第15話:崩壊のパラダイスと、二度目の幻術(カース)
ガラガラと音を立てて崩れ落ちる竹林の防壁を飛び越え、カノープス中尉が全裸(※心ばかりのタオル着用)のまま女湯のエリアへと飛び込んだ瞬間、彼の天才的な網膜に飛び込んできたのは――文字通り、脳が焼き切れんばかりの圧倒的な光景だった。
湯煙の向こう、忍び装束(湯浴み着)を乱れさせ、肩から少し脱ぎかけたままで身構えているハダル君。
そして、その周囲には、規格外の睡眠呪文の魔道具によって、あまりにも無防備であられもない姿のまま深い眠りに落ちてしまっているデネブ先輩、スピカ、ベガ様、そしてメアリーの姿。
まさに、ルスカ副会長の放った【ラックアップ】の呪いが大爆発したかのような、全男子の夢を具現化したパラダイス。
――だが、この場において完璧に意識を保ち、五体満足で動けているのは、暗殺者の本能で覚醒したハダルと、そして、もう一人だけだった。
「……っ、おい、指揮官殿! 何をボサッとしているのよ!」
「ぶふぇっ!?」
カノープスは思わず鼻血を噴き出しそうになった。
声をかけてきた騎士の名門ガンデッシュ家の令嬢、シャーロット先輩は――なんと、タオル一枚すら身に纏っていない、完全なる「スッパダカ」の状態で堂々と立ち尽くしていたのだ。
味方全員が突然の異常事態に即座に臨戦態勢を取るなか、カノープスが視線を鋭く巡らせると、女湯の奥に広がる不気味な竹林の闇の中に、らんらんと怪しく輝く「二つの赤い光」が浮かび上がっているのが見えた。
直後――パァンッ!! と、視界を真っ白に染め上げるような、眩い閃光が炸裂する。
「う、あ……?」
突然、カノープスの視界がぐにゃりと奇妙に歪み始めた。
気がつけば、つい先ほどまで眠っていたはずのスピカやベガ様、デネブ先輩、さらにはメアリーまでもが妖艶な笑みを浮かべて起き上がり、全裸のままで一斉にカノープスへと手招きをしてくるのだ。
『おいで、カノープス君……。こっちに来て、一緒に温まりましょう?』
『ふふ、庶務のくせに、私をそんな目で見るなんて生意気よ……?』
(うっ……これは、なんだ!? 身体が勝手に、彼女たちの方へ動いて――)
「――【ディスペル・イービル(邪悪解除)】ッ!!!」
脳髄を突き抜けるようなシャーロット先輩の凛烈な怒号が響き渡り、空間に満ちていた邪悪な魔力が霧散した。
ハッと息を呑んだカノープスは、強引に正気へと引き戻される。
(……幻術か……っ!? 完全に嵌められるところだった!)
「指揮官殿! しっかりしてください!」
一糸まとわぬ姿のままで、凛々しく竹杖を構えたシャーロット先輩が、一切の恥じらいを見せることなくカノープスを厳しく叱咤した。
「シリウス殿下と、スピカさんがいません! 連れ去られました!」
「なっ……!?」
「ハダルさんとアルタイルさんは、すでに賊を追ってあの竹林の奥へと飛び込んでおります!」
何も隠していない、あまりにも健康的かつ刺激的な全裸のシャーロット先輩に怒鳴りつけられ、カノープスは急速に冷静さを取り戻し、現状の戦況(チェス盤)を確認した。
主君であるシリウス殿下と、最重要保護対象であるスピカ君が同時に行方不明。
ハダルとアルタイルが先行して敵を追跡中。
残るメンバーは、眠らされているか、未だに幻術の残滓に囚われている。
(最悪だ……! 最悪の状況じゃないか……っ!!)
だが、ここで指揮官がパニックを起こせば全てが終わる。カノープスは全裸のシャーロット先輩から咄嗟に視線を外し、迅速に指示を飛ばした。
「シャーロットさん! すぐにベガさんを起こしてください! ベガさんの高位解呪魔法で、眠っているみんなの解呪をお願いします! その後、動ける人から順次、僕たちの援軍に回るように伝えてください!」
「わかったわ! 任せなさい!」
シャーロット先輩は、相変わらずどこも隠さない神々しいスッパダカのままで深く頷くと、カノープスの指示通りに素早くベガの元へと駆け寄っていった。その一切の無駄のないプロの騎士ムードのおかげで、カノープスもエロ的な邪念を完全にシャットアウトすることができた。
「頼みます……!」
カノープスは即座に反転し、賊が逃げ去ったという、夜霧の立ち込める不気味な竹林の奥へと身を躍らせた。
全裸のまま、湯の滴る身体で夜の竹林を突き進むこと暫く。
木々の隙間に、ハダルが痩せ細った隠密装束に身を纏った謎の男と、一定の距離を取って激しく身構えている姿を発見した。
男の顔には、目がくり抜かれた二つの穴があるだけの、血の凍るような不気味な仮面が着けられている。
カノープスの足音を察知したハダルが、視線を外さずに叫んだ。
「先輩! アルタイルさんは、スピカさんを担いだ『体格のいい忍者』を追って、すでにこの奥へ向かっています! 先輩も、私のことは置いて、今すぐそっちを追いかけてください!」
カノープスの頭脳が瞬時に状況を演算する。
(判断するに……目の前のこの痩せた仮面の男は、スピカ君をさらった本命の忍者を逃がすための『時間稼ぎの囮』だ! ハダル君の言う通り、僕がここをスルーしてアルタイルさんの援護に回るのが、戦術的にも完全な正解……!)
「ハダル君、ここは頼む――!」
カノープスが男の横をすり抜けようとした、その瞬間だった。
不気味な仮面の奥から、低く、ねっとりとした男の嘲笑が漏れ聞こえた。
「――おっと、いいのかなぁ? ぼっちゃん。そんなに簡単にここを通っちゃったら……この可愛いお嬢ちゃん(ハダル)が、この後どうなっちゃうか、分かんないよぉ?」
「……っ!?」
ハダルを人質に取るかのような、卑劣な精神的揺さぶり。
先日のロビーで「ハダル君は癒やしだ」「大切なものを守るために強くならなければならない」と心に誓ったばかりのカノープスは、その言葉を聞いた瞬間、指揮官としての冷静さを完全に失ってしまった。
「こいつ……っ!!!」
怒りに血を上らせたカノープスは、男に一撃で致命傷を与えるべく、暗殺術の歩法で爆発的にその懐へと飛び込んだ。
だが、それこそが敵の狙いだった。
男の不気味な仮面の二つの穴から、再びらんらんと「赤い光」が放たれる。
(しまっ――)
気づいた時には遅かった。凄まじい速度で視界が歪む。
次の瞬間、目の前にいたはずの痩せた男の姿が消え――なぜかハダルが、その可愛らしい衣服を恥ずかしそうに自ら脱ぎ始め、白い素肌を露わにしながらカノープスを見つめていたのだ。
『先輩……。誰もいないところで、二人きりで……いいこと、しましょうよ?』
「いいこと……?」
カノープスの意識が、甘美な桃色の泥の中へと沈みかける。
「――『活』ッッッ!!!」
ドガァンッ!! と、カノープスの背中に、容赦のない強烈な衝撃(打撃)が叩き込まれた。
「ぶはっっ!?」
カノープスは盛大に前方へずっこけながら、強烈な痛みと共に三度目(、、、、)の正気を取り戻した。
慌てて振り返れば、そこには息を荒くした本物のハダルが、カノープスの背中に向けて掌を突き出した姿勢のまま、必死の形相で立っていた。
【活】。
サムライ、忍者、武闘家といった前衛・隠密系ジョブのみが扱える、対象の身体・精神エネルギーを瞬時に活性化させ、【毒】と【麻痺】を除くあらゆるバッドステータス(ステータス異常)を強引に瞬間回復させる特殊スキルである。
ハダルは、カノープスの全裸の肩を掴み、鋭く叫んだ。
「先輩!! 相手の『目』を絶対に見てはいけません! あの仮面の穴自体が、強力な幻術の発動起点です!」
「あ、あぁ……すまない、ハダル君……!」
カノープスは激しい羞恥と悔恨で歯噛みした。
同じ幻術の技に、短時間で二度もかかってしまった。おまけに、冷静さを欠いたせいで、敵の目論見通りに手酷い「時間稼ぎ」を許してしまったのだ。自分の未熟さが、あまりにも歯がゆい。
(シリウス殿下……スピカ君……! アルタイルさん、どうか、僕が追いつくまで持ちこたえて、二人をお願いします……っ!)
カノープスは自らの愚かさを脳内で猛省しながら、自らの全裸の脚――そのすねの包帯の下に、忍者として隠し持っていた唯一の武器、黒光りする鋭利な【クナイ】を抜き払った。
月明かりすら届かぬ深い竹林の闇のなか。カノープスは裸のままクナイを逆手に構え、今度こそ完全に「肉体の眼」を閉じ、心眼の索敵へと意識を集中させて不気味な仮面の男へと身構えるのだった。
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