第二王子 リゲル・ランスター
学園の掲示板。そこには「スピカ・マセットを生徒会庶務に任ずる」という公示が貼られていた。
それを苦々しく見つめる一人の男がいた。第二王子、リゲル・ランスターである。
「スピカ・マセット……。こいつが、あいつの新しいお気に入りか」
リゲルは背後の影に呼びかける。
「スティーブ!」
「はい」
「この女を監視しろ。何か変わったことがあったら、俺に知らせろ」
「イエス・マイ・ロード」
◇
別の日。スピカは緊張した面持ちでアークプリーストの教室の門を叩いた。
「失礼します……あ、校長先生! ベガさんも」
「やぁスピカ君。アークプリーストの授業は今日が初めてだね」
ドン・ウイリー校長が温和に笑う。
「まずは君に、アークプリーストの加護を与えるよ」
ベガが横から補足した。
「上級ジョブの加護を与えられるアークプリーストは、国内でも数名しかいないわよ」
校長は空を仰ぎ、何やらぶつぶつと呟き始めた。
「えーと、アークプリーストの加護神は何処におられましたかな……。おっ、そこにおられましたか。はい、いつもお世話になっております。ええ、うちの生徒が一人。はい、お願いします」
(なんか……すごく事務的……)
直後、スピカの体が眩い光に包まれた。
「これで君はアークプリーストのスキルを習得できるようになった。ミスター・トグへもんの診断は正しかったようじゃな」
「適正がなければ、加護は授かれないのよ」
スピカが光の余韻に浸っていると、校長が問いかけた。
「早速だがスピカ君。プリーストとアークプリーストの違いは何か、わかるかな?」
「ええと……大きな愛、とか?」
「メンタルじゃ! アークプリーストとは、圧倒的なメンタルの持ち主のことなのじゃ!」
校長がベガに視線を向ける。
「ベガ君、カーライム君は今日はどうしたのかな?」
「ミスター・カーライムは……メンタル不調のため欠席です」
「…………」
スピカは言葉を失った。アークプリーストですら病むほどの何かがあるのか。
「コホン。とにかく、メンタルを徹底的に鍛えてもらうぞ!」
そこから始まったのは、想像を絶する修行だった。
激流に身を投じる「滝行」。
無数の虫が蠢く「毒虫部屋」。
不気味な笑い声が響く「呪いの部屋」。
「ひ、ひえぇぇ……教育方針、間違ってませんかこれ!?」
スピカが恐怖に震えていると、ベガが冷淡に告げた。
「あなた、肩に人形が乗っているわよ」
「……私、スピカちゃんとお友達になりたい」
耳元で囁く人形。
「ひぎゃあああ!」
「『デ・ソウル(解呪)』」
ベガが呪文を唱えると、人形は煙のように消えていく。
「あ、あっさりと……」
「スピカちゃんと……お友達に……なりたかっただけなのに……」
消え際の悲しげな声に、スピカは胸を痛める。
「なんか、後ろめたいです!」
「悪霊に情けは無用よ!」
そう言い放ったベガの胸元に、別の霊がしがみついていた。
「あっ、ベガさん! なんかおっぱい揉まれてますよ!」
「なんですって?」
スピカは必死に手をかざした。
「デ・ソウル!」
「……ふぅ。やるわね、スピカ」
「私にもできました!」
校長が満足げに頷く。
「しばらくはメンタルトレーニングが主じゃ。呪文についてはおいおい教えていこう」
(アークプリーストの修行、ハードすぎる……)
◇
修行の帰り道、一匹のネズミがリゲルの元へ紙を届けた。
『スピカ・マセットが一人で裏庭へ』
「ふん。編入生の子猫ちゃんの顔でも拝みに行くか」
裏庭。一人で歩くスピカの前に、傲慢な雰囲気の青年が立ちふさがった。
「あんたかい、シリウスのお気に入りは」
「あの……どなた様でしょうか?」
「俺はこの国の第二王子、リゲル・ランスターだ。シリウス会長の腹違いの弟さ」
スピカは丁寧にお辞儀をした。
「スピカ・マセットと申します。……私に何か御用でしょうか?」
「ただの挨拶さ。だが、俺は欲しがり屋でね。シリウスが欲しがるものは特に……女も、王位もな」
リゲルが威圧的に一歩踏み出す。
「クリエイトウォール!」
スピカは咄嗟に、リゲルをの目の前に防御壁を展開した。
ドゴン! 壁にぶつかるリゲル。
「……で!」
「クリエイトウォール!」
さらにリゲルを、挟み込むように展開。
「……いででっ!」
鼻を押さえるリゲルに、スピカは凛と言い放った。
「一角の殿方であられるなら、奪うことではなく、貴方にしかできないことがあるんじゃないですか?」
「…………」
「失礼します!」
スピカが駆け出す。
「スティーブ、逃がすな!」
リゲルが苛立ちまぎれに叫ぶ。
「御意!」
リゲルの影から、黒い疾風のごとくスティーブが飛び出した。スピカの背中にその手が届こうとした、その時――。
「――『鎖分銅・影縫い』」
どこからか放たれた鋼の分銅が、空中で蛇のようにうねり、スティーブの右足首に完璧な精度で絡みついた。
「えっ……あ、ぶ――」
加速していたスティーブは、逃れようのない慣性に引きずられ、無常にも石畳へとダイブした。
「……いで」
鈍い音と共に、スティーブは石畳に熱烈なキスを贈ることになった。
顔を上げた彼の前に、音もなく一つの影が立ちふさがる。
「な、なんだ!? ……カノープス君、何の真似だ?」
鼻を赤くしたスティーブが、信じられないものを見る目で親友を見上げた。そこには、普段の「無機質な庶務」とはかけ離れた、冷徹な忍びの顔をしたカノープスが立っていた。
「彼女に手を出すのはやめろ」
カノープスの手元では、スティーブを転倒させた分銅の鎖が、チリ……と冷たい音を立てて巻き取られていく。
「あれ? お前、あの子が好きなわけ?」
スティーブが皮肉っぽく笑いながら立ち上がるが、カノープスの鋭い視線は微塵も揺るがない。
「……シリウス会長から、彼女の監視を命じられているだけだ」
「ふーん。まあ、そんなに熱くなるなよ。どうせあの子は、王子様たちの『獲物』なんだからさ」
スティーブが肩をすくめて土を払っている間に、スピカの姿はすでに遠くの角を曲がって見えなくなっていた。
「あーあ、逃しちゃった。なんて言い訳しようかな。……この貸しは高くつくぞ、カノープス」
◇
スティーブは衣服の埃を払い、リゲルの元に戻った。
「スティーブ、女はどうした」
「カノープスに妨害されました。第一王子の監視がついていたようです」
「……抜け目のない奴め。しかし、あいつがそこまで執着するとはな。ますます興味深い」
リゲルはふと、自分を挟み込んで圧迫している見えない壁に気づいた。
「……ところで、これって外せるのか?」
「……呪文の効果が解けるまで待ちましょう」
夕暮れの学園に、第二王子の虚しい声が響いていた。
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