第三部 第10話:万雷の栄誉、あるいは眩しすぎるスターのウインク
昨夜の、あの黒装束で潜入してきた不器用な覇王レグルス皇帝との大騒動――からの、シャーロットお姉さんたち女子会組による怒涛の取り調べ拷問。嵐のような夜が明け、ついに「クラーケン討伐記念式典」の朝がやってきた。
迎賓館で仕立てられた式典用の式服に身を包み、スピカたちミルキーウェールズ使節団一行は、アルメキオン城の本丸へと案内された。
――大理石の巨大な柱がどこまでも整然と立ち並ぶ、壮麗極まる式典会場。
「うわぁ……っ」
広間に足を踏み入れた瞬間、スピカはその圧倒的な熱気とスケール感に、完全に呑まれて息を呑んだ。
高天井に吊り下げられた無数のシャンデリアが放つ眩い光が、壁面に掲げられた金糸のロメーダ帝国紋章旗と、かつて世界を脅かした深海の魔獣クラーケンを象徴する深藍の錦を鮮やかに照らし出している。
王座へと続く深紅の絨毯の両脇には、絢爛豪華な礼服や美しいドレスに身を包んだ各国の使節、そして帝国の名だたる貴族たちがひしめき合い、畏怖と熱狂の混ざった視線を会場中央へと注いでいた。
荘厳に響き渡るパイプオルガンの重厚な音色に重なるようにして、会場外の大広場を埋め尽くした数万の民衆があげる、地鳴りのような大歓声が地肌を震わせる。
長きにわたりエキティカの七つの海を支配していた神話の厄災・クラーケン。それを討ち取った英傑たちを迎えるため、この会場全体が超大国の威信と、割れんばかりの熱狂に包まれていた。
討伐に多大なる功績のあった「国際学園サミット」の各国代表70名と、その補助で目覚ましい働きを見せた者たちが、会場の中央にビシッと一列に整列している。
スピカやシリウス王子たち、ミルキーウェールズの面々もその中央付近に身を置いていた。
やがて、会場の奥――王座の前へと足を踏み出したのは、プラチナブロンドの髪を光らせ、豪奢な皇帝の正装を纏った男。第24代ロメーダ帝国皇帝、レグルス・ギャランディッシュであった。
昨夜、スピカの部屋のバルコニーから黒装束で侵入し、女子会組に捕まって白目を剥いていたあの姿は影も形もない。今目の前にいるのは、圧倒的な威厳と覇気を纏い、大陸の頂点に立つ孤高の皇帝その人であった。
レグルス皇帝が手を掲げると、会場を包んでいた万の歓声が潮が引くように収まり、凛とした静寂が広間を支配する。
そして、彼の低く迫力のある声が、魔術によって会場全体へ朗々と響き渡った。
「――今、ここに歴史に名を刻むであろう英傑たちが集っている! 彼らの恐れ知らずの猛勇と深い絆の働きにより、いにしえより七つの海を恐れさせた厄災・クラーケンは完全に沈黙した!」
地鳴りのような声に、誰もが息をのんで耳を傾ける。
「彼らの奮戦は、ただゾウムハーバーの町と人々を救っただけではない。七つの海に再び平穏と秩序をもたらしたのだ! これにより、サミット参加国をはじめとする各国の交流は益々栄え、世界エキティカに更なる繁栄と光をもたらすであろう。……私は今、彼らのすべての働きに対し、ロメーダ帝国を代表して最大の敬意と感謝の意を表明する!」
レグルス皇帝が両腕を広げ、声を一段と張り上げた。
「――この英雄たちに、万雷の拍手を! その偉業を称え、歓声を響かせよ!!」
ズドン!と爆発したかのような、割れんばかりの歓声と拍手が会場全体を揺らした。
パイプオルガンの音が霞むほどの熱狂の中、私は自分の胸に手を当て、ただただその光景の大きさに圧倒されていた。
しばらく響き渡った喝采の後、レグルス皇帝が静かに「鎮まれ」のポーズを取ると、あれほどの狂騒がピタリとやんだ。完璧な統率力である。
「――しかし、ここで敢えて! このクラーケン討伐において特に目覚ましい功績のあった者たちに対し、その栄誉を大いに讃えたいと思う!」
皇帝の言葉に、整列していた各国代表たちの背筋がピシッと伸びる。
「まずは、クラーケン討伐の功労者――『第三勲』を発表する!」
レグルス皇帝が羊皮紙を広げ、名誉ある名を読み上げ始めた。
「――規格外の絶大な魔力をもって巨大な海を凍らせ、あの巨大なクラーケンを足止めし、討伐軍全体に貴重な勝利の時間と猶予を与えた功績!」
「ミルキーウェールズ王国代表、アークウィザード――デネブ・アーテュス!」
「ロメーダ帝国代表、アークウィザード――アルギエバ!」
デネブ様とアルギエバ様の名が呼ばれ、二人が気品あふれる所作で一歩前へ出た。客席からは溜息のような歓声が漏れる。
「――続くは、その洗練された鋭い剣捌き、あるいはその剛腕をもって襲い来るクラーケンの魔手を切り落とし、前線を押し戻して全軍の士気を大いに盛り上げた功績!」
「ブリデン王国第三王子――ロード・ヘンリー・ラワード!」
「ロメーダ帝国代表、ソードマスター――ゾズマ!」
「同じくロメーダ帝国、重槍騎兵『ロメーダの三連星』――アルニタク! アルニラム! ミンタカ!」
名指しされた猛者たちが、誇らしげに前へと踏み出していく。
「――更には、その剣士たちの背後から襲いかかるクラーケンの魔手を華麗な体術でいなし、前線の維持を陰ながら支え続けた功績!」
「リンデア王国第二王女、精霊拳士――パドミニ・ソシディア!」
「ミドルドア代表、大武道家――ヤン・チヨウセイ!」
「――そして、絶大なる雷撃をもってクラーケンの沈黙に貢献したウィザードたち! その代表として!
「レーシア王国第一王女、アークウィザード――ナスティーヤ・ノマロフ!」
次々と発表されるサミットの英雄たちの名。会場の熱量は上がる一方だ。そして、レグルス皇帝の視線が、後方の回復職たちの列へと向けられた。
「――そして、クラーケン討伐時には第二防衛ラインを死守し、討伐後の過酷な救助活動においては、傷ついた兵士たちに愛と献身で応え、『犠牲者ゼロ』という奇跡に貢献したプリースト一同! その代表として!」
「ソビヤ王国第三王女、アークプリースト――ソフィア・アサコフ!」
ソフィア様のお名前が呼ばれたのを聞いて、スピカは思わず心の中で小さく頷いた。
(あ、ソフィア様だ……! っていうことは、私はきっと、この『プリースト一同』の中に含まれてるってことよね。代表としてソフィア様が呼ばれたのね、良かったぁ……)
目立つのが大苦手なスピカは、代表として名前を呼ばれなかったことに、心の底から胸を撫で下ろしていた。
「――以上! この者たちを、クラーケン討伐『第三勲』として讃える! 皆の者、この者たちに絶大な拍手を!!」
「「オオオオオオオオオッ!!!!」」
再び会場を打ち破らんばかりの絶大な拍手と大歓声が巻き起こった。
その大声援の混ざり合いの中に、客席の男性貴族たちから、
「アルギエバさぁぁぁん!! 結婚してくださぁぁぁい!!」
という、美女アルギエバ様を称える熱烈な求婚の声や、女性陣からの、
「ゾズマ様ぁぁぁーっ!!」
「キャーッ! ゾズマ様ーーっ!!」
という、黄色い絶叫のような歓声がこだましていた。
その声援に応えるように、男装の麗人であり帝国屈指のソードマスター・ゾズマさんは、黒髪をふわりとなびかせ、観衆に向けて華麗で洗練された投げキッスを贈ってみせた。
その瞬間、客席の女性たちが「きゃあああっ!」と悲鳴を上げてバタバタと倒れ込んでいく。
(わぁ……ッ! ゾズマさん、すごい人気……! なんだか宝塚……じゃなくて、劇団のトップスター様みたいでカッコいいなぁ……)
スピカが列の後方から、そんなゾズマさんのあまりの眩しさに感心しながら見つめていた、その時であった。
ふと、観衆へのファンサービスを終えて振り返ったゾズマさんと、バチッと視線が合ってしまった。
「……あ」
スピカと目が合った瞬間、ゾズマさんは不敵で美しい笑みを深めると、スピカに向けて――バキュン、と聞こえそうなほど華麗で完璧なウインクを飛ばしてきたのだ。
(ッ……!!??)
胸を撃ち抜くような殺傷力のあるウインクをまともに食らい、私はその場で固まった。
(あ、あの……ゾズマ様、すっごく素敵で思わずキュンとしちゃいそうになりましたけど……あの方、れっきとした女性ですよネ……??)
あまりにも様になりすぎている宝塚的イケメンっぷりに、憧れと戸惑いが交差し、私の目は点になってしまうのだった。
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