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ご先祖様が聖女様かどうかも疑わしい私が王子様達の獲物にされてます。【第一部完結済み 26話(忍者失格)まで】  作者: クワトロばなな


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第三部 第3話:密謀の耳打ち、あるいは山吹色の来客

――ロメーダ帝国・アルメキオン学園生徒会室。


重厚なオーク材の扉の奥、絢爛豪華な装飾が施された部屋で、帝国の頂点に立つ若き覇王は苛立ちを隠そうともせずに足を組み、深く革張りの椅子へと腰掛けていた。


「――デネボラ。どうする?」


低く不機嫌な声で問いかけるレグルスに対し、彼の側近であり、帝国の参謀長を務めるデネボラは、手元の書類から静かに視線を上げ、ゆるりと返答した。


「……何のことでしょうか、陛下」


「惚けるな! 聖女スピカ・マセットのことだ!」


レグルスがガタリと机を叩いて噛み付くと、デネボラは深いため息をつき、眼鏡のブリッジを指先で軽く押し上げた。


「……こちらも、閣僚の全頭脳を振り絞り、あの未曾有の戦果と『賢者の書』の開示という至高の演出をもって、彼女をロメーダの管理下に留めようと画策いたしました。……ですが、あのミルキーウェールズの『たぬきコンビ』――シリウス王子とゼダル特権外交官の手腕にしてやられました。それに……あのゼダルの息子、カノープスという男も、なかなかのやり手でしたな」


デネボラは淡々と、しかし確かな評価を口にする。


「あのシリウスの副官か。……チッ、敵を褒めている場合ではないぞ! こうしている間に、あのスケベたぬき(シリウス)に既成事実を作られてしまうではないか!」


吐き捨てるように叫ぶレグルスに対し、デネボラは「おや」とでも言いたげな、意外そうな表情を浮かべた。


「……そちらですか?」


「何だ、その目は」


「失礼いたしました。……陛下は、あのスピカという少女に対し、政治的価値だけでなく……『真にご執心であられる』とお見受けいたしましたので」


デネボラの鋭い観察眼に突かれ、レグルスは一瞬だけ言葉を詰まらせた。彼は窓の外、ミルキーウェールズのある遥か東の空を見つめ、少しだけ苦い顔をして息を吐いた。


「……わからん」


「わからぬ、と?」


「ああ。あのたぬきに取られたくない、というのは確かだ。……だが、それ以上に……もう一度彼女に会い、余のこの胸のモヤモヤとした気持ちを、確かめてみたいと思っているのも事実なのだ」


覇王らしからぬ、どこか人間味のある不器用な吐露。


それを聞いたデネボラは、ふっと口元に薄い笑みを浮かべると、静かにレグルスの元へと歩み寄った。


「――それならば、陛下。このような手はいかがでしょう」


デネボラはかがみ込み、レグルスの耳元で密やかに何かを囁いた。


その内容を聞くにつれ、レグルスのエメラルドの瞳に、獰猛で朗らかな光が戻っていく。


「――素晴らしい考えだ! 素晴らしいぞ、デネボラ! よし、すぐに実行に移せ!」


レグルスは爽快な笑みを浮かべ、控えていた配下の者たちへと一斉に指示を出し始めたのだった。


――ミルキーウェールズ王国・メレンヘア学園生徒会室。


陽光が差し込む静かな室内で、カノープス・チュワートスは書類に目を落としながら、密かに眉をひそめていた。

(……シリウス王子とスピカさん。昨日から、どうにも雰囲気が変だ)


普段であれば、王子の軽妙なアプローチにスピカが慌てふためくというのが日常の光景だった。しかし今朝の二人は、表面上は穏やかに接しているものの、どこか互いに壁を作り、距離を置いているように見えた。長年、影としてシリウスに仕えてきたカノープスの鋭い直感が、その小さな狂いを逃すはずもなかった。


メレンヘア学園生徒会庶務――カノープス・チュワートス。


どこにでもいるような中肉中背、これといった特徴のない平凡な少年。しかし、それこそが彼の完璧な「擬態」であった。


彼の真の姿は、シリウス王子を闇から守る絶対の影であり、ミルキーウェールズ王国が誇るハイクラス忍者にして、諜報部のトップエージェント――カノープス中尉。そして海の魔王クラーケンとの戦いでは『イナズマ丸』の偽名で世界を揺るがした男である。


「――先輩! また先輩の記事が載っていますよ!」


思索に耽っていたカノープスの元へ、弾んだ声と共に駆け寄ってきたのは、一人の少年だった。


ハダル・ギレス。ミルキーウェールズ王国諜報部所属。先のゾウムハーバー遠征での功績が認められ、伍長から『軍曹』へと特進を果たした、カノープスの優秀な後輩である。


ハダルは遠征での活躍と、学園内におけるスピカの警護を兼ねて、正式にメレンヘア学園の生徒会庶務へと任命されていた。この伝統ある学園の生徒会に入るということは、将来の王国閣僚入りへと繋がる極めて名誉ある抜擢であった。


ハダルが差し出してきた新聞記事には、クラーケン討伐で縦横無尽の活躍を見せた謎の忍者『イナズマ丸』の武勇伝がデカデカと踊っていた。噂に尾ひれがつきまくり、今やイナズマ丸は神話の英雄か何かのような扱いになっている。


「……ハハ、歴史に名を残し損ねちゃいましたね、先輩」


ハダルはイタズラっぽく目を細めて微笑んだ。カノープスは肩をすくめ、手元のペンを弄びながら静かに答える。


「……実績のみを残し、己の名を残さない。それこそが良い忍びというものだ」


「……はい! わかってます。そういう影に徹する先輩……すごく素敵ですよ」


ハダルは嬉しそうに頬を緩め、カノープスの顔を覗き込むように距離を詰めてきた。


(あー……可愛い。距離も近いな、ハダル軍曹……。……って、待てよ? 僕の『チュ〜策(、、、、)』って、一体どうなったんだっけ……?)


ミルキーウェールズ王国諜報部が誇る、ハイクラス忍者にしてトップエージェントカノープス中尉が立案した、ハダル嬢攻略作戦(※二部参照)を思い出し、内心で頭を抱えかけた、まさにその時であった。


――カツン、カツン。

生徒会室のドアがノックされることもなく静かに開き、洗練された靴底の音が響いた。


「――カノープス君! 君に会いに、また来ちゃった♪」


部屋の中に、鈴を転がすような甘く妖艶な声が満ちる。


ハダルがサッと警戒の姿勢を取り、カノープスが息を呑んで振り向いた先には――一人の美女が立っていた。


山吹色の鮮やかな髪が、朝の光を受けて眩いばかりに揺れている。


すべてを見透かすような、勝気で知性あふれる茶色の瞳。まるで若鮎のようにしなやかで、隙のない均整の取れた美しい肢体。


彼女こそは、先の極秘ミッションにおいて、その妖艶な魅力と天才的な計略で散々カノープスを翻弄し、しかし最後には共に極限の死線を潜り抜け、帝国最高機密である『賢者の書』の真実を暴き出した相棒――。


ロメーダ帝国、そしてソビヤ王国の狭間で暗躍する、妖艶なる二重スパイ。


ミラ・グラダスであった。

「……ミラ……ッ!?」

カノープスの顔から、一瞬で「平凡な庶務」の仮面が剥ぎ取られる。


なぜ、帝国の超重要人物であるはずの彼女が、ミルキーウェールズの生徒会室に堂々と立ち入っているのか。


山吹色の髪をかき上げ、ミラは妖艶な唇を吊り上げて、カノープスへと情熱的な視線を投げかけたのだった。

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