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ご先祖様が聖女様かどうかも疑わしい私が王子様達の獲物にされてます。【第一部完結済み 26話(忍者失格)まで】  作者: クワトロばなな


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第ニ部 第26話:覇王の盤面、あるいはうにようによする触手の予感


「――クラーケン、だと……ッ!?」


レグルス皇帝の口から放たれたその最悪の単語が響き渡った瞬間、円卓会議場内は文字通りハチの巣をつついたかのような凄まじいざわめきに包まれた。


各国から集まった70名の若きエリートたちが、一斉に顔を青ざめさせ、隣席の者と視線を交わす。世界平和を語る温室のような会議場は、一瞬にして凄惨な戦場の前夜へと変貌を遂げていた。


ミルキーウェールズの席に座るカノープスの額にも、たらりと冷や汗が滲み出る。


(『ep.116』……! 隠蔽が疑われていた『ep.115』を飛び越えて、さらにその先にある世界の厄災を叩きつけてくるとは。やはり、レグルスは決定的な隠しカードを持っていたか……! なんというカードだ。これほどの世界規模の超緊急事態を前にしては、我々が用意していた『ep.115』の隠蔽への追及など、完全に霧散してしまう。そればかりか……!)


カノープスがレグルスの底知れぬ外交戦略に戦慄していると、円卓の反対側から、一人の少年が鋭い声を張り上げた。


ブリテン王国代表――同国第3王子であり、『ロード』の称号を持つヘンリー・ラワードであった。ヘンリーはレグルスを真っ向から睨みつけ、毅然とした態度で追及する。


「ロメーダ皇帝陛下! そのような世界を揺るがす重大事項を、何故今まで秘匿し、わざわざこのサミットの場で突如として発言されたのですか? ――我々は、貴国のその意図をお聞きしたい!」


「隠蔽、とは穏やかではないな、ブリテンのヘンリー王子」


レグルスはフッと不敵に笑うと、少しも怯むことなく堂々とした声で返した。


「我々ロメーダ帝国が今日まで公表を控えていたのは、偏に、世界へ公表する前に『ある程度の確実な解決策』を模索するため、時間をいただいていたのだ。――もし、何の解決策も提示せぬまま『賢者の書に海の魔王が出現すると書いてあった』などと大々的に公表すれば、それこそ世界中に不要な大パニックと大混乱を招くだけだと、私はそう判断したまでのこと」


非の打ち所のない大義名分。ヘンリー王子が言葉に詰まると、レグルスはすかさず視線で配下に合図を送った。


「これから世界が迅速に対応すべきタイムスケジュール、および我が国が用意した解決策の大枠については、我が代表の優秀な書記――アルギエバから説明させよう」


レグルスの言葉に応じて立ち上がったのは、銀髪碧眼の圧倒的な美女であり、若き天才魔導士のアルギエバであった。彼女は冷静沈着に、しかし透き通るような美しい声で卓上の資料を指し示しながら説明を始める。


「――過去の『賢者の書』に刻まれた災害や厄災に関するデータに基づけば、該当する事象の具体的な発生時期は、『その項が出現してから4週間を経過した日から、6週間の間』と定義されています。そして、奇しくも『本日』が、その出現からちょうど4週間目にあたるのです」


アルギエバの碧眼が、円卓の面々を冷徹に見据える。


「……つまり、怪物の出現は『明日から2週間以内』のいずれかの瞬間という事になります」


(明日から、2週間以内――!?)


カノープスは再び心の中で戦慄した。あまりにも猶予がない。世界の危機のカウントダウンは、すでに最終局面に突入しているのだ。


アルギエバは緊迫する場内を制するように、淡々と説明を続けた。


「ですが、ご安心ください。我々ロメーダ帝国は、すでに帝国最強の『怪物討伐軍』を、ここリンデア王国の国境付近に極秘裏に待機させております。この軍勢は、開催国であるリンデア王国側の許可さえいただければ、わずか2日(、、)でこのゾウムハーバーへと到着させることが可能です」


彼女の視線が、司会を務めるリンデアの第二王女パドミニへと向けられる。


「我が帝国がリンデア王国に求めるのは三点。まずはゾウムハーバーの一般人の避難。そして討伐軍の迅速な入国許可と、ゾウムハーバー海岸線へのリンデア王国軍の先行配備による防衛線の構築です」

それを聞いたパドミニ王女は、凛とした表情のまま、すぐ後ろに控えていたリンデアの重鎮らしき老人と言葉を交わした。緊迫した短い軍議の後、パドミニは格闘家らしい無駄のない所作で胸を張り、力強い声を発した。

「――その申し出、リンデア王国第二王女パドミニ・ソシディアの名において、全面的にお受けいたします! 市内の一般人の避難を速やかに行い、我が国はロメーダ帝国の怪物討伐軍の即時入国を許可し、ただちにゾウムハーバーへ国軍の精鋭を配備いたします!」


開催国の即決により、一気に防衛体制が組み上がっていく。


しかし、アルギエバはさらに表情を引き締め、最も恐るべき懸念点を口にした。


「ですが……最も警戒すべきは、我が帝国の討伐軍が到着する前の『空白の期間』――すなわち、明日怪物が現れた場合です」


「――よし、ここからは私に説明させてもらおう!」


アルギエバの言葉を遮るように、レグルス皇帝が再び前に出た。彼のプラチナブロンドの髪が朝日にきらめき、そのエメラルドの瞳が圧倒的な覇気を放つ。


「本件に関して、最悪のケース……すなわち、討伐軍が到着する前である『明日から明後日の間』に怪物が出現した場合、軍が来るまでの間の防衛線は完全に空白となる。だが――我々は、その最悪のケースに備え、あらかじめこの地にあるカード

(、、、、)を連れてきている! ――我が帝国の誇る紛争鎮圧の死神、『ロメーダの三連星(ミツラボシ) 』をな!」


「――っ!」


カノープスの脳裏に電撃が走った。


(そういうことか……! だからレグルスは、あえて襲撃の実行犯である三連星を堂々と連れてきたのか……! 全ては、討伐軍が来るまでの間にクラーケンを足止めするための『盾』として彼らを投入するため……!)


レグルス皇帝は拳を握りしめ、全国家の代表たちの魂を揺さぶるような、激しい熱量を持った演説を開始した。


「軍のいない空白の期間、我々ロメーダの戦力をもって怪物の足止めを行う! ――これを無謀と思える者もいるかもしれない。だが、私は信じている! ここに集まる各国エキティカの未来を担う俊英達は、この世界の危機を乗り切るに足る、大いなる知恵と力を秘めていると! ――明日に迫るかもしれない未曾有の災厄に備え、我ら若き力で、この世界の危機を共に乗り切ろうではないか!」


ウォオオオオオッ!!!


会議場全体から、感動と興奮に震える地鳴り のような万雷の歓声が沸き起こった。追及されるべき悪の帝国だったはずのロメーダが、一瞬にして世界を救う救世主の旗手へと成り代わったのだ。


この完璧な演説を聞き、ミルキーウェールズの席から真っ先に立ち上がったのは、シリウス王子だった。シリウスは完璧な微笑みを浮かべ、ライバルの英断を称えるように告げた。


「我がミルキーウェールズ王国代表は、ロメーダ帝国代表・レグルス皇帝陛下の、世界の危機を救うための勇敢なる英断に全面的に従います」


それに続くように、ブリテン王国のヘンリー王子もまた、席を立って拳を胸に当てた。


「……我々ブリテン王国も、この世界の危機を克服するため、全力を尽くして協力いたします!」


シリウスの言葉を皮切りに、レーシア、ミドルドア、そして他の各国代表たちが次々と立ち上がり、ロメーダ帝国への賛同と共同戦線の結成を熱狂的に表明していった。

全ての国家を掌握したレグルス皇帝は、満足げに不敵な笑みを浮かべ、高らかに宣言した。


「諸国エキティカの英傑達の、大いなる勇気に感謝する!」


こうして、ロメーダ帝国への隠蔽追及から始まった国際サミットは、レグルス皇帝の圧倒的な手腕により、前代未聞の『クラーケン討伐共同戦線』へと姿を変えたのだった。


そんな、英雄たちの熱い誓いと緊迫した空気が渦巻く円卓の片隅で――。


ミルキーウェールズの聖女候補スピカは、一人、全く別のベクトルで冷や汗を流しながら、ぼんやりと胸の中で呟いていた。


(……クラーケンって、あれよね。あの、タコとかイカみたいなやつで、触手がうにようによするやつよねー。)


吹き飛ぶほどの、別の意味での恐ろしい現実を前にして、スピカはただただ遠い目をしながら、心の中で青ざめることしかできないのだった。


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