第三部 第12話:光芒の勲章と、参謀殿の隠された弱点
「や〜……ど〜も〜……」
スポットライトのように無数のシャンデリアの光が降り注ぐ中、スピカは白目を剥きながら、カクカクとした機械的な動きでスローモーションのように力なく手を振っていた。
万の民衆と全権貴族たちが送る、割れんばかりの絶大な大歓声と地鳴りのような拍手。世界を救った「聖女」としてあまりにも大々的に祭り上げられてしまったスピカは、溢れ出る歓声の中で目に涙を浮かべながら、心の中で切実に叫んでいた。
(レグちゃん……絶対、功績盛り過ぎ……!!)
国軍規模の巨大結界だの、人智を超えた救護の奇跡だの、大げさな尾ひれが付きすぎている気がしてならない。目立つのが大苦手なスピカにとっては、まさに公開処刑に等しい針の筵であった。
しかし、そんなスピカの心の葛藤や白目状態をよそに、式典は格式高く粛々と進行していく。
前に整列した受賞者たちの前を、ロメーダ帝国皇帝レグルスがゆっくりと歩みを進める。彼は第一勲から第三勲まで、功績を授かった一人ひとりの目の前に立ち、重厚で温かみのある労いの言葉をかけながら、自らの手で胸元へ至高の勲章を授与していった。
第三勲の勲章は、上質なシルバーの台座に、深く澄んだエメラルドが輝く上品で繊細な品。
第二勲の勲章は、絢爛豪華なゴールドの台座に、情熱的なルビーが煌めく重厚な品。
そして第一勲は、最高級のプラチナの台座に、眩いばかりのダイヤモンドが神々しく輝く最高峰の品であった。
やがて、レグルス皇帝の足がスピカの目の前で止まった。
背が高く威厳に満ちた男が、静かに腰を落とす。深みのあるエメラルドの瞳が、至近距離から真っ直ぐにスピカを見つめ返した。その瞳の奥には、昨夜のドタバタ劇の面影など微塵もなく、一国の覇王としての真摯な敬意と、そして彼個人の温かな感情が宿っていた。
レグルスはプラチナとダイヤモンドで飾られた最高位の「第一勲」をスピカの胸元へと優しくつけ、威厳と優しさに満ちた低い声で語りかけた。
「――お前の働きは見事だった。これからは……聖女として胸を張ってもいい!」
「……っ」
その一言を聞いた瞬間、スピカの胸の奥がじんわりと熱くなった。
昨夜のバルコニー不法侵入からの女子会拷問劇では情けない姿を見せていたレグルスだったが、今目の前にいる彼は、誰よりもスピカの戦いと奮闘を見届け、認めてくれた男だった。ただ祭り上げられたのではなく、自分の頑張りをそのまま受容してもらえた気がして、スピカはほんの少しだけ心が救われる思いがしたのだった。
全員への勲章授与を終えると、レグルスは堂々たる足取りで再び壇上の頂点へと登り詰めた。彼は広大な大理石の会場を見渡し、全軍と民衆へ向けて最後の演説を始める。
「――ここにいる勲章を授かった者たち以外の、この歴史的快挙に携わった……全ての名もなき者たち! 彼らの勇気と行動は、決して第一勲を授かった者たちと引けを取るものではない!」
レグルスの魂を揺さぶるような叫びに、会場全体が息をのむ。
「この者たちを含めた、全ての功労者に――万雷の拍手と声援を!!」
「「「オオオオオオオオオオオッ!!!!」」」
爆発的な大歓声と拍手が会場を一つに包み込んだ。名もなき兵士たち、裏方に回っていた者たちの目にも涙が浮かぶ。さらにレグルスは、言葉に熱を込めて続けた。
「――今回の世界エキティカの危機を乗り切るにあたって、我々は一つになった!
これから如何なる困難や危機が訪れようとも、我々が固く団結すれば必ずや乗り切ることができるであろう! 世界エキティカの栄光に、幸あれ!!」
地鳴りのような「皇帝陛下万歳!」「エキティカに栄光あれ!」の大歓声と鳴り止まない喝采を背に受けながら、レグルスはマントを翻し、威風堂々とした背中で式典会場を退出していった。
◆ ◆ ◆
式典が終わり、式典会場の喧騒から離れた豪華な控えの間。
重厚な扉が閉じられると、それまでピンと張り詰めていた緊張感がふっと和らいだ。
レグルスの参謀であり、自らも第二勲を授与されたアークプリースト・デネボラが、静かに皇帝に歩み寄り、恭しく深々と頭を下げた。
「……本日の式典、及び演説、実にお見事でございました、陛下」
デネボラは細い眼鏡の奥の目を光らせ、参謀らしい冷徹で計算し尽くされた笑みを浮かべた。
「今回の式典により、ロメーダ帝国と陛下の威光が大陸全土に高まるばかりではなく、有事における各国連携の確固たる模範が完成いたしました。今回の公正なる勲功賞罰により、今後また何らかの有事が発生した際にも、各国の勇士たちは喜んで陛下の手足となって働きましょう」
デネボラは淡々と誇らしい戦果を分析していく。
「更には……『聖女』スピカ様の名声と威光もまた、不動のものとなりました。これで彼女を我がロメーダ陣営に取り込むことができれば、帝国の覇権は名実ともに盤石のものとなりましょう」
完璧すぎる参謀の分析と目論見を聞いて、レグルスは皇帝の仮面を脱ぎ捨て、呆れたようにフッと息を吐いた。
「……ふん、お前もなかなかのタヌキよのう、デネボラ」
「くくっ……陛下ほどではございませんよ」
澄ました顔で返答するデネボラに対し、レグルスは急に眉をひそめ、腕を組んでジロリと参謀を睨みつけた。情熱的なエメラルドの瞳にジト目が混ざる。そして、一転してトーンを変えて問い詰めた。
「……話を切り替えるがな、デネボラ君。聖女と言えば……お前が昨晩立案した『あの作戦』は一体何だったのだ!?」
「……あ、昨晩の作戦、でございますか」
「あのだ! 『深夜に黒装束でスピカの部屋のバルコニーから忍び込め』というやつだ! お前の助言通りに実行した結果、余は不審者扱いされて即座に通報され、挙げ句の果てにミルキーウェールズの女子会組に囚われて拘束までされたのだぞ!? 余が人生で『命の危険』を感じたのは、後にも先にも昨夜が初めてじゃ!!」
覇王レグルスからの怒声混じりの追及に、それまで完璧だった参謀デネボラの顔からスッと余裕が消えた。額に嫌な汗がじわっと浮かび上がる。
「あ、あれは……その、でございますね……」
デネボラは視線を泳がせ、非常に歯切れ悪く咳払いをした。
「参考資料といたしまして……近年、巷で流行しております『ライトノベル』や『少女漫画』といった文献をいくつか拝読いたしまして……『帝国の王子様が夜ふけにヒロインの部屋に密かに忍び込み、良い雰囲気になって距離を縮める』といった黄金のシナリオを参考にさせていただいた次第でして……」
冷や汗をだらだらと流しながら、しどろもどろに言い訳を並べる帝国随一の天才参謀。
レグルスはハァと深いため息をつくと、ジト目でデネボラをじっと見つめ、静かに、しかし決定的な質問を投げかけた。
「……改めて聞くが、デネボラ君。君……これまでに『恋愛経験』は…?」
しんと静まり返る控えの間。
デネボラは口を開いた。
「…………からっきしでございます」
帝国最高の頭脳と称される男は、顔を蒼白にしながら、絞り出すような情けない声でポツリと返した。




