第ニ部 第25話:白熱の円卓サミットと、覇王が投じる爆弾
世界の未来を担う若き俊英たちが一堂に会する、国際学園サミット。
会場となる大迎賓館の円卓会議場には、各国から選りすぐられた10名ずつ、合計70名の代表たちが厳かな空気の中で着席していた。ここにあるのは、世界エキティカの未来をその両肩に背負う若者たちの熱気と、張り詰めた緊張感である。
このサミットが掲げる不変のテーマは――『世界平和』。
一見すると理想論のようでありながら、この大きな目標のために各国のトップエリートたちが知恵を絞り、互いの利害を越えて激しい議論を戦わせる場なのだ。ここで採択される決議が世界へ与える影響は、決して小さくない。むしろ、サミットでの若者たちの決議に基づき、各国の首脳が国の威信をかけて政策を実行に移すこともしばしばあるほど、国際政治において重要な意味を持つ会議であった。
「――それでは皆様、定刻となりましたので、これより国際学園サミットを開会いたします」
この歴史的な会議の司会進行を務めるのは、開催国であるリンデア王国の代表――同国第二王女であり、高名な『精霊拳士』でもあるパドミニ・ソシディアであった。
燃えるような赤髪に、意思の強さを感じさせる鮮やかなグリーンの瞳。格闘家らしく一切の無駄を削ぎ落としたしなやかなシルエットと、気品溢れる洗練された所作は、実に見事なものだった。
スピカはその凜とした立ち姿を眩しそうに見つめる。
パドミニは凛とした声で簡潔かつ厳かな挨拶を述べると、すぐさま卓上を見渡し、最初の一手を促した。
「まずは本日の第一議題について、事前申請のあったミドルドア共和国代表、発言を求めます」
指名を受け、即座に席を蹴って立ち上がったのは、ミドルドアが誇る大武道家。――『マスターモンク』の異名を持つ男、ヤン・チヨウセイであった。
ヤンは鋭い眼光をロメーダ帝国の席へと向け、容赦のない先制攻撃を切り出した。
「本日、我々ミドルドアが本サミットの第一議題として提起したいのは、ロメーダ帝国が保有・管理する『賢者の書』の隠蔽についてであります」
場内の空気が、一瞬にして氷点下まで凍りついた。スピカはゴクリと息を呑み、カノープスは静かに目を細める。
ヤンは堂々たる体躯から響き渡る声で、さらに追及を重ねた。
「我が国の情報網によれば、賢者の書に『新たな項目・ep.115』が密かに追加されたという疑いがあります。これを帝国が秘匿しているとすれば、世界平和への重大な背信行為だ。――ロメーダ代表の方々、これが事実であるかどうか、明確なるお答えを求めます!」
痛烈な弾劾。場内がざわめく中、ロメーダ帝国側から席を立ったのは、皇帝レグルスではなかった。
現皇帝の若き参謀であり、生徒会副会長を務めるアークプリースト――デネボラであった。長身の体に仕立ての良い制服をまとい、メガネの奥に鋭い眼光を宿した彼は、一切の動揺を見せずに冷静沈着に応答した。
「その件に関しましては……甚だ遺憾ながら、我が帝国側としても、現状は一部の者しか詳細を把握しておりません」
デネボラは淡々と、しかし隙のない口調で弁明を続ける。
「皆様もご存知の通り、我が国はさきの政変による激動の渦中にあります。賢者の書の厳重な管理権限は、未だ前政権である『皇后側』の残党の手にあり、現在は新政権への引き継ぎ手続きを行っている最中なのです。したがって、その件に関しては引き継ぎが滞りなく完了し、事実関係が判明し次第、速やかに世界へ公表したいと存じております」
(……チッ、政変を都合のいい言い訳に利用して、のらりくらりと交わす気か!?)
相手の高度な外交テクニックを前に、カノープスは内心で激しい歯痒さを覚えていた。
確かに一理あるように聞こえるが、要するに「今は分からないから答えられない」と時間稼ぎをしているだけだ。しかし、そんな不誠実な対応を続ければ、たとえ政変直後とはいえ、ロメーダ帝国という国家への国際的な信頼は失墜するばかりである。
(……それで本当にいいのか、レグルス! 君ほどの男が、こんな姑息な逃げを容認するのか!?)
カノープスがレグルス皇帝を鋭く睨みつけた、その時。
別の席から、デネボラの弁明を叩き割るような、凛烈たる美声が響き渡った。
「――いいえ、それは通りませんわ」
声を上げたのは、レーシア王国代表。第一王女にして、若くして最高位の魔導を操るアークウィザード――ナスティーヤ・ノマロフであった。彼女は氷の女王のような美貌でミドルドアの追従に回り、ついに標的の本丸へと言葉の刃を突きつけた。
「ロメーダ帝国第24代皇帝、レグルス陛下。お答えください。――配下の役員たちならいざ知らず、帝国の『全て』を手に入れたと豪語する貴方ご自身は、本当はその事実をご存知なのではないですか?」
おおおっ、と円卓のあちこちから地鳴りのようなどよめきが湧き起こる。
(レグルスへの直接質問……! 外交の場での、皇帝本人へのストレートな追及……! どうする、レグルス皇帝!?)
スピカは胸の前で手を握りしめ、冷や汗を流しながらレグルスの動向を注視した。
突きつけられた絶対的な窮地。並の者なら表情を強張らせるであろうその瞬間――。
円卓の席に座るレグルス皇帝は、フッ、と低く艶やかな笑みを漏らした。そして、まばゆいプラチナブロンドの髪を揺らしながら、傲然と、しかし極めて優雅にその場に立ち上がったのだ。
冷酷にして神々しいエメラルドの瞳が、会場の全てを威圧するように見渡す。レグルスはナスティーヤ王女に向け、殊更に殊勝な、しかし絶対的な余裕を崩さない態度で口を開いた。
「――賢者の書『ep.115』に関して。……確かにデネボラ君の言う通り、未だ我が国の旧皇后陣営からの正確な情報提供を受けておらず、私の不徳の致すところでございます」
まずは素直に非を認めるポーズを見せたレグルス。だが、彼の瞳の奥の光が、妖しく跳ね上がった。
「――しかしながら!」
レグルスの声が、突如として激しい覇気を孕んで会議場全体に轟いた。その圧倒的な声量とオーラに、その場の70名の俊英全員がビクリと身体を震わせる。
「まず、このサミットにおいて『一番の議題(、、、、、、)』として、緊急に報告すべき最優先事項が別にあります! ――この事項は、ロメーダ帝国とリンデア、いや、この世界全体が今すぐ一丸となって対応すべき『未曾有の緊急事態』であり……敵対する我が国の旧皇后陣営が、最後に私へと直接もたらした【本物の警告】なのです」
レグルス皇帝は不敵に唇の端を吊り上げ、全国家の代表たちを完全なる支配下に置くような圧倒的なカリスマ性で言い放った。
「その内容こそ――賢者の書に刻まれた、さらなる『新たなる項目』!」
一拍のタメ。誰もが息をすることすら忘れ、皇帝の次の言葉を待つ。
「――『ep.116』。……このリンデアの地、ゾウムハーバーの海域に、近々巨大な怪物が出現する」
「な……ッ!?」
カノープスが目を見開く。シリウス王子の目元からも笑みが消え失せた。
静まり返る円卓のただ中で、レグルス皇帝はそのエメラルドの瞳を妖しく輝かせ、世界の破滅を告げるかのように、その怪物の名を冷酷に響かせた。
「その怪物の名前は……おそらく。『クラーケン』!!」
追及される立場から、一瞬にして世界を揺るがす危機の大予言者へと変貌を遂げたレグルス皇帝。
彼の投じたあまりにも巨大な爆弾により、平和のための学園サミットは、一瞬にして混沌の渦へと叩き落とされるのであった――。
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