第三部 第8話:黒装束の覇王と深夜の女子会拷問
ロメーダ帝国迎賓館最上階、最上級スイートルームのバルコニー。
夜風を切り、ふわりと軽やかに降り立った黒覆面姿の男。
当然ながら、その僅かな気配と気圧の変化を、優秀なくノ一であるハダル軍曹が見逃すはずもなかった。
「――スピカさん! 下がって!!」
ハダルは咄嗟にスピカを背中に庇うと、迷いなく部屋の頑丈な扉に向かって大声で叫んだ。
「SPのみなさーん! 不審者がいまーす!!」
「「っ!?」」
窓の外の男と、庇われたスピカの声が同時に裏返る。
月光に照らされた男の姿と、その隙間から覗くエメラルドの瞳を注視したスピカは、慌ててハダルの袖を引っ張った。
「ちょ、ちょっとハダルちゃん! 落ち着いて良く見てッ!!」
窓の外の不審者は焦ったように黒覆面をガバッと外した。
露わになったのは、神に彫刻されたかのような美しいプラチナブロンドと端正な顔立ち。
「……へっ?」
ハダルがその場で完全に固まった。
(れ……レグルス皇帝!? なんで!? なんで一国の皇帝が黒装束着てバルコニーから不法侵入してきてるの!?)
スピカの脳内でも混乱の嵐が吹き荒れる。
その時、ドアの向こうからドタバタという慌ただしい足音と共に、SPたちの切迫した声が飛び込んできた。
『スピカ様! ハダル軍曹! どうかされましたか! 開けます!!』
「あ、大丈夫です! ちょっと大きな虫が出ただけで……! とりあえず大丈夫ですので、そのままドアの前で待機していてください!」
ハダルと二人でドアの隙間から必死に声を張り上げ、なんとかSPたちの突入を押し止める。
胸を撫で下ろして振り返ると、バルコニーの外に立つレグルスが「開けてくれ」と言わんばかりに情けないジェスチャーをしていた。スピカが引きつった笑顔で頷くと、ハダルが警戒を解かずに窓の鍵を解錠する。
ガラリと窓が開き、黒装束を纏った超大国の皇帝レグルスが、ぬっと室内へと足を踏み入れてきた。
「――スピカ・マセット! お前に会いに来た」
堂々と、重厚な声で告げるレグルス。
「「…………」」
スピカとハダルは、言葉を失ってシュールな静寂の中に放り出された。
(えーっと……どうしよう。どう反応するのが正解なの、これ……)
スピカたちが対応に困って戸惑っていると、レグルスはエメラルドの瞳を冷たく光らせ、一転して粛々とした声で言い放った。
「――お前を連れて行く!」
「それは、させないわ!」
ハダルが即座にスピカを庇うように立ち塞がり、懐のクナイに手を伸ばす。
だが、超大国を統べるアークウィザードの詠唱速度は、忍びの抜刀すら上回っていた。
「――『スリープ(睡眠)』!」
短く紡がれた呪文から、絶大な精神干渉の奔流がハダルを襲う。強烈な眠気が脳を揺さぶり、視界がグラりと傾く。
(くっ……強い……っ!)
意識が深い闇へと落ちかける直前、ハダルは歯を食いしばり、内に秘めたスキルを極限まで発揮させた。
「――『マインドリセット(精神回復)』!!」
バシィン!と不可視の衝撃が弾け、ハダルは力技でスリープの呪縛を打ち破る。しかし、レグルスは一切の揺らぎなく、すかさず二段構えの呪文を重ねていた。
「――『パラライズ(麻痺)』!」
(うっ!? ダブルキャスト(二重詠唱)……!?)
破られた直後に叩き込まれた二重詠唱。皇帝の圧倒的な魔力による拘束術がハダルの全身を捉え、彼女の自由は完全に奪われてしまった。
「ハダルちゃん!」
倒れかけるハダルを支えながら、スピカはこらえきれずに涙目になって叫んだ。
「レグルス皇帝陛下! 私の大切なお友達に、そんな酷いことをするのはやめてください!!」
スピカの叫びを聞いた瞬間、レグルスは雷に打たれたような顔をして固まった。
そのエメラルドの瞳に、激しい動揺と後悔の色が走る。
「す……すまぬ! お前を……お前を悲しませるつもりはなかったのだ……! 許せ……っ」
覇王と呼ばれた男が、まるで叱られた仔犬のように、悔しそうにギュッと下を向いたのだった。
「――『リムーブ・パラライズ(麻痺解除)』!」
スピカが即座に浄化の術を唱えると、ハダルの体に刺さっていた麻痺の針が消え去り、彼女はふうと息を吐いた。
「……ハダル殿。無体な真似をして、すまなかった」
頭を下げて素直に謝罪する皇帝。
……なんとも言えない、妙に気まずいシュールな空気が室内に漂い始めた、まさにその時であった。
ガチャリ、と場違いなほど軽快な音を立てて、部屋のドアが開いた。
「〜♪ 部屋でなんかあったみたいだから、待機してたレンジャーさんに鍵開けてもらったよー!」
「スピカちゃーん、ハダルちゃーん! 女子会しよう! 女子会〜!」
入ってきたのは、ほんのり頬を桜色に染め、出来上がった様子のギルマッシュ代表・シャーロットお姉さん! その後ろには、同じくお酒のグラスを手にしたゼンビヤのメアリーさん、そしてなぜか冷ややかな笑みを浮かべた生徒会会計のベガ様まで同行していた。
部屋に踏み込んだシャーロットお姉さんの視線が、黒装束のまま立ち尽くすレグルスとカチ合わさる。
「「…………」」
「……余は、これで失礼する」
雰囲気を察したレグルスが、スッと素早くバルコニーの窓から逃亡を図ろうとした、その瞬間――。
パシィッ!!
「まぁまぁまぁ!」
シャーロットお姉さんの手が伸び、レグルスの左手をむんずと掴み取った。
「っ!?」
引き留められたレグルスは、密かに冷や汗を流した。脱出しようと腕に力を込めるが、ビクともしない。
……忘れてはならない。シャーロット・ガンデッシュは、ロメーダの刺客から「精神干渉が効かないバカパラディン」と恐れられた、王国屈指の腕力を誇る重装騎士なのだ。スパイ映画並みの圧倒的馬力である。
「まぁまぁレグちゃん。せっかく来たんだから、ちょっとお話ししましょう❤️」
「レ……レグちゃん……!?」
皇帝殿下に向かって放たれた衝撃の愛称に、レグルスの顔が激しく引き攣る。
さらに、レグルスの手を掴んだまま部屋を見渡したシャーロットお姉さんは、中央のテーブルに飾られた大きな赤薔薇の花束と、添えられたメッセージカードを目に留めた。
『――レグルスより愛を込めて。――』
それを読み上げたシャーロットお姉さんは、何の躊躇もなくぽつりと呟いた。
「……おもっ!」
「「っ!?」」
本日二度目の「おもっ!」。
レグルスとスピカの顔が、同時にリンゴのように真っ赤に染まる。
空気を察した(?)シャーロットお姉さんは、慌ててぶんぶんと手を振って訂正した。
「あーっ! ち、違うの! 『重い』じゃなくて、『面白い』ね! なかなかユーモアのセンスがあるよ、レグちゃん!」
(ゆ……ユーモアではないのだが……っ!)
真剣な情熱を「ユーモア」と処理されたレグルスは、衝撃のあまり白目を剥きかけた。
数分後。
迎賓館最上階の豪華なスイートルームには、世にも奇妙な「取り調べ室」が完成していた。
応接セットの向かい合わせのソファー。
片方のソファーの中央には、黒装束のまま小さくなっているレグルス皇帝。その両脇を、凄まじい圧を放つシャーロットお姉さんと、冷ややかな微笑みを絶やさないベガ様がしっかりと挟み込んでいる。
もう片方のソファーには、スピカが中央に座らされ、両脇をハダルちゃんとメアリーさんが固めていた。
「ふふ〜ん♪ レグちゃん、ハーレムじゃん! 嬉しい?」
ワイングラスを傾けながら軽口を叩くシャーロットお姉さんに、レグルスの顔はさらに引き攣る。
(う、嬉しくない……っ! 全然嬉しくない……っ!)という心の悲鳴が、彼の背中からダダ漏れていた。
そして――シャーロットお姉さんは、ニヤリと肉食獣のような笑みを浮かべると、逃げ場のない核心を突く質問をぶち込んだ。
「――で? レグちゃんは、スピカちゃんの『どこ』が好きなの?」
「「「…………!!」」」
一瞬で室内が静まり返り、シャーロットお姉さん、ベガ様、メアリーさん、ハダルちゃんの、合計四対の鋭い視線が、中央のレグルスへと一斉に集中した。
(な……何の拷問だ、これは……っ!!)
大陸最強の覇王・レグルス・ギャランディッシュは、人生最大の危機に直面し、今度こそ完全に白目を剥くのだった。
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