第ニ部 第36話:獲物たちの戴冠(第二部完結)
「――おそらく、彼女こそが、予言に示されたミルキーウェールズの、そしてエキティカ史上三代目の『聖女』だ!」
議場を揺るがす嵐のような大どよめきの中、スピカ・マセットはただ一人、魂の抜けたような顔で呆然と立ちすくんでいた。
だが、そんなスピカの動揺を置き去りにしたまま、壇上の覇王レグルスはさらに声を張り上げ、演説を堂々と継続する。
「我々ロメーダ帝国は、この偉大なる聖女の出現を『世界の公共の利益』として捉える! したがって、彼女の身の安全を保証するための『保護』と『支援』に関しては、我が帝国が先頭に立って主導していくべきであると考え――」
(――やはりな)
ミルキーウェールズの席で、カノープスは鋭い切れ目で壇上の皇帝を睨みつけ、冷徹に思考を巡らせていた。
『聖女の保護』という耳当たりの良い美名のもとに、スピカを帝国の直轄管理下に置き、その規格外の神聖魔力を独占する。クラーケン退治で得た圧倒的な民衆の支持と、賢者の書の公表という感動的な演出。
この巨大な濁流の中で、スピカを帝国の鳥籠へと閉じ込めるのがレグルスの真の狙いだったのだ。
(どうする……。今この場において、世界を救った英雄皇帝の意見に正面から異を唱えれば、ミルキーウェールズは一瞬にして世界の敵となる。だが、黙って従えばスピカ様は奪われる……!)
カノープスの額に冷や汗が流れた、その時。
「――レグルス皇帝陛下!」
良く通る、涼やかで力強い声が議場に響き渡った。
声を上げたのは、ミルキーウェールズ王国第一王子――シリウスであった。
しなやかなブロンドの髪を揺らし、澄み切ったアクアマリンの瞳をレグルスへと向け、シリウスは誰もが感服するような優美な一礼をして見せた。
「その『世界全体の利益として聖女を護る』という高邁なお考え、誠に敬服の至りにございます。流石は覇王であられるレグルス陛下だ。……そこで、その陛下のご意向に沿う形で、私からこの件に関する『公平な国際運用』の提案をさせていただきたい」
シリウスは流れるような所作で胸に手を当て、全代表たちに向けて言葉を紡ぐ。
「聖女の保護という人類共通の最優先事項において、一国のみにその全負担を強いるのはあまりにも酷というもの。大枠の公認や各国間の大局的な調整に関しましては、ロメーダ帝国、ミドルドア、そしてレーシア王国の『三大国』が共同で行うこととし――」
シリウスはそこで一拍置き、自らの国の席を指し示した。
「聖女が所属する当事国である我がミルキーウェールズ王国、ならびに彼女の神聖魔力の恩恵を直接的に受け、昨夜の防衛戦でも共に血を流したブリテン王国の2国が、実際の『詳細な保護・運用』を共同で執り行う。そしてその他の物資や資金といった運用の補助を、開催地であるリンデア王国、ならびにソビヤ王国が担うというのは、いかがでしょうか?」
実に見事な、非の打ち所がない国際的な「役割分担」の提示であった。
帝国の一極集中を防ぎつつ、サミットに参加する主要国全てに「役割」を与えて利害関係を一致させる。この提案が通れば、帝国がスピカを独占することは不可能になる。
シリウスの提案が終わるや否や、ミドルドアの代表が即座に立ち上がって発言した。
「――ミドルドア代表は、そのシリウス王子の提案に一切の異議はありません」
その賛同を皮切りに、議場はドミノ倒しのように賛成の嵐へと変わっていった。
「レーシア王国、異議なし!」
「ブリテン王国、異議なし!」
「リンデア王国、異議なし!」
「ソビヤ王国も、その提案に同意いたします!」
「「「異議なし!!」「「意義なし!!」」」
次々と上がっていく各国の賛同の声。
つい先ほどまで、世界を掌握したかのような清々しい勝利の笑みを浮かべていたレグルス皇帝の顔が、みるみるうちにピキピキと、美しくも恐ろしく引き攣っていく。
(――こ〜の〜。た〜ぬ〜き〜め〜……!!)
レグルスは壇上で、笑顔の仮面の下で凄まじい殺意を込めてシリウスを睨みつけた。
あと一歩で聖女の管理権を丸ごと手に入れられたというのに、ミルキーウェールズの「出来損ないの王子」と侮っていた男に、これ以上ない政治的手腕で横槍を入れられ、完全に外堀を埋められてしまったのだ。
だが、覇王レグルスはタダでは起きない。
彼は深く息を吐き、獰猛な笑みを浮かべると、堂々と声を響かせた。
「……皆の意見はよく分かった。世界が共同で聖女を支援する。誠に素晴らしい提案だ。その方向で事を進めることとしよう。――だが、それならば(、、、、、、、)」
レグルスはそこで言葉を切ると、壇上からまっすぐにスピカを見つめた。
その端正極まりない顔立ち、輝くプラチナブロンドの髪、そして射抜くようなエメラルドの双眸が、スピカの瞳を捉えて離さない。
「今! 私、第24代ロメーダ帝国皇帝レグルスは、ミルキーウェールズ王国マセット伯爵家長女――スピカ・マセットに対し、真摯なる結婚の意思(、、、、、、)を表明する!」
「はぐぁッ!?!?!?!?!?」
ロメーダ帝国の本陣で、冷静沈着を地で行く参謀デネボラとアルギエバの顔が、見たこともないほどに激しく引き攣った。帝国の皇帝が、他国の、それも伯爵家の令嬢に対して公の場で求婚するなど、帝国の歴史上あり得ない、前代未聞の暴挙である。
しかし、政治的な外堀を埋められたレグルスにとって、スピカを自国に引き入れる最も確実で迅速な手段は、もはや「婚姻」しかなかったのだ。
だが、その狂気とも言える求婚に対し、負けじと動いた男がもう一人いた。
シリウスが、まるで春風のような極上の笑みを浮かべ、アクアマリンの瞳に情熱を宿してスピカへと歩み寄る。
「ならば、私もミルキーウェールズ王国マセット伯爵家長女、スピカ・マセットに、正式な求婚の意思を表明しよう」
シリウスはスピカの前で恭しく片膝をつき、その白い手を取るように差し出した。
「私が愛し、我がミルキーウェールズ王国の未来を共に築くと誓うのは、そこにいる君だ。……もう逃がさないよ、私の未来の王妃殿下(、、、、、、、、)」
「なっ……!?」
ミルキーウェールズの席で、カノープスとデネブの顔が、揃って激しく引き攣り、完全に凍りついた。
「殿下、何を血迷って……!」とカノープスが胃を押さえる横で、さらに信じられない声が議場に響き渡る。
「――お待ちください、お二人とも!」
血の海の底から奇跡の生還を果たしたばかりの、ブリテン王国第3王子ヘンリー・ラワードが、その胸元に手を当てて立ち上がったのだ。ヘンリーの端正な顔は、熱烈な憧れと情熱に赤く染まっていた。
「ミス・スピカ・マセット! 貴方は私の命を救い、私の心を奪った、世界で唯一の女性だ。……さあ、ブリデンの次の主役(王妃)は君だよ。私の生涯を、受け取ってくれるかい?」
「「「はああああああああああああッ!?!?!?」」」
議場全体の顔が引き攣り、世界中の要人たちの処理能力が完全に限界を迎えた。
世界を代表する三大超大国の、トップクラスの王子たち3人が、公の場で、同時に、一人の伯爵令嬢に対して愛を告白し、プロポーズを敢行している。
歴史上、これほどまでに贅沢で、混沌極まりない求婚劇があっただろうか。
嵐の目となったスピカは、完全に魂が抜けかけた状態で、ぐるぐると回る頭で現状をどうにか整理しようと試みた。
(えーっと……。世界中の人たちが、なんか『おそらく』っていう超ふわっとした根拠で、私のことを聖女として国を挙げて護ることになって……。そして、世界で最も尊い3人の王子様が、私に同時に結婚を申し込んでいる、と……)
スピカは、天を仰いで心の中で盛大に絶叫した。
(――ちょっと待って。カノープス君の『好きでした(過去形)』という、あの切なすぎる告白から始まった私のサミット、どうしてこうなったの!? 私のモテ期、完全にキャパオーバーなんですけどぉぉぉぉぉぉぉっ!!!)
世界中からの熱烈な求婚と、聖女としての重圧。あまりの糖度と混沌の同時摂取に、スピカは今すぐにでも逃げ出したい衝動に駆られていた。
そんな、全人類が混乱の極みに達している議場の片隅で。
ミルキーウェールズ王国のメレンヘア学園生徒会副会長である、冷徹なメガネの男――ルスカ・ルマンディは、スッとメガネのブリッジを指先で押し上げ、静かに冷酷な声音で呟いた。
ルスカの黒い瞳が、不気味な光を宿す。
「――世界中から、優秀なくノ一(、、)を集める必要があるな」
世界を震撼させた海の魔獣クラーケンの討伐。
そして、その裏で幕を開けた、一人の少女を巡る、世界の運命を賭けた「愛と策略の聖女争奪戦」。
国際学園サミットの、本当の混迷は、まだ始まったばかりである――。
『ご先祖様が聖女様かどうかも疑わしい私が王子様達の獲物にされてます。』第二部・完
ご愛読ありがとうございます。本ストーリーは第三部へと繋がります。
8/17(月)7:00更新予定。こちらの応援もよろしくお願い申し上げます。
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