第二部 第9話:荒野の強襲、あるいは美しき魔導士(デネブ)の爪牙
「――全体減速の後、停止! 20騎を迎撃する!」
特等馬車の屋根上へと一瞬で跳ね上がったカノープス中尉の声が、荒野の風を切り裂いて大旅団全体へと響き渡った。その姿は「冴えない凡男」の擬態を完全に脱ぎ捨て、戦場を統べる冷徹な指揮官そのものだった。
迫り来る20騎の馬影を睨みつけながら、カノープスは内心で舌を巻く。
(まだスピカ君とベガ様は『聖女の候補』に過ぎない段階なんだぞ……! ロメーダ帝国め、どれだけ必死なんだ!)
だが、ここでこちらから無用に血を流せば国際問題になりかねない。カノープスは間髪入れずに副次的な命令を怒号に変えて繋げた。
「ロメーダ帝国とは表向き友好関係にある! 自らの命を守ることを最優先とし――出来る限り『生け捕り』にせよ! 騎士、兵士を前衛に配置! 魔法を使える者は【スリープ(睡眠呪文)】その他で敵を無力化しろ!」
「応ッ!!」
旅団の護衛兵たちが一斉に動き出す。
対する襲撃者20騎は、こちらの迎撃態勢を見るや否や、次々に【コーション(警戒)】のスキルを発動させた。剣士系ジョブが持つ汎用スキルであり、精神干渉や呪文の効果を劇的に軽減する防壁だ。
「――私達も行くわよ、オリバー!」
「おうさ!」
そのコーションの防壁が完成するより早く、ギルマッシュ騎士団防衛学園の聖騎士コンビ――シャーロットとオリバーが動いた。
カノープスは二騎に檄をとばす。
「シャーロットさんオリバーさん20騎を外側から牽制して中央に寄せてください。網に掛けます。」
「了解!」
二人は20騎の突撃列の外側から鮮やかに騎馬で回り込むと、まだ穂先に革カバーがついたままの訓練用(あるいは生け捕り用)の槍を鋭く突き出した。
ドンッ! ドカァンッ!
流石は騎士団の精鋭、相手のコーションの上から力技で衝撃を叩き込み、一瞬にして4人の騎兵を馬上から突き落とす。残り16騎。
そのままシャーロットとオリバーの二騎は並走して走る。
そんな乱戦の最中、前物見席に陣取るハダルは、持ち前の直感で奇妙な違和感を覚えていた。
(……おかしい。いくら奇襲とはいえ、突撃が猪突猛進過ぎない……?)
ハダルは咄嗟に振り返り、馬車の後方に広がる広大な荒野へと視線を向け、固有スキル【千里眼】を発動させた。視界が急速に拡大され、陽炎の向こう側を捉える。
「――ッ! 中尉! 後方より、さらに騎馬3騎、猛スピードで接近中!」
「何だと!?」
ハダルの報告を受け、カノープスの脳細胞が火花を散らす。
(なるほど、正面の20騎はただの囮……! 本命はあの後方の3騎。おそらく、こちらの防衛線を一撃で突き破るレベルの手練れだ!)
その間にも、前衛の影からゼンビヤ魔法学園の代表、アークウィザードのジョーンズとメアリーが同時に杖を掲げた。
「「【スリープ】!!」」
最高位の魔導士二人が放つ広域睡眠呪文は、並の術者のそれとは格が違った。残る16騎が必死に維持していたコーションの防壁をものともせず、膨大な魔力の呪縛が彼らを強引に深い眠りへと引きずり落としていく。次々と落馬する襲撃者たち。
しかし――そのうちの2騎だけが、恐るべき精神力で【マインドリセット(精神回復)】を発動し、呪縛を強制解除した。彼らは目にも留まらぬ速さで馬を走らせ、スピカとベガの乗る『一等一号馬車』へと一直線に肉薄する。その手には【スリープ】の魔法スクロール(巻物)が握られていた。
(こっちの囮部隊にも手練れを混ぜていたか……! あの身のこなし、隠密系のジョブ(忍者)だな!)
カノープスが迎撃に向かおうとした瞬間、1騎は馬車を護衛していた王宮のパラディン二騎によって阻まれた。だが、もう1騎の忍者が自らの馬を容赦なく捨て、凄まじい跳躍でスピカたちの馬車の御者席へと飛び移ったのだ。
忍者は一瞬にして御者を眠らせて蹴り落とすと、その手綱を奪い取り、馬車ごとスピカたちを連れ去ろうと試みる。
「――悪いなぁ。この馬車に乗っているのは、お姫様だけじゃあなくてね」
「なっ……!?」
手綱を握り直そうとした忍者の背後に、いつの間にか、陽だまりのような爽やかな笑顔を浮かべた巨躯の男が立っていた。サムライ、アルタイル・バロワである。
忍者は驚愕し、苦し紛れにアルタイルの至近距離から精神干渉スキル【金縛り】を試みた。だが、アルタイルはただフッと息を吐き、基本の【コーション】を発動させただけで、その強力な呪縛をパキィンとガラスのように弾き飛ばした。
「じゃ、ちょっと眠っててよ」
無駄のない滑らかな動きから放たれた、アルタイルの鋭い手刀が一閃。それだけで、忍者は声も上げずに崩れ落ち、完全に無力化された。
だが、安堵する時間はなかった。
「――来ます!!」
ハダルの叫び声と同時に、後方から迂回してきた例の「精鋭3騎」が、20騎の戦闘とは完全に反対側の側面から、猛烈な速度でスピカたちの『一等一号馬車』へと迫っていた。
(ハダル君が早くに見つけてくれたおかげで、こちらの配置換えの時間が稼げた……!)
カノープスはスピカたちの馬車の屋根上へと目にも留まらぬ速さで飛び移ると、眼下の精鋭3騎を見据えて迅速に指示を出した。
「あの3騎は桁違いの手練れです!パラディン以外は下がってください! ――オリバーさん、シャーロットさん、左の騎士を足止め! シーパラ男爵、デルバ男爵、右の騎士をお願いします! ……そしてアルタイルさん、あなたは真ん中の騎士を!」
「えっ!? ちょっと待ってカノープス君、真ん中の奴、一番デカくて一番強そうなんだけど、俺一人で相手すんの!?」
アルタイルが珍しく本気でボヤくが、カノープスはその声を完璧にスルーして次の指示へ移る。
「ジョーンズさん、メアリーさん! 援護の呪文を! プリースト(聖職者)の皆さんは、前衛5人への【バフ(能力強化呪文)】をお願いします!」
「ふん、カノープス君! 僕らアークウィザードの二人にかかれば、前衛の手を煩わせるまでもなく終わらせてみせますよ!」
ジョーンズがメガネを押し上げ、不敵に笑う。魔法の射程距離にその3騎が侵入した瞬間、ジョーンズとメアリーは杖の宝珠を最大級に発光させ、渾身の呪文を唱えた。
「「――【スリープ】!!」」
周囲の大気が歪むほどの膨大な魔力が、黒い呪縛の霧となって3騎の騎士を包み込む。誰もが勝利を確信した――しかし。
不気味な、泥と血で汚れた鎧に身を包んだ3騎の騎士たちは、手綱を握る手を緩めることすらなく、ただ単に【コーション】を発動しただけで、その最高位の睡眠呪文を「霧を払うように」いとも簡単に弾き返したのだ。
「な、何だと……!? アークウィザードである僕たちの全力の呪文を……ただの汎用スキル(コーション)のみで弾くだと……!?」
ジョーンズが信じられないものを見たように驚愕の声を上げる。
さらに恐るべきことに、左右の騎士は、プリーストたちのバフでガチガチに強化されていたはずのギルマッシュのオリバーたち、そして王国の男爵騎士4人を、凄まじい馬体の突進と一振りだけで、まるで紙屑のようにたやすく弾き飛ばしてしまった。
「くっ……!」
かろうじて、中央の騎士が振り下ろした大剣の重厚な一撃だけは、アルタイルが愛刀の鞘で辛うじて受け止めた。しかし、受け止めたアルタイルの足元の大地がミリミリと沈むほどの怪力。そこへ、左右の騎士がアルタイルを挟み撃ちにするべく、凶悪な武器を構えて迫る――!
アルタイルの防衛線が突破される、そう思った刹那だった。
「――【クリエイト・ヘビーウォール(堅牢なる土壁)】!!」
馬車の扉が勢いよく開き、飛び出してきたスピカとベガ様が、全く同じタイミングで防御呪文を同時展開したのだ。
ズズズズンッ!!
アルタイルの左右の地面から、重厚な石の壁が突き出し、迫り来る左右の騎士の進路を完璧に遮断してアルタイルを守る。
「スピカ君、ベガ様……!」
アルタイルが目を見張る。
「――今だ!! デネブさん、お願いします!!」
馬車の屋根上から、カノープスが待機させていた「切り札」の名を叫んだ。
デネブ・アーテュス。
流れるようなブロンドの髪に、冷徹なまでの美しさを湛えたブルーグレーの瞳。メレンヘア学園四天王美女の一人であり、生徒会書記を務める彼女は――。
前衛で盾となっていたルスカ副会長の巨大な体躯の影から、静かにその姿を現した。
彼女の周囲では、ジョーンズたちのものとは比較にならないほどの、文字通り「次元の違う」凄まじい密度の魔力が、パチパチと空間を焦がしながら、今まさに狂暴な咆哮を上げんばかりに練り上げられていた。
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