第ニ部 第7話:少女の純真と、影たちの新たなチェス盤
ゼンビヤ魔法学園の代表、ジョーンズが放った鋭利な刃のごとき追及。
しんと静まり返り、誰もが息を呑むような緊迫した空気に包まれた食堂のなかで、上座に座る第一王子シリウス・ランスターは、一切の動揺を見せることなく、酷く静かに返答した。
「――ジョーンズ君。君は、今回の我が国の方針について……『実(利益)』よりも『信(信用)』を取るべきだ、というのかな?」
「その通りでございます」
ジョーンズは短く、だが退かぬ意思を込めてパチリとメガネの奥の目を光らせた。
他国の包囲網と同調し、帝国へ情報開示を迫ることが世界の「信用」に繋がる。それをしない我が国の姿勢は、国際的な孤立を招きかねないという主張だ。
シリウスは、ジョーンズのその真っ直ぐな双眸を見つめ返し、さらに言葉を返した。
「ジョーンズ君の言う通り、目先の利益よりも世界の信用をとるべきだという考えは、国家のあり方として誠に正しいと思う。……しかしながら。今回、我々が他国を化かしてまで得ようとしている『実』は、最終的にこの世界全体の安寧(平和)に繋がっていると、私は考えている。同時に、たとえ一時的に世界の信用を失おうとも、我がミルキーウェールズ王国が、絶対に守り抜かなければならない大切な『何か』なのだと、私は信じている」
シリウスの言葉に宿る、圧倒的な王の威厳と、何かを必死に背負う覚悟。
その「大切な何か」が、他ならぬ自分達(聖女の血を引く存在や聖女の可能性がある候補者達)のことだとは露ほども知らないスピカは、ただシリウスの横顔をじっと見つめていた。
「ジョーンズ君、君の我が国を憂う進言、誠に痛みいる。だが……今回は私を信じて、我々生徒会の方針に賛同してもらえないだろうか」
シリウスが優しく、だが有無を言わせぬ調子で締めくくると、ジョーンズも含めた他校の代表たちは、その器の大きさに気圧され、誰もが「……はい」と賛同しかけた――その時だった。
「――あの! 私からも、一つ意見を申してもよろしいでしょうか?」
食堂の片隅から、元気よく、けれど少し緊張で震えた声が上がった。
全員の視線が一斉にその声の主へと向かう。泥のついた運動着ではなく、学園の制服に身を包むメレンヘア学園生徒会庶務――スピカだった。
シリウスは驚きに少しだけ目を見張ったが、すぐにいつもの慈愛に満ちた笑みを浮かべた。
「構わないよ。スピカ君、言ってみなさい」
「ありがとうございます」
スピカは深く息を吸い込み、昨日から必死に頭に詰め込んだ、歴代の聖女たちの凄まじい歴史を思い出しながら言葉を続けた。
「殿下が、その……国にとって『大切な何か』を、必死に守ろうとされているのはよく分かります。でも、それって……本当に我が国だけで、隠れてコソコソ守らなければならない物なのでしょうか? いっそのこと、世界にぜんぶ公表してしまって、世界中のみんなで一緒に守ってもらう、ということは出来ないのでしょうか?」
「なっ……!?」
スピカのあまりにも純真で、国際政治の常識を無視したド直球な発言に、ジョーンズをはじめとする他校の精鋭たちが絶句する。
しかし。その席から少し離れた場所でカノープス中尉は――雷に打たれたかのような凄まじい衝撃を、その脳内に受けていた。
(――ッ!? 待て……今、スピカ君は何と言った……!?)
トップエージェントとしてのカノープスの天才的な頭脳が、超高速でスピカの言葉を政治的戦略へと翻訳し始める。
(『聖女』という究極のカードを、我が国だけで独占して保護するのではない。今回の件をあえて公表し、聖女の存在を『世界の公益事項』……つまり、全人類が共有し保護すべき不可侵の存在として定義する。そして――その保護の仕組み作り(国際機関)の中心に、我がミルキーウェールズ王国が就く……!!)
カノープスの瞳の奥に、密偵としての鋭い光が宿る。
(もしそれが実現すれば、全世界の目が聖女に注がれることになる。全世界が保護する聖女に対してであれば、あのロメーダ帝国といえども、下手に暗殺や強奪といった暴挙に出ることは絶対に不可能。スピカ君やベガ様聖女候補の安全を完璧に確保しつつ、我が国は国際社会を主導する立場として、圧倒的な『信(信用)』をも得ることができる……!!)
「……っ」
カノープスは、驚嘆の目でスピカを見つめた。
政治を童話レベルでしか語れなかった少女が、まさか、国家の化かし合いを根底からひっくり返すウルトラCの解答を導き出すとは。
しかし、この素晴らしい戦略には、一つだけ致命的な問題がある。
それは、我が国が『賢者の書』を盗み見たことを露見させないため、ミルキーウェールズ側からこの事実を公表することは絶対にできない、という点だ。あくまでも、公式に書を管理しているロメーダ帝国側から、自発的に公表させなければ意味がない。
(なら――その状況を、こちらの外交で引きずり出せばいい!)
方針は決まった。
カノープスは平凡な少年のポーカーフェイスを保ったまま、スッと手を挙げ、静かに切り出した。
「――殿下。私からも、意見を申してもよろしいでしょうか」
「頼む」
シリウスは短く、だがカノープスの意図を察したように深く頷いて返答した。
カノープスはその言葉に応じ、長テーブルの全員に聞こえる明確な声で告げた。
「ここは、当初の方針からの『大きな方向転換』となりますが――我々メレンヘア生徒会も、他国と同調し、帝国に対して賢者の書の情報開示を真っ向から求めるべきだと考えます」
「な……方針を変えるというのか、チュワートス君!?」
ジョーンズが驚いて声を上げるが、カノープスは冷徹に言葉を重ねる。
「ええ。そして、我々の要求によって帝国が追加項を情報開示せざるを得なくなったその瞬間。我がミルキーウェールズ王国が真っ先に声を上げ、それを『世界の公益事項』として指定。その保護の仕組み作りを、我が国が中心となって国際社会へ提案・先導するのです。……そうすれば、我が国はジョーンズ君の言う『信』を最大限に得られるだけでなく、情報開示によって発生するリスクを無効化し、帝国の野望を完全に挫くことができると考えます」
カノープスが見事に組み立て直した完璧な戦略を聞き、生徒会室の頭脳陣――ベガもデネブも、そして追及していたジョーンズすらも、そのあまりに鮮やかな逆転の布石に言葉を失った。
最上席のシリウス王子は、フッと満足そうに唇を歪めると、カノープス、そしてスピカへと視線を向けた。
「――カノープス君。私も、全く同じ意見だ。素晴らしい方針の修正だよ」
「勿体なきお言葉です」
カノープスは慇懃に頭を下げた。スピカは自分の言ったことがなんだか凄い作戦になって採用されたことに、「え、ええ?」と目を丸くして戸惑っている。
緊迫していた夕食の席は、スピカの純真な一言と、カノープスの天才的な手腕によって、一気に向かうべき勝利のビジョンへと統一された。
誰もが我が国の未来を背負う生徒会執行部の底知れなさに感動し、静かな興奮が場を包み込もうとした――その時。
ドスン、とワイングラスを置いて、それまで腕を組んで黙っていたあの男が、重く、地響きのような口を開いた。
「――なるほどな。ならば……我が国は今後、多くの『くノ一』が必要になるな」
重厚にして厳格、一切のブレがない鋼鉄のプライド――聖騎士ルスカ副会長の発言であった。
「…………え?」
本日二度目となる、スピカの思考停止。
国際機関の設立や高度な情報戦の方針が決まったこの状況で、なぜ、どうして、ルスカ先輩の脳内では「たくさんのくノ一を集める」という斜め上の結論に至ってしまったのか。
しかし、ルスカ副会長の表情はどこまでも大真面目で、宇宙の真理を悟ったかのような威厳に満ちている。その圧倒的な「脳筋の押し売り」の前に、誰もそれ以上突っ込むことはできなかった。
「……ぷっ」
隣で、前物見席から戻ってきていたハダルちゃんが、気まずそうに口元を押さえて震えている。
こうして、ルスカ副会長のズレにズレまくった最後の言葉によって、妙な形で場は鎮まり、初日の不穏な火種は完璧に消化されたのだった。
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