第4部 第27話 最終作戦会議と、聖女の大号令
夕刻、沈みゆく陽光が城塞都市シャオハイユを茜色に染め上げる頃、その中央に鎮座する「シャオハイユ大議事堂」には、エキティカ大陸の未来を肩に背負う無数の精鋭たちが詰めかけていた。
巨大な円形の大講堂を埋め尽くすのは、大陸七ヵ国から集いし勇士たちである。
絢爛豪華な甲冑を纏う騎士、漆黒の法衣を滑らかになびかせる聖職者、魔導の深淵を覗く精鋭のアークウィザード、そして影に潜む忍びや諜報員たち。それぞれの胸中に去来するのは、いよいよ数日後に迫った「未知の厄災」への緊張と緊迫感であった。
重々しい静寂が会場を包み込む中、演壇の最上段に一人の男が踏み出した。
ロメーダ帝国皇帝――レグルスカ・ギャランディシュ
エメラルドの鋭い瞳を爛々と輝かせ、帝王の威厳を全身から漂わせるその姿に、広大な議事堂が一瞬で息をのんだ。レグルスは堂々たる立ち姿で場内を見渡し、重厚で力強い声を響かせた。
「――エキティカ七ヵ国の勇士諸君! 未知の世界の危機に対し、友愛と勇気を持って此処に参じられたこと、誠に感謝の言葉に耐えない。ロメーダ帝国皇帝として、改めて厚く御礼申し上げる」
威厳に満ちた開会の口上に、各国の代表たちが静かに頷く。レグルスは視線を手元の魔導書へと落とすことなく、そのまま言葉を続けた。
「【賢者の書】が指し示す厄災発生予定時刻は、四日後以降と目前に迫っている。……此度の『シャオハイユ救援作戦』の全容については、我がロメーダ帝国の優秀な書記官、アルギエバより説明させよう」
レグルスが軽く手を差し伸べると、その脇から一人の女性が一歩前に進み出た。
純白に近いプラチナシルバーの髪を美しく束ね、吸い込まれるような碧眼を輝かせる銀髪の天才美女――書記官アルギエバである。彼女は手にした魔導の図面を円形空間の中央へ投影しながら、通る声でハッキリと説明を始めた。
「これより、作戦の全行程および防衛ラインの構築について説明いたします」
空中へと投影された巨大なシャオハイユ周辺の立体地図が、青く眩い光を放って浮き上がる。アルギエバの細くしなやかな指先が、海岸線を指し示した。
「まず、我々はミドルドアの飛行魔術が使用可能な魔導士を、こちらの海岸線へ配置します。ここを【第一防御ライン】と設定します」
投影図の海岸線が赤く光る。
「次に、東の海岸線へと抜ける旧運河との合流地点――ここを【第二防御ライン】とします。第一防御ラインと同様、この第二防御ラインにもミドルドアの飛行魔術が可能な魔導士陣を重点的に配備します」
場内のミリタリーエキスパートたちが、立体地図を凝視しながら真剣な表情で頷く。
「続いて、運河に押し寄せる津波を緩和するための各種堤防建設についてですが……各国の尽力により、計画通り建設作業はほぼ完了いたしました。この構造により、押し寄せる津波の膨大なエネルギーは旧運河の方向へ優先的に誘導され、本流における破壊力は概ね『半減』するものと推計されています」
客席の各所から、安堵の混じった微かな息漏れが聞こえた。しかし、アルギエバの表情は一切緩まない。
「そして――シャオハイユ南壁。ここが我々の【最終防御ライン】となります。高さ地上十五メートルの城壁上に、残るすべての防衛人員および戦闘要員を配置いたします」
アルギエバは一度言葉を切り、場内を見回して視線を鋭くした。
「ここからは、実際に厄災が発生した際の一連の運用フローについて説明します。極めて重要ですので、全員確実に記憶してください」
緊迫感が一段と跳ね上がった。
「まず、第一防御ラインの魔導士が、空から接近する津波のスケールを即座に計測します。もし発生した津波の高さが『二十メートルを超えるもの』であった場合――即座に『赤い信号弾』を発射します。逆に、高さが二十メートル以下であった場合は『緑の信号弾』を発射してください」
「信号弾の色か……」と、客席のカノープスが手帳に素早くペンを走らせる。
「第一防御ラインから『赤い信号弾』が打ち上がった場合、第二防御ラインは津波が通過するまでその場に待機。そして、第二防御ラインに到達した時点においても津波の高さが二十メートルを超えている場合は、同じく『赤い信号弾』を発射します。最終防御ラインに位置する部隊は、この『赤い信号弾』を確認した瞬間、即座にシャオハイユを放棄し、総員急ぎ退避行動へ移行してください」
自然の脅威が人智を超えていた場合、即座に撤退して命を守る――極めて合理的で冷徹な判断であった。
「一方、第一防御ラインから打ち上がった信号弾が『緑』であった場合、または第二防御ライン通過時の津波の高さが二十メートル以下へと衰退した場合は、第二防御ラインからも『緑の信号弾』を発射します」
アルギエバの指先が、最終防御ライン――シャオハイユ南壁へと戻る。
「最終防御ラインにおいては、信号弾の色に関わらず、飛行担当のウィザード陣は避難予定人員の足元へ即座に『飛行用結界』を構築してください。いついかなる状況であっても、総員が即座に上空へ退避できる態勢を常時整えておくためです」
アルギエバの視線が、客席の前列に座るスピカたち聖女候補陣へと向けられた。
「そして……第二防御ラインにて『緑の信号弾』が確認された場合、第一聖女候補スピカ・マセットは、直ちに事前訓練通りの『広域多重防御壁結界』を展開してください。その他のプリースト陣は、即座に結界の強化および維持に全力で努めてください。この結界の維持は、レグルス皇帝からの撤収指示があるまで継続とします」
緊張した面持ちでスピカが小さく「はい」と頷く。
「ただし、結界の強度が不十分であると判断された場合、あるいは津波の威力が想定を遥かに上回る場合は、最終防御ラインからも『赤い信号弾』を発射します。その際も、総員直ちに退避となります」
一息ついたアルギエバは、最後に声のトーンを一つ落とし、重々しく告げた。
「……なお、第一防御ラインは、空からの災いが『津波ではなく怪物であった場合』についても、津波発生後引き続き高度警戒を維持してください。もし巨大生物などの怪物が発生した場合は、即座に『紫の信号弾』を発射します」
「紫の信号弾……」
「第二防御ラインも、第一防御ラインの『紫の信号弾』を確認した場合は、同じく『紫の信号弾』を最終防御ラインへ向けて発射してください。最終防御ラインにおける怪物の迎撃、あるいは総員退避の最終判断については、津波の到達状況を考慮した上で、現場のレグルス皇帝が下すものとします」
全ての作戦行程の説明を終え、アルギエバは深々と一礼すると、演壇の中央を再び皇帝へと譲った。
レグルスが重厚な足取りで前に出る。その瞳には、揺るぎない確信と覇気が漲っていた。
「以上が、シャオハイユ救援作戦の全容である!」
レグルスの朗々とした声が、大議事堂の天井を震わせる。
「我々が今から挑むのは……『津波』という、人智ではどうにもできぬ残酷な試練かもしれない! しかし! 互いの国境を越え、我々が一つとなり、勇気と信念を示せば――奇跡を起こすことは決して不可能ではないと、余は強く信じている!」
「「「おおおおおっ……!!」」」
場内から地鳴りのような歓声とどよめきが湧き起こる。皇帝の圧倒的なカリスマ性が、何千人もの兵士や魔導士たちの士気を最高潮へと引き上げていく。
――だが、熱狂が頂点に達したその瞬間。
レグルスはふっと口元に不敵な笑みを浮かべると、突如として客席前列に座るスピカの方へと視線を向けた。その鮮やかなエメラルドの瞳が、ピンポイントでスピカを射抜く。
「――第一聖女候補! スピカ・マセット!……最後に、諸君へ一言お願いする!」
「(((……えっ???)」))
静まり返る会場。
隣に座っていたベガとヴィンデミアが、ハッと息を呑んでスピカを見つめる。
当のスピカはといえば、頭の中が完全に真っ白になっていた。
七カ国の重鎮や猛者たちの視線が一斉に自分に集中し、スピカの顔は恐怖と恥ずかしさでカチコチに引きつる。
ごくりと唾を飲み込み、スピカは真っ赤になりながら、可憐な声を精一杯振り絞った!
「み……み、みんな……っ!! ガ、ガンバローーーーッ……!!」
「「「……お……お、オーーーーーーッ……!!???」」」
大議事堂全体に、何とも言えない、絶妙にぎこちない大歓声(?)が虚しくこだまするのであった――。
こうして、失笑と熱狂が入り交じる妙な一体感と共に、シャオハイユ救援作戦の最終作戦会議は幕を閉じたのだった。
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