第四章・第20話:北への旋風と、氷の女帝
【賢者の書】に『ep.117』が刻まれてから10日目。
空からの厄災発生予想日まで、残り18日――。
無事にロメーダの国境を越え、ミルキーウェールズ領内の港町ロッコウシーへと辿り着いたカノープス、ゼダル、デネブの3名は、すぐさま王国最新鋭の高速船へと乗り込み、一路レーシアの港湾都市ラジオドッグを目指して出航した。
海風が吹き抜ける甲板の上、全権使節ゼダルは、隣に立つデネブに向かって柔らかな笑みを向けた。
「火急の任務とはいえ……宮中でも『その美貌において右に出る者はいない』と噂されるデネブ嬢とご一緒叶いましたこと、このゼダルにとって僥倖と言わずして何でありましょうな」
少し離れた物陰から、忍者のスキルでそっと聞き耳を立てていたカノープスは、眉間に深々としわを寄せた。
(親父の奴……!『氷の美女』と恐れられるデネブ先輩に向かって、何をそんな浮ついたお世辞を叩いているんだ! さっさと撃沈されろ……!)
だが、息子の呪いのような願望に反して、デネブは意外な反応を見せた。
「……ゼダル卿。そのお言葉、素直に受け取っておくわね。けれど……宮中でどれほど持て囃されようと、意中の方に振り向いていただけなければ、虚しいものよ」
(……意中の方……)
カノープスには、その「意中の人物」が誰なのかすぐに察しがついた。シリウス王子である。しかし、年上の実父に対して素直に恋の悩みを漏らすデネブの姿は、カノープスにとって少々意外であった。
ゼダルは深く頷き、温かな眼差しで返した。
「デネブ嬢の献身……殿下もきっと、お分かりになっておられますとも。その想いが報われますよう、このゼダル、微力ながらお力になれますことを心よりお祈り申し上げます」
その言葉を聞き、デネブの冷徹な仮面がふっと和らぎ、微かな微笑みが浮かんだ。
「ふふっ、本当にお上手ね。……ありがとう、ゼダル卿。少し気持ちが楽になったわ」
どこか爽やかな空気が流れた――と思われた、その時。ゼダルは要らん一言を付け足してしまった。
「……まあ、無理に一筋でなくとも、他の殿方に目を向けてみるというのも手ですぞ? 如何です、我が家の愚息あたりなどは?」
デネブは一切の躊躇なく、やんわりと微笑んで返した。
「……それは、遠慮しておくわね」
(((撃沈されたのは俺かよーーーーっ!?)))
陰で盗み聞きしていたカノープスは、実父の余計な差し出しのせいで、不必要な精神的ダメージを負って撃沈するのだった。
◇
【賢者の書】に『ep.117』が刻まれてから13日目。
空からの厄災発生予想日まで、あと15日――。
カノープスたち3人は、かつて海の魔王クラーケンによって蹂躙されたという暗い歴史を持つ港湾都市「ラジオドッグ」にて無事に入国を許可された。そこから馬車に揺られること丸一日、ついにレーシアの首都「レイシングラド」へと辿り着いた。
かつてロメーダ帝国の怒涛の猛攻すら退けたという鉄壁の「氷の城塞」は、まさに北の覇者の威厳をそのまま体現していた。
レーシア王国――。
現在の国王は病床に伏しており、国の実権は第一王女であるアークウィザード・ナスティーヤ=ノマロフと、執権を務める怪僧ラチーペンが握っている。中でもナスティーヤは、エキティカ大陸全域で「若き女帝」と恐れられるほどの傑物であった。
3人がレイシングラドへ到着した翌朝、即座に玉座の間での謁見が許された。
純白に近い美しいプラチナシルバーの髪に、吸い込まれそうなアメジストの瞳。
玉座に鎮座するレーシア王国第一王女、アークウィザード・ナスティーヤ=ノマロフが、凛とした冷たく美しい声で唇を開いた。
「――ミルキーウェールズ使節団一同、遠方より此度の来訪、大義である。レーシアは心より歓迎しよう」
漂う圧倒的な覇気。
北の覇者たる「氷の女帝」との命懸けの政治交渉を前に、トップエージェントであるカノープスすらも、握りしめた手にじんわりと汗を滲ませるのだった。
ページ下部の【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】にして応援していただけると励みになります!」
ブックマークも大歓迎!!お願いします。




