照れくさそうに上目遣いで声をかけられたカノープス中尉は、あまりのハダルの可愛らしさに卒倒しそうになるのを必死で耐えていた。
(〜〜〜っっっ!! 可愛すぎる……!! 素敵だ、素敵すぎるハダル君……!!)
カノープスの脳内は大爆発を起こしていた。
(ああ、今日は一晩中ハダル君と一緒に過ごしていたい……! 願わくば良い雰囲気になって、チュー策まで持っていきたい……! でも……くっ、今日は大事な任務があるんだ……!)
溢れ出そうになる理性と欲望の格闘の末、カノープスは表面上はなんとか冷静さを保ち、喉をゴクリと鳴らして答えるのが精一杯だった。
「……す、素敵だよ。とても似合っている、ハダル君」
「……! ありがとうございます、先輩」
嬉しそうに微笑むハダル。
本来であればハダルがスピカの護衛を担当するはずだったが、本日の晩餐会においてハダル自身が「第二勲」の主賓であるため、今日のスピカの直接護衛はカノープス中尉が引き受けることになっていたのだ。
そんな悶々としたカノープスの前に、ついに本日の主賓中の主賓――スピカが馬車から降り立った。
「……っ!?」
その姿を見た瞬間、カノープスは言葉を失い、呼吸することさえ忘れた。
きれいなセミブロンドを結い上げた髪の上には、シャンデリアの光を受けて神々しく煌めく繊細なティアラ。
白を基調とし、純銀の刺繍と無数のダイヤモンドが散りばめられたドレス――それは昨夜、レグルス皇帝から贈られたあの至高の一着であった。
豪奢で洗練されたドレスに映える透き通るような白い肌、そして吸い込まれそうなターコイズブルーの瞳。胸元には、最高位である「第一勲」のダイヤモンド勲章が眩い光を放っている。
普段のドジでおっちょこちょいなスピカとはまるで別人のような、神々しくも可憐な「聖女」としての圧倒的な存在感。
カノープスは息を呑むと同時に、遠い昔――まだ自分がスピカに密かに恋心を抱いていた頃の甘酸っぱい記憶を思い出し、なんとも言えない複雑で温かな気持ちに包まれていた。
当のスピカはというと、慣れないドレスとハイヒールに緊張でガチガチになりながら、カノープスへおそるおそる問いかけていた。
「あの……カノープスさん……私、ドレスに負けてないかな……? 変じゃない……?」
自分に自信なさげに上目遣いで尋ねるスピカを見て、カノープスはふっと我に返り、優しく微笑んで言葉を返した。
「そんなことはありませんよ。立派な『聖女様』です、スピカさん」
「ふふ、ありがとう……! カノープスさんにそう言ってもらえると、ちょっと安心したよ」
ほっと胸を撫で下ろすスピカと、それを温かい目で見守るカノープス。
そんな二人の親しげなやり取りを少し離れた場所から見ていたハダルは、胸の奥が少しだけチクりと痛み、複雑な表情を浮かべるのだった。
そこへ、輪の中に割り込むようにベガが呆れたような溜息を吐いた。
「……ふん。『馬子にも衣装』とは、まさにこのことね」
身も蓋もないベガの毒舌に、スピカは「ひどいっ!?」と肩を落とすのだった。
◇
ミルキーウェールズ使節団の一行が会場の大舞踏会へと足をふみ入れると、そこはすでに凄まじい熱気と華やかさに満ち溢れていた。
色とりどりの洗練された宮廷料理、高級ワインの芳醇な香り。ロメーダ帝国の名だたる重鎮や貴族たち、そして世界各国の外交使節団が一堂に会している。
ミルキーウェールズ一行が姿を現した瞬間、会場中の視線が一斉に注がれた。
「「「おおおおおっ……!!」」」
あっという間に、メンバー各自の周りには挨拶や歓談を求める取り巻きの輪が出来上がっていった。
授勲者であるハダルやスピカの元にも、次々と帝国貴族や外国の使節たちが押しかけてくる。
中でも、ベガとデネブの美貌の令嬢に対する人気は凄まじかったが――それ以上に凄惨なまでの大フィーバーを巻き起こしていたのが、サムライ・アルタイルと第一王子シリウスであった。
「アルタイル様! ぜひ我が家のパーティーにもご出席を!」
「シリウス殿下! 我が国の王女とのご会談を……!」
黄色い声援と熱烈な勧誘に包まれるシリウスたちを、スピカとベガは取り巻きの隙間から少し離れた場所で面白くなさそうに眺めていた。
「ふん……相変わらず、うちの王子様方はどこへ行っても大人気ね」
グラスを片手にベガが不機嫌そうに呟く。
(うう……シリウス王子、全然こっちに来られそうにないなぁ……)
スピカも少しだけ寂しさを感じながらジュースのグラスに口をつけていた、その時である。
「――美しい。この日を……ずっと待ち望んでおりましたよ、レディ・スピカ・マセット」
耳元で響いた、耳障りなほどに甘く、芝居がかった男性の声。
(……えっ?)
スピカが驚いて振り向くと、そこには一人の洗練された紳士が立っていた。
黄金の髪を完璧にセットし、極上のタキシードを纏った男は、スピカの手を優しく取ると、恭しくその甲に唇を寄せた。
「……っ!?」
その男の顔を見た瞬間、スピカの頭の中に記憶が鮮明に蘇った。
言葉を失うスピカに対し、男はフッと自信に満ちた笑みを浮かべ、胸に手を当てて深く一礼した。
――学園サミット最終日。
シリウス、レグルスに続き、スピカに情熱的なプロポーズをして去っていった「三人目の王子」。
ブリデン王国・第三王子――ロード・ヘンリー・ラワードであった。
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