第ニ部 第18話:ゾウムハーバーと、背後から迫る恐怖の女子会(ガールズトーク)
あの前代未聞の「温泉全裸襲撃事件」がもたらした、数々の(精神的な)大混乱もどうにか収まり、ミルキーウェールズ使節団の一行は、湯煙の立ち上る温泉郷シマフクワイアンを後にした。
馬車がリンデアへと向かう道中、カノープスは今回の事件の最大の功労者について思いを馳せていた。
敵が放った、古代の魔道具による広域精神干渉魔法【スリープ】。使節団の有能な女性陣が悉く意識を刈り取られるなか、なぜシャーロット先輩だけが一切の術式を撥ね退けて覚醒できたのか。
その理由は、彼女の出自にあった。
騎士の名門として名高いガンデッシュ家は、代々、異常なまでに高い『精神耐性』の固有スキルを宿す血筋なのだという。
その類稀なる特性を活かし、彼女のご先祖様たちも歴史上の数々の戦場で精神魔法を操る邪悪な魔導士を討ち取り、多くの手柄を立ててきたという逸話が残されているそうなのだ。高名な聖騎士の家系たる所以である。
しかし――。
今回の温泉の一件において、敵の物理的な実害ではなく、ルスカ副会長の放った【ラックアップ(ラッキースケベ誘発環境構築魔法)】によって、文字通り「最も深刻な精神的ダメージ」を負った者がいた。
アークウィザード、デネブ・アーテュス先輩である。
「……みんなに裸を見られた……みんなに裸を見られた……よりによって殿下の前で、あられもない姿を晒してしまった……みんなに裸を見られた……」
サミット会場へと向かう馬車の片隅で、デネブ先輩は虚空を見つめたまま、ぶつぶつと呪詛のように同じ言葉を延々と繰り返し、半ば精神崩壊状態に陥っていた。
(……恐るべし、ルスカ副会長のラックアップ。まさか味方の最高戦力の精神をここまで完膚なきまでに叩き潰すなんて、どんな禁呪だよ)
その様子を隣の席から見ていたカノープスは、ガクガクと震えながら冷や汗を流すほかなかった。
ゾウムハーバーに到着すれば、早々に大国ブリデン代表との極秘の事前擦り合わせ会議が控えているというのに、我が国のメインブレーンであるデネブ先輩の頭脳は、今や完全に機能停止寸前であった。
そんな爆弾を抱えた一行の馬車は、ついに、国際学園サミットの開催地であるリンデアの『ゾウムハーバー』へと到着した。
一年を通じて温暖な気候に恵まれ、どこまでも青く透き通った美しいビーチが広がるこの地は、世界中から富豪が集まる一大観光地としても有名だ。
一見すると、一定の平和と高度な秩序が保たれた楽園のようなゾウムハーバーではあるが、このリンデアという国家は、内情に複雑な火種を抱えていた。
この観光地から遠く離れた、超大国ロメーダ帝国との国境地域においては、未だに部族間や派閥による血生臭い紛争が絶えない地域が存在するのだ。そのため、度々ロメーダ帝国が「治安維持」の名目で軍事介入し、圧倒的な武力で紛争を力技で鎮圧することもしばしばであった。
だが――そんな世界の複雑なお国事情(地政学リスク)などよりも、我が使節団の「あるお姉さん」にとって何よりも重要なのは、現地の『法律(お酒のルール)』であった。
ここリンデアは、なんと!「16歳からの飲酒」が合法的に認められている国家なのだ!
◇◇◇
ゾウムハーバーの最高級迎賓館に到着した使節団は、すぐさま二つのグループに分かれることとなった。
いまだに「みんなに裸を……」とフラフラと幽霊のように虚空を彷徨っているデネブ先輩の背中を支えつつ、カノープス中尉、そして第一王子シリウス、ジョーンズ君の4名は、サミットの主導権を握るべく、ブリデン代表との緊迫した擦り合わせ会議が待つ会議室へと赴いた。
そして、残されたメンバーは各自の割り当てられた部屋で待機――ということになったのだが。
「――はい、注目! ここミドルドアじゃなくてリンデアだから! お酒オッケーだから! というわけで、私の部屋で今から『臨時の女子会』をやろうじゃないのー!」
ここぞとばかりに現地の売店で最高級のワインボトルを大量に買い込んできたシャーロットお姉さんが、満面の笑みで女子メンバー全員に声をかけたのだった。
最初は「サミット前にそんな弛んだ真似を……」と渋っていた公爵令嬢のベガ様だったが、数分後には、会議に出席しているデネブ以外の女子メンバー全員(スピカ、ベガ、メアリー、ハダル)が、シャーロットの部屋の高級ソファーに綺麗に集まっていた。
「やあみんな! 本当にここまでの長旅、お疲れ様!」
開口一番、限界までアルコールを欲していたシャーロット先輩は、豪快な手付きでクリスタルグラスに赤ワインのボトルをドボドボと傾けている。
「ベガさんも、年齢的にはもう飲める年齢よねー。どう? 一杯いっとく?」
「……私は結構よ。遠慮しておくわ」
ベガはツンとそっぽを向き、皆の楽しげな輪から少しだけ離れた窓際の椅子に腰掛け、地元のサイダーの小瓶を静かにすすっていた。
なお、シャーロット先輩以外の年少メンバー(スピカ、メアリー、ハダル)は、それぞれ色鮮やかなトロピカルジュースのグラスを手にしている。
女子会が始まってまだ数分。ワインを美味しそうに喉に流し込んだシャーロット先輩が、頬を少し赤くしながら、ガールズトークの王道とも言える直球の質問を切り出した。
「ねーねーみんなー。ぶっちゃけ、どんなタイプの男性が好き? 恋バナしよ、恋バナ!」
「ええっ!?」
スピカがジュースを吹きこぼしそうになり、前物見のハダルもピクッと肩を揺らす。
シャーロット先輩はグラスを揺らしながら、うっとりとため息をついた。
「私の通うギルマッシュ(防衛学園)って、周りがむさ苦しい脳筋の体育会系ばっかりじゃない? だからさー、私はちょっと頭のいい、知的なタイプに昔から憧れちゃうんだよねぇ。……うちの使節団のメンバーで言うなら、やっぱりシリウス王子とか……あるいは、カノープス君とかかなぁ?」
「っ……!」
その会話の中で、不意に大好きな「カノープス」の名前が出た瞬間、ハダルはポーカーフェイスを維持しつつも、胸の奥がキュンと熱くなり、ほんの少しだけ嬉しそうな表情を浮かべていた。
それに気づいたのか気づいていないのか、シャーロット先輩は調子に乗って、大富豪の令嬢へと矛先を向けた。
「ねぇねぇメアリーさん! ゼンビヤ(魔法学園)のジョーンズ君も、眼鏡をかけてて少し知的な感じがするじゃない? 普段、学校ではどんな風なの?」
振られたメアリーは、困ったように眉を八の字に曲げ、上品に紅茶色のジュースを口に含んでから答えた。
「えー……ジョーンズ君ですか? はい、確かに彼は成績も優秀ですし、知的な感じはします。……しますけれど、その……なんて言いますか。彼はたまに、視線が……『一体どこを見ているのかなぁ?』って怪しい時があるんです」
ピキィン!!!
(※はるか遠くの会議室で、ブリデン代表と大真面目な顔で交渉していたジョーンズ君の脳裏に、謎のクリティカルダメージの幻聴が響いた。
<ジョーンズ君は被弾した!>)
メアリーのその的確すぎる答えを聞いて、ハダルも「あ!」と思い出したように小さな手を挙げた。
「……それ、分かります。カノープス先輩も、たまにそういう、視線がどこか別のところ(、、、、)を泳いでいる時、あります」
ドガァン!!!
(※同じく会議室で、資料をめくっていたカノープス中尉の背中に、原因不明の激しい悪寒が走った。
<被害はカノープス中尉にも広がった!>)
すると、ワインの酔いが回ってきたシャーロット先輩が、ポンと手を叩いて思い出したかのように衝撃の事実を暴露し始めた。
「あ! そう言えばジョーンズ君さぁ! 先日の温泉襲撃事件で壁が崩落した時、スッパダカの私のこと、信じられないくらいの眼力でガン見してたわよ、あの男!」
ドゴォオオン!!!
(※会議室のジョーンズ君、突如として激しい頭痛に襲われ、眼鏡が曇る。<ジョーンズ君はさらに被弾した!>)
それを聞いたハダルは、カノープスの「身の潔白」が急に気になり、少し身を乗り出して尋ねた。
「……あの、シャーロット先輩。カノープス先輩は……その時、どうでしたか?」
「んー? カノープス君もねぇ、まぁ……ちょっとだけ、見てたかな?」
シャーロットお姉様は、悪気なくクスクスと笑いながら答えた。
ズガァアン!!!
(※カノープス中尉、ブリデン代表の前で突如として原因不明の鼻血が出そうになり、慌ててハンカチで押さえる。<カノープス中尉は少し被弾した!>)
カノープスも「少し見ていた」という衝撃の真実を知らされ、ハダルはショックのあまり、ジト目になって小さな唇を不満げに尖らせた。
「……えー。先輩も見てたんだ。……ちょっと、ヤダかな……」
ゴバァアン!!!
(※カノープス中尉、心臓に正体不明の特大の槍が突き刺さったかのような激痛を覚え、椅子から転げ落ちそうになる。<カノープス中尉の被害は結構広がった!>)
ここで、今まで沈黙を保っていたスピカが、ずっと気になっていた核心的な質問を切り出した。
「あの……私やベガ様たちが、魔道具の魔法でスリープ(睡眠)してしまっている間、男の人たちはどうだったんですか?」
その問いに対し、すべての現場を目撃していたシャーロット先輩は、ワイングラスを置き、完全に呆れ果てたような顔で、バッサリと言い放った。
「あぁ、それね。――ジョーンズ君、眼鏡の奥の目を血走らせながら、眠っているあんたたち全員のあられもない姿を、穴が開くほどこれでもかってくらい『ガン見』してたわよ!!」
しん……と、部屋の空気が一瞬にして絶対零度へと凍りついた。
次の瞬間、その場にいた女子メンバー一同(スピカ、メアリー、ハダル、そして窓際のベガ様までもが)の、底冷えするような嫌悪の声が、部屋中にこだました。
「「「「――えー……」」」」
「「「「――やだー……」」」」
「「「「――サイテー……」」」」
チーーーン……。
(※その瞬間、遙か遠くの会議室で、ブリデン代表との交渉を完璧に進めていたはずの天才アークウィザード・ジョーンズ君は、何故か魂が口から抜け出しかけ、そのまま静かにデスクへと撃沈(社会的死亡)するのだった。<ジョーンズ君は完全に撃沈した!>)
サミットを前にして、男子たちの尊厳は、女子部屋の恐るべきガールズトークによって文字通り粉々に粉砕されてしまったのである。
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