生徒会室にご同行下さい。
エキティカの泰平を象徴するメレンヘア学園。その静かな湖面に、一石が投じられようとしていた。
生徒会室。
カノープスが提出した新たな報告書を、生徒会長シリウス・ランスターは満足げに眺めていた。
「ふむ……。好きな食べ物はカレー。適性ジョブはアークプリースト、か」
シリウスは満足げに口角を上げ、羽ペンを置いた。
「よし、決定だな」
1. 運命のくじ引き
スピカが編入して二日目の朝。教室には、まだどこか落ち着かない空気が漂っていた。
「おはようございます」
教壇に立った教師が、穏やかに微笑む。
「スピカ・マセット君。まだ二日目だが、この学園はどうかな?」
「はい。まだわからないことも少なくありませんが、皆様が親切にしてくださるので、心配はありません」
スピカが丁寧に答えると、教師は「それはよかった」と頷いた。
「さて、この学園の生徒は全員、いずれかの委員会に入ってもらう決まりだ。たしか、この学年は二つ空きがあったな。図書委員と、もう一つは……なんだったかな?」
教師は二枚の紙片をいれた箱を差し出した。
「スピカ君、それからモブ君。くじを引いてくれ」
(私、本が好きだから図書委員がいいな……!)
スピカは祈るような気持ちで、箱の中の紙を取り出した。しかし、そこに書かれていた文字は、彼女の希望とは程遠いものだった。
『魔法生物飼育委員』
「……いやな予感しかしまセーーん」
スピカの呟きも虚しく、教師が告げる。
「はい。ではスピカ君は魔法生物飼育委員、モブ君は図書委員だ。放課後、それぞれ生物飼育室と図書館へ行って説明を聞くように。ああ、スピカ君。生物飼育室へは運動着に着替えていくんだぞ」
「運動着……?」
嫌な予感は、確信へと変わりつつあった。
2. 筆頭魔法生物、現る
「あー、一般教科って大変……」
放課後。スピカは机に突っ伏していた。隣では友人のクレア・シャーマルが苦笑している。
「スピカは適性ジョブがアークプリースト候補だから、基本のプリースト授業は私と一緒ね。あちらの方は大丈夫?」
「ええ、小さな頃から牧師様に教えを頂いているから、なんとか……。でも一般教科は、叔母様に半年間家庭教師をつけていただいたけど、やっぱり追いつくのが大変だわ」
「大丈夫よ、わからないことがあったら私たちが教えるわ」
「ありがとう、クレア」
そんな会話を終え、スピカは重い足取りで飼育委員会の生物飼育室へと向かった。
「ようこそ、魔法生物飼育委員会へ! 僕は委員長のサム・ペンサーだ」
扉を開けるなり、魔法生物を愛してやまない生徒、サムが熱烈な歓迎を見せた。
「君も魔法生物の美しさ、気高さに惹かれてこの委員会に入ったんだね?」
「いえ、そういうわけでは……」
「紹介しよう! 我が学園の筆頭魔法生物――ミスター・トグへもんだ!」
そこには、見覚えのある奇妙な生物が鎮座していた。
「存じております……」
「やー、スピカちゃん。また会ったね」
トグへもんが気安く声をかけてくる。
サムは恍惚とした表情でトグへもんを指差した。
「見てくれたまえ! このミスター・トグへもんの美しいフォルム、機能美を!」
「いやー、それほどでも」
「我が委員会の仕事は主に、魔法生物たちに食事を支給することにある。活動は週に一度。まずはミスター・トグへもんの食事が最優先だ!」
スピカは恐る恐る尋ねた。
「あの……ミスター・トグへもんはいったい何を召し上がるのですか?」
「それはね――」
サムが見覚えのあるシャンプーハットローブを被せて、答えるより早く、トグへもんが口を「かぽっ」と開けた。
「えっ」
「いただきまーす」
「ひーっ!」
トグへもんはスピカの頭部をパクりと咥えると、レロレロと舐め回した。
「魔法生物の食事は主に『魔力』だ。君の魔力が彼らの糧となる。一回の食事で一週間は大丈夫だよ」
パカ
「本当は僕、昨日の適性診断の時に君たちの魔力を少しいただいたから、あんまりお腹空いてなかったんだけどね」
(おい……!)
スピカの引きつった顔を見て、サムが気を利かせたように言った。
「本来なら今週は僕が捧げたかったんだが、新入会の君のために遠慮したんだ。さあタオル、シャワーを浴びておいで!」
「遠慮なさらなくても良かったです……」
3. 青天の霹靂
委員会を終え、スピカが廊下を歩いていると、女子生徒たちの黄色い声が聞こえてきた。
「あっ、見て! 生徒会長のシリウス殿下よ」
「嗚呼、今日も麗しいわ……」
その中心で、シリウスは光を背負うように歩いていた。
(生徒会長最高、生徒会長最高、生徒会長最高……! 生徒会長になって本当に良かった!)
内心でそんな叫びを上げているとは露知らず、シリウスは優雅に笑った。
「はーっはっは!」
スピカが校門近くの掲示板を通りかかると、人だかりができていた。
「あーあ、あの娘、ちょっといいなと思ってたんだけどな」
「王子のハーレムに組み込まれたか……」
嫌な予感がして掲示板を覗き込むと、そこには特大の告知が貼り出されていた。
『スピカ・マセットを生徒会庶務に任ずる』
「えっ、生徒会庶務!?」
そこにクレアたちが駆け寄ってくる。
「ちょっとスピカ、あなた凄いわ! 生徒会役員といったら学園の憧れの的なのよ!」
「そ、そんなにすごいの?」
「みんな上級貴族の出で、上級職ばかりよ。まず筆頭は生徒会長のシリウス殿下。容姿端麗、頭脳明晰、この国の第一王子で、適性ジョブは魔法剣士」
「続いて、副会長のルスカ様。プライドだけは鋼鉄よ! 適性ジョブはパラディン!」
(プライド鋼鉄って……)
「書記はデネブ・アーテュス様。魔法庁長官アーテュス侯爵令嬢で、学園四天王美女の一人よ。美貌はもちろん成績優秀で殿下の幼なじみ。生徒会ではあの殿下も頭が上がらないらしいわ! 適性ジョブはアークウィザード」
(四天王美女?)
「会計はベガ・ドウィン様。彼女も学園四天王美女の一人。言い寄る男子生徒を何人も撃沈している鋼鉄の令嬢ね」
(鋼鉄多いわね……)
「適性ジョブはなんとアークプリーストと薬剤師。スピカと同じ授業を受けるんじゃないかしら。ちなみに学園四天王美女はもう一人いて、最後のひとつは空席よ!」
(空席だったら御三家美女とかで良いのでは?)
「そして最後の一人は……」
「私、生徒会庶務。カノープス・チュワートスと申します」
「――ひっ!」
背後から突然響いた声に、スピカは飛び上がった。いつの間にか、中肉中背の、いわゆる見た目はごく普通の少年がそこに立っていた。
「ミス・スピカ・マセット。生徒会長がお呼びです。生徒会室にご同行下さい」
4. 招かれざる編入生?
生徒会室。重厚な扉の向こうでは、火花が散っていた。
「会長! どういうことでしょうか?」
書記のデネブ・アーテュスが、シリウスを問い詰めていた。
「なんのことだ」
「新しく任命された庶務のことです! いささか軽率ではありませんか? 編入したてで右も左もわからぬ者に、役員が務まるとは思えません」
「私は構いませんわ。人手が足りませんもの」
会計のベガが涼しい顔でフォローを入れる。
コンコン、と控えめなノック音が響いた。
「失礼します。編入生を連れて参りました」
「カノープス君か。デネブ書記、議論は後にしよう。……入室を許可する。丁寧にご案内願うよ」
扉が開き、カノープスに導かれてスピカが入室した。……が、その後ろになぜか、先ほど図書委員になったはずの「モブ君」も付いてきていた。
(……だから誰だよ、こいつ!)
シリウスは内心で毒づき、カノープスを振り返った。
「あのー、カノープス君。わかってやってる?」
「申し訳ございませんが、ご退室願います」
ベガに促され、モブ君は無言で退場していった。
気を取り直して、シリウスは椅子に深く腰掛け、スピカを見据えた。
「やあ、初めましてではないね、ミス・スピカ・マセット。改めて自己紹介させてもらうよ。この学園の生徒会長、シリウス・ランスターだ」
(えっ、あの時のハンサムさんが生徒会長……ということは、この国の王子様!)
スピカは慌てて頭を下げた。
「はい。先日は殿下とは知らず、失礼いたしました」
「君には今日から生徒会庶務として、この学園のために尽力してもらう」
「大変光栄ですが……なぜ、私なのですか?」
スピカの純粋な問いに、シリウスは不敵に微笑んだ。
「そうだなぁ。僕の『勘』かな?」
(ここも曖昧だわ!)
スピカは食い下がった。
「では! 今日任命された『魔法生物飼育委員』は、辞退してもよろしいでしょうか?」
「いや。そこは兼務で!」
「兼務かーい!」
こうして、スピカの多忙すぎる学園生活が幕を開けたのである。
挿し絵(予定)も含めて色々思考錯誤しています。
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