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ご先祖様が聖女様かどうかも疑わしい私が王子様達の獲物にされてます。  作者: クワトロばなな


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21話 忍者の罠

あちこちで前代未聞の熱狂と混迷を巻き起こした学園祭も終わり、メレンヘア学園は表向きの平穏を取り戻そうとしていた。

夕刻の柔らかな光が差し込む廊下で、カノープスはぼんやりと佇んでいた。

その脳裏に去来するのは、あの一夜の記憶――学園祭の喧騒の裏、凍えるような夜の庭園で、後輩のくノ一であるハダルがくれた優しい温もりだった。寒さに震える自分を、隠密用の忍者壁紙で包み込んでくれた彼女の健気な瞳。

カノープスは、静かに拳を握りしめた。

(……今こそ、狂ってしまった歯車を元に戻すチャンスだ)

カノープスの家系は、代々ミルキーウェールズ王家を表裏から支えてきた名門の隠密家系である。

表の顔としては、洗練された外交の調整役。しかし裏の顔としては、国家の安寧を揺るがす脅威を闇に葬る諜報活動の幹部機関。カノープス自身もまた、若くして国の命運を握る諜報活動に携わってきた本物の「エージェント」だった。

かつての彼は、そうだった。

次期国王たるシリウス王子にその才能を見出されて以来、カノープスは彼に心酔し、国家と主君のために一心の忠義を捧げてきた。いかなる過酷な任務であっても、冷静冷徹に、機械のように完璧にこなしてきたはずだったのだ。

――あの少女が、現れるまでは。

スピカ・マセットがこの学園に編入してきたあの日から、カノープスの精緻な歯車は狂い始めた。

不本意ながら、最初に出会ったあの集会室控えで彼女の瑞々しく美しい肢体を目撃してしまった瞬間から、カノープスは自分でも理解のできない未知の感情に支配されていた。

(彼女を、誰にも渡したくない。誰の目にも触れさせたくない、汚されたくない――)

その狂おしいほどの感情は、あろうことか、己が命を捧げたはずのシリウス王子にさえ牙を剥いた。

あの日も、自分は完全に狂わされていたのだ。

「スピカの動向に不審な点があれば王子に報告する」――それが、シリウスから直々に下されていたカノープスの任務だった。

あの日、彼女は裏庭で一人きりになった。本来ならば、ただその事実を王子に報告すればそれで任務は完了するはずだった。

しかし、カノープスの歪んだ心がそれを拒んだ。

王子を彼女に近づけさせたくない。二人を引き合わせたくない。

その一心で、カノープスはわざと王子をモブ・デュランの元へと誘導して時間を稼ぎ、その隙にスピカのいる裏庭の頭上に罠を仕掛けたのだ。王子の足元に花瓶を落とし、「これ以上進むな」と無言の警告を与えるために。

だが、焦りは致命的な計算違いを生んだ。

――ガシャァン!!

あろうことか、落とした花瓶は王子の脳頭部にクリティカルヒットしてしまったのだ。

生々しい衝撃音と共に崩れ落ちた主君を見て、カノープスは血の気が引いた。もし王子がこのまま死亡、あるいは再起不能になれば、待っているのは「王族暗殺」という一族郎党巻き込んでの極刑である。己の嫉妬が招いた事態の重大さと、主君をその手で手にかけてしまったという恐怖に、影の暗殺者は激しく震えた。

そんな彼と王子を救ったのは、スピカが起こした「奇跡」だった。

彼女の放った規格外の魔力の奔流が激しく王子を包み込み、その傷を一瞬で全快させたのだ。

(彼女がまさか…)

皮肉なことに、彼女を王子から遠ざけようとして仕掛けた花瓶の一件は、結果として彼女と王子を急接近させる決定的な引き金となってしまった。

その後も、彼女にシリウスが、あるいはリゲルが近づくたびに、カノープスの心はさざなみのように激しく揺れ動いた。その嫉妬と罪悪感のさざなみは、日々カノープスの心を鋭く抉り、苦しめ続けてきた。

そんな泥沼のような日々の前に、ハダルが現れたのだ。

「先輩は優しいし、学園一の凄腕忍者じゃあないですか。尊敬してます!」

真っ直ぐな言葉と、お守りと、あの夜の壁紙の温もり。彼女の純粋な好意だけが、カノープスの胸に立ち込めていた暗いさざなみを、静かに、優しく鎮めてくれた。

(僕は、ハダル君に報いなくてはならない。これ以上、彼女の想いを裏切るわけにはいかないんだ)

もう、スピカ・マセットへの身の程知らずな想いは封印すべきだ。

カノープスは、自らの内に燻り続けた暗い感情に、今度こそ明確な結論を出そうとしていた。

「……生徒会室へ行こう」

腕にまかれたハダルからの贈り物を優しく触れて確かめて

彼はぽつりと呟いた。

スピカへの歪んだ執着に決別を告げるため、そして狂った歯車を正し、一人の男としてハダルと向き合うために。

カノープスは影を払い、スピカの待つ生徒会室へと向かって、力強く歩みを進めた。

ep.21いかがだったでしょうか?

ep.1,ep.2で誰もが何で花瓶が降ってくんだよー。と突っ込んだ花瓶事件の犯人はカノープス君でした。

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