第三部 第11話:英雄たちの系譜、そして聖女の白目
ゾズマさんのあまりにも男前すぎる投げキッスとウインクの衝撃から、どうにか立ち直ろうと胸を押さえていたスピカ。会場を包む第三勲への熱狂的な歓声と拍手がようやく静まり返ると、壇上のレグルス皇帝は、その深みのある声を一段と響かせた。
「――続いて! クラーケン討伐『第二勲』を発表する!」
大理石の広場に、再びピンと引き締まった緊張感が走る。
「――得体の知れぬ巨大な大怪物に対し、真っ先に不屈の精神をもって立ち向かい、一番にその怪物の巨大な腕を斬り落として、我ら全軍に勇気と希望を示した者!」
レグルス皇帝の視線が、スピカたちの列の先頭――凛とした佇まいで立つ人物へと注がれる。
「――ミルキーウェールズ王国第一王子! 魔法剣士――シリウス・ランスター!」
その名が呼ばれた瞬間、会場から「おおっ!」というどよめきが上がった。
当のシリウス王子はというと、さして感情を露わにすることもなく、いつものように優雅で完璧な貴公子としての微笑みを浮かべ、静かに一歩前へ出た。
(ふふっ、シリウス王子……やっぱり流石だなぁ)
感情を表に出さないその横顔を覗き込みながら、スピカは誇らしい気持ちで胸をいっぱいにする。
レグルス皇帝の朗々としたアナウンスは続く。
「――そして! 巨大な怪物に対し、命を懸けて自ら囮となり、ゾウムハーバーの街を破壊の魔手から遠ざけた! あのクラーケンをも翻弄し続けた、美しきくノ一たち!」
「――ミルキーウェールズ王国、くノ一――ハダル・ギレス!」
「――ロメーダ帝国、くノ一
――ミラ・グラダス!」
「えっ!?」
隣にいたハダルちゃんが弾かれたように肩を揺らした。
(ハダルちゃんたちも第二勲!? すごいっ……! あんな恐ろしい大怪物の前で囮になるなんて、本当に命懸けだったんだもの……!)
ハダルちゃんとミラさんが並んで一礼すると、会場からは惜しみない温かな拍手が送られた。
「――更には! その類稀なる豪腕をもって鋼鉄の大弓を弾き、一の矢にてクラーケンの目を射抜いて悶絶させ! 二の矢では見事に急所を打ち抜き、怪物沈黙の決定的な足掛かりとした功績!」
「――ミルキーウェールズ王国、サムライ――アルタイル・バロワ!」
重厚な兜と甲冑を纏ったアルタイルさんが、無言で深く頷き、堂々とした足取りで前へ出る。
「――そして! 規格外の薬効を誇る『アンチ・リジェネ(細胞壊死薬)』を用いて、クラーケンの脅威的な再生能力を封じ、文字通り沈黙せしめ! 戦後の救護活動においても目覚ましい働きを見せた功績!」
「――ミルキーウェールズ王国、アークプリースト兼薬剤師――ベガ・ドウィン!」
「――第二勲、最後はこのクラーケン討伐計画を共に立案し、戦時もその至高の慧眼をもって余に適切な助言を与え! 戦後も救護活動を指揮して『死者ゼロ』の奇跡に貢献した!」
「――ロメーダ帝国、我が参謀! アークプリースト――デネボラ!」
豪華極まりない第二勲の顔ぶれ。レグルス皇帝が力強く宣言する。
「――以上! この者たちをクラーケン討伐『第二勲』として讃える! 皆の者、この者たちに絶大な拍手を!!」
「「「オオオオオオオオオオッ!!!!」」」
先ほど以上の地鳴りのような拍手と歓声が、迎賓館の大天井を激しく揺らした!
客席からは、
「シリウス様ぁぁぁーーっ!」
「アルタイル様! 素敵ですー!」
「ベガ様――っ!」
という絶叫のような声援援が飛び交っている。
(うわぁ……ベガ様とアルタイルさんまで……! ミルキーウェールズ王国から第二勲が4人も選ばれるなんて、本当にすごい……! あと、シリウス王子ってロメーダ帝国でもこんなに人気があるんだ……)
スピカが目を丸くして会場の熱狂に驚いていると、レグルス皇帝が静かに手を掲げた。
その合図一つで、万の群衆がピタリと口をつぐみ、息を呑むような静寂が舞い戻る。
いよいよ――この式典の頂点。
「――そして。栄えある『第一勲』は……二名!!」
第一勲、という言葉に、会場の空気がビリビリと痺れるような緊張感に包まれた。
「――一人目は! 全軍の戦況をくまなく観察し、前線の反転の機会を進言し、各所で的確な助言をして戦況をコントロールするばかりか! 勝機を捉えてはかの怪物の弱点を炙り出すことにより、我らを完全なる勝利へと導きし者!」
レグルス皇帝が、その威厳ある声を轟かせる。
「――覆面の忍者……イナズマ丸!!」
その名が出た瞬間、会場の誰もが納得と感嘆の声を漏らした。
……だが、ここでレグルス皇帝は少しだけ声を落とし、苦笑混じりに続けた。
「――しかし。本式典への出席を各国の新聞等で広く呼びかけたが……かの者は現れなかった。我々は引き続き、彼の調査と捜索を続けたいと思う」
会場から「ああ……」「現れなかったか……」という残念そうな落胆の声が漏れる。
その時である。
私のすぐ前に並んでいたシリウス王子が、隣に立つ従者のカノープスさんに、聞こえるか聞こえないかギリギリの音量で小声で囁きかけた。
「……カノープス君。せっかくだから、今から名乗り出てみてはどうかな?」
その言葉に、カノープスさんは一切表情を変えず、完璧な執事の角度で恭しくお辞儀をしながら、ボソッと返した。
「……ご冗談でしょう、シリウス様」
(……え? い、いま何て……? カノープスさん……??)
思わず二度見しそうになった私の耳に、レグルス皇帝の朗々とした大声が突き刺さった。
「――だが!! もう一人の『第一勲』は、今! この会場にいる!! その者をここに讃えよう!!」
ズン、とレグルス皇帝の視線が、一直線にスピカへと向けられた。
会場中の何万という視線が、皇帝の視線を追って一斉にスピカへと集まっていく。
(え……? た、高まるこの嫌な予感……っ!?)
冷や汗がダラダラと背中を伝う中、レグルス皇帝は熱っぽく、朗々とその功績を読み上げ始めた。
「――その者は! 崩壊しかけた第二防衛ラインを強固にしたばかりか! その神聖結界はゾウムハーバーの港『全体』を覆い尽くし、怪物の魔手による更なる蹂躙を完全に防いだ!」
レグルス皇帝の声が熱を帯びていく。
「――この国軍規模……いや、国家防衛級の巨大結界は、全軍に絶大なる安寧を与えただけでなく、我が軍の反撃の狼煙となり! 戦況を著しく好転させた最大のきっかけとなった!」
「――戦時中も、この者は第二防衛ラインで味方を鼓舞し続け! 勝利を収めた後も、救護活動において人智を超えた奇跡を見せ、傷ついたあまりに多くの兵士たちの命を、死の淵から鮮やかに蘇らせてみせた!!」
「――この者無くしては! 今回の勝利も、そして『死者ゼロ』というあり得ない奇跡も成し得なかったであろう! ゾウムハーバーの無数の命を守り抜き、我らを勝利へと導いたこの者は――正に『第一勲』に相応しいと断言する!!」
(やめてぇぇぇぇ……っ! これ以上言わないでぇぇぇ……っ!!)
心の中で頭を抱えて叫ぶ私を置き去りにして、レグルス皇帝は全開の魔術でその名を叫んだ!
「――その者の名は!!」
「――ミルキーウェールズ王国! アークプリースト!!」
「――『聖女』スピカ・マセット!!!」
「――世界を救った英雄に! 惜しみない声援と拍手を――っ!!!」
「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!!!!」」」
ドカァァァァンッ!!!!
まるで巨大な爆発でも起きたかのような、地鳴りと雷鳴を合わせたような凄まじい大歓声と大喝采が、広間全体を……いや、城の外の数万の民衆をも巻き込んで炸裂した!!
「聖女様ーっ! 聖女スピカ様ーーっ!!」
「ゾウムハーバーの救世主様だーっ!!」
「ありがとう! ありがとうございます聖女様ーーッ!!」
鳴り止まない万雷の拍手。涙を流して私に祈りを捧げる帝国貴族たち。
スポットライトのように無数のシャンデリアの光が私を照らし出し、視界が真っ白に染まっていく。
目立つのが何より大嫌いで、ただ目の前の傷ついた人たちを助けたくて夢中で魔法を使っていただけのスピカ。
あまりのスケールの大きさと、世界中からの圧倒的な注目と熱狂に脳の処理能力が完全にキャパオーバーを起こし――。
私は……完全に白目を剥いた。
「や〜……ど〜も〜……」
カクカクとした機械のような動きで、力なく、スローモーションで手を振るのが精一杯のスピカなのであった。
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