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ご先祖様が聖女様かどうかも疑わしい私が王子様達の獲物にされてます。【第一部完結済み 26話(忍者失格)まで】  作者: クワトロばなな


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116/117

第四部 第30話 凛々しき聖女(仮)と、崩れ落ちたポーカーフェイス

【賢者の書】に『ep.117』が刻まれてから26日目。

空からの厄災発生予想日まで、いよいよあと2日――。


シャオハイユの街全体が、緊迫した熱気に包まれていた。


東西南北を囲む巨大な城壁の壁面では、ミドルドア全土から集められた優秀な職人たちが、防水工事の最終仕上げを急ピッチで進めている。叩かれる打刻音や指示を飛ばす声が絶え間なく響き渡っていた。


南側の壁面には、津波に備えて引き上げられた救命ボートがずらりと一列に並べられている。


壁の上からその光景を見渡し、スピカは胸が熱くなるのを感じていた。


住人たちの避難が終わったこの街で、それぞれの人が、それぞれの立場と想いを胸に、街を守ろうと全力を尽くしている。


(……みんな、こんなにも一生懸命で……)


熱い想いに胸を打たれると同時に――ふと、昨日の撤退訓練の記憶が鮮明に脳裏へと蘇ってきた。


『ずっとこうしていたい』


空の上で耳元に吹きかかった熱い吐息。背中に伝わってきたシリウスの確かな体温と、腰を抱きすくめられた力強い腕の感触。


今まで彼が口にしてきた言葉は、どれも美麗で甘く、心をくすぐられるものばかりだった。けれど、どこか着飾られていて、どこか現実味が伴っていないように感じていたのも事実だったのだ。


けれど――昨日の言葉だけは、違っていた。


装飾のない、彼の本当の本心が零れ落ちたように思えたのだ。初めて肌で感じた、シリウスの偽りない本気。もし、あれが本当に彼の本心だとしたら――。


「……あいたっ!?」


思いに耽っていたスピカの頭上から、不意に冷ややかな声が降ってきた。


「あなた、何ニヤニヤしてるの?」


「(((!!!!)))」


声の主は、第二聖女候補のベガだった。


スピカは跳ね起きるように振り返り、自分の両頬をパチッと押さえた。


(えっ……!? 私、いまニヤニヤしてた……!? みんなが緊張感を漂わせて、街のために一生懸命働いている中で……私一人だけニヤニヤしてたの……!?)


血の気が引いたスピカは、すがるような思いでベガに尋ねた。


「そ、それ本当ですか……っ!? ベガ様っ!」


「ええ。思いっきりニヤニヤしてたわ」


ベガの容赦のない追撃。


(あ、ありえない……! 私、与えられた役割の重さから、各国のエリートの皆様からすごく注目されているのに……そんな中で一人ニヤニヤしてるなんて……ッ!)


羞恥心で爆発しそうになりながら、スピカは必死に頭を回転させた。


(ど、どうしよう……こんな時どうすればいいの……!?)


その時、スピカの脳裏に一人の少女の姿が閃いた。


(そうだ! ヴィンデミアちゃん……! いつも気高く、凛々しいヴィンデミアちゃんを参考にするのよ……!)


思い立ったスピカは、南壁を素早く歩き回り、一人海岸線を見つめているヴィンデミアを見つけ出した。


サファイアブルーの瞳をまっすぐに海へと向け、潮風に髪をなびかせる姿は、まさに凛とした美しさそのものである。


(やっぱり……! 凛としていて、すごく凛々しいわ……!)


真横から真剣な眼差しで横顔をじっと見つめてくるスピカに気づき、ヴィンデミアが不思議そうに眉をひそめた。


「……どうしたの、スピカさん?」


スピカはぐっと顔を引き締め、キリッとした表情(のつもり)でヴィンデミアに話しかけた。


「……もうすぐよね。津波」


「ええ。……私たちで守るのよ。この街を」

揺るぎないサファイアブルーの瞳が、スピカを力強く見据える。


(これよ! これこそが本物の『聖女』の顔だわ……!)


納得したスピカは満足そうに大きく頷いた。


「とっても参考になったわ! 頑張りましょうね!」


「……参考?」


怪訝そうに首をかしげるヴィンデミアを置き去りにし、スピカはすたすたと胸を張って歩き出した。


(ふふん、ヴィンデミアちゃんの顔を見て気合いが入ったわ! きっと今の私は、最高に凛々しく気品に溢れた顔をしているはず……!)


鼻息を荒くしながら歩いていると、後ろから自分を呼び止める厳かな声が響いた。


「――スピカ・マセット! ちょっといいか」


振り返ると、広げた地図を手に歩いてくる総指揮官――ロメーダ帝国皇帝レグルスの姿があった。


スピカはヴィンデミアから学んだ(つもりの)完璧な表情を維持し、慇懃にお辞儀を返した。


「何かご用でございますか、総指揮官…」


「……後ほど皆にも通達を出すが、お前には真っ先に知らせておくべきことだ」


レグルスは真剣な表情のまま、手にしていた地図を広げてスピカに見せた。


「防御壁の展開タイミングについて、一部変更がある」


「変更、でございますか?」


「ああ。当初は『第二防御ライン』での津波の高さを確認してから展開するとしていたが……これを『第一防御ライン』で津波の発生を確認した時点へと変更する。第一防御ラインから上がった信号弾が赤であろうと緑であろうと、確認次第、即座に防御壁を展開させる」


レグルスは地図の海岸線を指差し、熱を帯びた声で説明を続ける。


「最終防御ラインから千里眼を使える者が常時見張る故、信号弾を確認次第、余がお前に直接指示を出す。そうすることにより、幾らかの時間の余裕が生まれる。仮にここを放棄して退避することになったとしても、残されたお前の防御結界が津波の威力を衰えさせ、街への被害を幾らかは軽減してくれるはずだ」


真剣に作戦変更を語るレグルスの情熱的な横顔を見つめながら、スピカの頭の中には、昨日の出来事がふと思い浮かんでいた。


(……昨日の撤退訓練で、ジャンケンに負けてすっごく悔しがっていたレグルス陛下……。あの時、レグルス陛下もヤキモチをやいてくれていたのかしら……?)


そんな乙女な思考をスピカが巡らせているとも知らず、レグルスは真面目に説明を締めくくった。


「――以上だ。何か質問はあるか?」


「いえ、しっかりと理解いたしました」


凛々しい表情を保ったまま答えたスピカに、レグルスはふと説明の手を止め、真顔で尋ねた。


「……ところで、お前は何故先ほどからニヤニヤしているのだ?」


「(((つーーーーーーーっっっ!!!)))」


ヴィンデミア直伝(?)の凛々しい顔は全く作れておらず、結局終始ニヤけていただけだったのだ。


恥ずかしさのあまり真っ赤になり、いまや「穴があったら入りたい」どころか「城壁から飛び降りたい」状態に陥る第一聖女候補スピカであった。

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