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ご先祖様が聖女様かどうかも疑わしい私が王子様達の獲物にされてます。【第一部完結済み 26話(忍者失格)まで】  作者: クワトロばなな


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第ニ部 第34話:夜明けのイナズマ丸、あるいは敗北の帰路

水平線の彼方から、厳かに出現した太陽がゾウムハーバーの海を黄金色に染め上げていく。


悪夢のような嵐が去り、穏やかな朝日がビーチを照らす中、そこには奇跡の光景が広がっていた。


「スピカ様、あちらの負傷者の止血がまだです!」


「はい、すぐに行きます! ――ベガさん、そちらの包帯と消炎薬を!」


「はいはい、お安い御用よ。さあ、大人しくしていなさい、死に損ないの男たち」


スピカとベガの二人に加え、ロメーダ帝国の冷静沈着な参謀デネボラ、さらにはソビヤ王国代表の第三王女であり優秀な術者でもあるソフィア・アサコフ。


各国の最高峰アークプリーストたちによる、夜を徹した死に物狂いの救護活動が実を結び、あの天守閣ほどもある未曾有の大怪物を相手にしながら、防衛線全体での「死者ゼロ」という、信じられない奇跡をエキティカの若き戦士たちは成し遂げたのだ。


この輝かしい大勝利の中心に立ち、全軍を率いたロメーダ帝国の皇帝レグルスの名声は、朝日の昇りと共に天を突く勢いで高まりつつあった。


だが、そんな英雄譚と並んで、ゾウムハーバーの街中ではもう一つ、妙に具体的で風変わりな噂がまことしやかに囁かれ始めていた。


――あの覇王レグルスが、昨夜の戦いで電撃的な進言をしたという伝説の忍者『イナズマ丸(、、、、、)』なる者を、血眼になって探している。


――もし名乗り出るならば、その忍者が現在得ている俸禄の『10倍(、、)』の禄高を用意し、帝国の直臣として召し抱える用意がある、というお触れが街のあちこちに貼り出されているらしい。


「イナズマ丸……一体どこの凄腕の忍びなんだ?」


「さあな。だが、あのレグルス皇帝が10倍の給金を出してでも欲しがる男だ。さぞや雷の如き恐ろしい手練れに違いない……!」


街のあちこちで繰り広げられるそんな噂話を耳にしながら、港を守り抜いたスピカの規格外の神聖結界が静かに霧散していった。


一連の大混乱がどうにか収束を見せる中、すっかり有耶無耶になっていた国際学園サミットは、「明日、改めて仕切り直して再開する」という正式な通達が各国代表へと下される。


緊迫した一夜を終えた各国の代表たちは、泥に汚れた体を休めるため、それぞれの紋章が刻まれた馬車へと乗り込み、宿舎への帰路についていた。


ミルキーウェールズ王国の紋章が揺れる馬車の車内。

ガタゴトと車輪が鳴る静かな空間の中で、第一王子シリウス、特権外交官ゼダル、そして隠密のカノープスの三人は、今後の緊迫した対応について緊急の軍議を開いていた。


すると、それまで黙って窓の外を眺めていたシリウスが、ふっと口元を綻ばせてカノープスに向き直った。


「――して、イナズマ丸殿。昨夜の戦い、まことに大義であったぞ」


「……その呼び名は、本当にお止めください、殿下」


黒い忍び装束から、いつものミルキーウェールズの制服へと着替えたカノープスは、耳の裏まで真っ赤に染め上げ、心底嫌そうに顔を背けた。


まさか適当にでっち上げた偽名が、これほど街中の噂になり、挙句の果てに自国の主君にまでいじられる羽目になるとは夢にも思っていなかったのだ。


その様子を見ながら、瞳を細めたカノープスの父、特権外交官ゼダルが、手元の書類を整理しながら、表情を張り詰めて現状の説明を切り出した。


「冗談はさておき、極めて深刻な事態です。今やレグルス皇帝の名声は留まる所を知りません。国軍規模の軍事行動をサミットの場で見事に統率し、未曾有の災厄から町を守り抜いた。おそらく彼は、歴史に『生ける英雄』としてその名を永劫に刻むことになるでしょう。……この圧倒的な政治的優位に対し、我々ミルキーウェールズがどう立ち回るべきか、重大な決断を迫られています」


ゼダルの言葉に、シリウスはふう、と深くシートに背中を預け、自嘲気味な笑みを浮かべた。


「――完敗、だな。これでは白旗を掲げる他ない」


「殿下……」


「いくら我々が、帝国が『賢者の書』の真実を隠蔽しているという非をサミットで追及しようと試みたところで、奴が今日成し遂げた歴史的功績の前には、全ての疑惑が霞んでしまう。世間は疑惑の追及などより、世界を救った英雄レグルスの言葉を信じるさ。……まんまと、奴の掌の上で転がされたよ」


シリウスは悔しげに拳を握りしめ、それからカノープスへと視線を巡らせた。


「カノープス君。諜報部士官としての君の視点から、何か今後の打開策はあるか?」


カノープスは赤みを帯びていた顔を瞬時に引き締め、いつもの冷静で冷徹なプロの表情に戻って静かに答えた。


「――我々の真の目的が何であったか、今一度思い出すべきかと存じます。我々の目的は、帝国の非を暴くことそのものではなく、ミルキーウェールズに出現するであろう『予言の聖女』を、帝国の魔手から護ることにあります」


その言葉に、シリウスとゼダルがハッとしたように目を見開く。


「このサミットにおいて、帝国がep.115の開示をはぐらかし、政治的な煙幕を張り続けるのであれば……我々は無理に開示を要求するのを諦め、初心に戻るべきです。これ以上の不毛な追及は諦め、我々独自の隠密網と連携を用い、水面下で聖女を護るための方策を画策する。それこそが、最も現実的かつ確実な道ではないでしょうか」


カノープスの極めて合理的で、かつ目的の本質を見失わない冷徹な進言。


それを聞いたシリウスは、一瞬の沈黙の後、破顔するように豪快に笑った。


「ハハハ! その通りだな! 実に素晴らしい、ブレのない見事な献策だ。――さすがはイナズマ丸! どうだ、この私があのレグルス皇帝の提示額に上乗せして、ヌシを『11倍(、、)』の禄で召し抱えてやろうか?」


「……お戯れが過ぎますぞ、シリウス殿下」

深いため息をつきながら、本気で呆れたように主君をたしなめるカノープス。その普段通りの従者と主君のやり取りに、車内の緊迫した空気は少しだけ和らいだ。


だが――シリウスは笑うのを止め、再び窓の外を流れるゾウムハーバーの美しい街並みを見つめると、ぽつりと、掠れた声で本音を漏らした。


「……だが、正直に言おう。やっぱり、悔しいよ」


シリウス王子のその一言には、一国の王位継承者としてのプライド、そして同じ時代に生まれた若き指導者として、宿敵レグルスに完璧な「政治的敗北」を喫したことへの、痛切なまでのライバル心が滲み出ていた。


静まり返る馬車の中で、カノープスはそんな主君の横顔を静かに見つめ、覆面のない素顔のまま、心の中でそっと呟いた。


(――その悔しさがある限り、ミルキーウェールズはまだ、帝国に負けたわけではない)


明日、サミットは再開される。

そこは、剣と魔法の戦場ではなく、言葉と策略が飛び交う「もう一つの戦場」だ。


己の正体を隠した影の防衛線として、カノープスは再び、静かに牙を研ぎ始めるのだった。

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