第二部 第2話:白馬の騎士は鋼鉄の美女、そして動き出す世界の天秤
どう見ても健全な全年齢対象の少年漫画には不適切極まりない、ぬらぬらと蠢く触手魔法生物を前にして、スピカは地下温室が震えるほどの絶叫を上げた。
「――っっっっ絶対にイヤです!!!!!!!!!」
だが、スピカの全身全霊をかけた猛烈な拒絶の叫びを前にしても、魔法生物飼育委員長であるサムのビジネススマイルは一切ひるまなかった。好奇心に満ちた瞳を冷徹に光らせ、淡々と言葉を重ねる。
「スピカ君。この『いもづる姫』への魔力提供はね、我が委員会の義務であり、誰かが必ずやらなければいけない大仕事なんだよ。僕は、保有する魔力量が桁違いである『アークプリースト(高位聖職者)』の適正を持つ君こそが、最も適任であると考える。……それにね、これは民主的な多数決によって厳正に決まったことなんだ」
「数の暴力です!!! 民主主義の悪用です!!」
スピカが涙目で猛烈に反対するも、サムはどこか悲しげに、わざとらしく視線を落として大きなため息をついた。
「考えてもみたまえ。もし、僕らが彼女への魔力提供を怠ったら、一体どうなると思う?」
「……ど、どうなるんですか?」
恐る恐る問い返すスピカに、サムは芝居がかった調子で寂しげに呟いた。
「悲しいことに……いもづる姫は、ただの『普通のさつまいも』に戻ってしまうんだ」
「そんなもん!! 今すぐ普通の植物に戻しましょうよ!!! 今日の晩ご飯の天ぷらにでもしましょう!!!」
スピカはここぞとばかりに猛烈な進言を叩きつけたが、サムは「駄目だ!」と激しく首を横に振った。
「貴重な魔法生物を、僕の代で絶やしてしまうなんて飼育委員長のプライドが許さない! それに――僕はね、あの美しくも妖艶な『いもづる姫』が、生きた獲物をその触手で捕え、じわじわと捕食する尊い姿をこの目で拝みたいんだ!」
「獲物って!誰ですか!? それに先輩、今、思いっきりスゲー強烈な本音漏れてます!! 変態のそれです!!」
スピカが激烈なツッコミを入れるも、もはや欲望を隠さなくなったサムと、特等席で見学していた他の男子委員たちが、じりじりと距離を詰めてキャットウォークの上でスピカを包囲していく。
「さぁ、観念したまえ、スピカ君!」
「君が魔力を提供するしかないのだよ!」
「さぁ!」
「さぁ……!」
「いやあああぁぁぁーーーっ! 誰か助けてーーーっ!!」
まさに絶体絶命、スピカの貞操と精神がにゅるにゅるの奈落へと突き落とされる寸前――その時、誰もが予想だにしない形で「白馬の騎士」が現れた。
――ドンッ!!!
「ぶふぇっ!?」
鈍い衝撃音と共に、委員長のサムの背中に容赦ない一撃(物理)が突き刺さる。
悲鳴を上げる間もなく、サムはキャットウォークから、蠢くいもづる姫のど真ん中へと真っ逆さまに突き落とされた。
「あ、あ、あああぁぁぁーーーっ!? い、いもづる姫さまぁぁぁーーーーっっ!!」
当然、突如として降ってきた「極上の魔力源」を、不適切魔法生物が見逃すはずもない。粘液に塗れた無数の蔓が一斉にサムへと群がり、彼の全身をにゅるにゅると絡めとっていく。サムの恍惚とした、あるいは絶望に満ちた断末魔が温室に響き渡った。
(※これ以降の描写は、全年齢対象の小説として著しく不適切な表現が含まれるため、読者の精神衛生上の配慮から全面割愛させて頂きます)
呆然と立ち尽くすスピカの前で、サムを突き落とした「白馬の騎士」が静かに佇んでいた。
艶やかな黒髪のロングヘアをなびかせた、冷徹なまでの美女。
メレンヘア学園生徒会会計――ベガ・ドウィン。
学園四天王美女の一人に数えられ、その美貌に釣られて言い寄ってきた男子生徒たちを数知れず物理的・精神的に撃沈してきた、通称『鋼鉄のアークプリースト兼薬剤師』である。
ベガは、触手の餌食となっているサムには一瞥もくれず、スピカに向けてクールに言い放った。
「――スピカ庶務。生徒会役員の緊急招集よ。今すぐ生徒会室に行くわよ」
「は、はいっ! ありがとうございますベガさん! まさに九死に一生、絶体絶命でした……っ!」
涙目で感謝を述べるスピカに対し、ベガはツンとそっぽを向いて冷淡に返した。
「勘違いしないで。私は別に、貴方を助けたわけではないわ。会長からの緊急招集の時刻が迫っていたから、邪魔者を排除しただけよ」
流石は鋼鉄の美女、身内にも容赦がない。
スピカは温室を出て廊下を急ぎながら、ずっと気になっていた疑問をベガへとぶつけてみた。
「あの……ベガさん。あの物騒で不適切な魔法植物、なんで学園はわざわざ地下で飼育してるんでしょうか?」
スピカの素朴な問いに、ベガは表情一つ変えずに淡々と答えた。
「いもづる姫の葉、根、そして蔓。その全てが、高位の魔法薬の極めて貴重な原料になるのよ。……現に私も、過去に薬材を提供してもらう見返りとして、彼女に魔力を提供したことがあるわ。終わった後、なぜか男子生徒が山ほど見学に群がっていたけれどね」
「…………え?」
一瞬、スピカの思考が完全にフリーズした。
あの植物に。穴という穴から、にゅるにゅると。あの四天王美女であるベガ先輩が。
スピカは背筋にドッと不気味な冷や汗をかきながら、引きつった笑みを浮かべて返した。
「あ、あの……ベガさん? 四天王美女様ともあろうお方が、それ、色んな意味で色んなところで『不適切』じゃあなかったでしょうか……?」
「気にしないわ。必要な犠牲よ」
ベガは風のようにクールに言い放ち、スタスタと歩を進める。その圧倒的な割り切り方に、スピカは(この生徒会、まともな人が一人もいない……!)と内心で頭を抱えるしかなかった。
◇◇◇
スピカたちが生徒会室の重厚な扉を開けると、室内にはすでに独特の緊張感が漂っていた。
生徒会長のシリウス、書記のデネブ、そして副会長のルスカ、庶務のカノープスも、各々の指定席に着席して二人を待っていた。
「あ、遅れてすみま……あ」
席に着こうとした瞬間、スピカは自らの格好に気づいて硬直した。
周りの役員たちは皆、凛とした完璧な制服姿。対する自分は、魔法生物飼育委員用の、いささか泥のついた野暮ったい『運動着』のままである。
(あ、詰んだ。私だけ場違い感が半端ない……!)
恥ずかしさのあまり消え入りたくなっている運動着のスピカをそっと視線で促し、着席したのを確認すると、上座のシリウスが厳かに口を開いた。
「――よし、みんな揃ったようだね」
一瞬にして、室内の空気が「国家の最高機密会議」のそれへと変貌する。
「すでに知っている、あるいは察している人もいると思うが……今度、リンデア王国の港湾都市ゾウムハーバーにて『国際学園サミット』が開催されることになった」
シリウスの言葉に、デネブとルスカが静かに頷く。
「このサミットは、エキティカ七ヶ国の王子や、将来それぞれの国を担うであろう有望な若きエリートたちが一堂に会する催しだ。本来であれば、先人たちが世界平和を担う若者たちの交流のために設けた純粋な場ではあるのだが……今回はそうはいかない。あのロメーダ帝国の現皇帝、レグルスも参加することが決定した」
シリウスの瞳に、冷徹な政治家としての鋭い光が宿る。
「レグルス皇帝が自ら動く以上、今回のサミットは間違いなく荒れ、各国の思惑が激突する戦場になることが予想される」
静まり返る室内に、ベガが静かに言葉を挟んだ。
「――例の、噂の『賢者の書』についてですか? 殿下」
「あぁ。その通りだ」
シリウスが重々しく頷く。
「帝国が秘密裏に独占し、何かを隠蔽しようとしている『賢者の書』の最新ログ。この極めて危険な議題に関する、我がミルキーウェールズ王国としての方針を、ここで役員全員ですり合わせ、話し合おうと思う」
シリウスのその言葉を皮切りに、生徒会室では一般の学生には決して聞かせられないような、高度な情報戦の応酬が始まり――。
(……けんじゃのしょ、って……何だっけーーーーー。)
世界を揺るがす壮大な国家機密の真ん中で、一人だけついていけず、場違いな運動着のまま心の中で激しく白目を剥くスピカだった。
※ 【賢者の書】――大国ロメーダ帝国が管理する、これまで世界を襲った数々の大災害や災い、そして奇跡の到来をことごとく予言してきた、世界の絶対指標。
スピンオフ「忍者エージェントカノープス 賢者の書の秘密」参照
(第2話・終わり)
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