第4部 第18話 メス狼の群れと、生殺しの停戦協定
スピカ、ヴィンデミア、ベガ、ザニア、シャーロット、そして――なぜか巻き込まれてしまったデネブまでが集まっている、ミルキーウェールズ恐怖の女子会が開催中のスイートルーム。
「ねぇねぇ〜、ドアの外のアルタイル君呼んじゃおうか?❤️」
シャーロットお姉さんの斜め上すぎる悪魔的提案に、ベガとデネブが即座に待ったをかけた。
「ちょっと、何考えているのよっ!? こんな夜遅い時間に殿方を寝室に呼ぶなんて! 貴方たち、それでも淑女なの!?」
「ええっ、淑女の嗜みとして常識を疑いますわ!」
まともな倫理観を主張する二人に対し、シャーロットはお酒の入ったトロフィーのような笑顔で強引な論理を展開する。
「違うわよ〜! お茶会! 警備でお疲れの彼を労うためのお茶会よ〜❤️」
そう主張するシャーロットの目の前、テーブルの上に並んでいるのはワインボトルとトロピカルジュース、そしてサイダーの瓶であった。お茶の要素は微塵もない。
「待ちなさいって言ってるでしょ――」
ベガの制止も聞かず、すたすたと入口へ歩いていったシャーロットお姉さんは、すでにスイートルームの重厚な扉を勢いよく開け放っていた。
「はーい、アルタイル君入って〜❤️」
身の丈六尺五寸(約197センチ)の威風堂々たる美丈夫――ミルキーウェールズ最強のサムライ、アルタイル・バロワが、足を踏み入れてはならない禁断のスイートルームへと踏み込んできた。
ドアを潜ったアルタイルが目にしたのは……石鹸とほのかなアルコールの甘い香りが充満する部屋の中で、6人の美女たちが一斉に己へ視線を向けているという、あまりにも異様な光景であった。
(……くっ、これは……!)
まさに、飢えたメス狼の群れにうっかり紛れ込んでしまった一匹の哀れな羊の気分である。
だが、武人・アルタイルは腹を括った。逃げ場などない。
彼はスイートルームの豪華な絨毯の上で流麗かつ美しい所作で正座すると、静かに口上を述べた。
「……今宵は、ミルキーウェールズのご婦人方の歓迎、誠に痛みに耐え兼ねます」
言い切るやいなや、アルタイルは絨毯の上で思い切り『大の字』になって倒れ込み、静かに目を瞑った。
「――――好きにしてください」
(((((……この超絶イケメンを、私達で好きにしていいの!!??)))))
乙女たちの頭の中で、怒涛の妄想が一瞬で爆発・加速した。
魔法庁長官アーテュス侯爵の令嬢、デネブは顔を熟したトマトのように真っ赤にしてパニックを起こした。
(えっ、えぇっ!? こ、このご立派で雄々しい殿方を“好きにしていい”って……一体どういう意味ですの!? どうなっちゃうの!?)
スピカとヴィンデミアも「好きに……っ!?」と顔を真っ赤にして口元を押さえ、くノ一であるザニアに至ってはゴクリと生唾を飲み込んだ。
「ーーって、貴方たち何考えてるの!? バカなのっ!?」
あまりの暴走空間に、ベガが慌てて床のアルタイルを抱き起こした!
「『アルタイル君を好きにする』って、どうするつもりよっ! ……それにアルタイル君もアルタイル君よ! 余興はもう終わり! 出るわよっ!」
ベガはアルタイルの腕を引っ張り、二人でスイートルームの外へと飛び出すと、勢いよく扉を閉めた。
◇
スイートルームの外の静かな廊下。
ベガとアルタイルの二人きりの空間が訪れる。
「……ふぅ。まったく、あんな部屋に素直に入るなんてどうかしているわ」
ベガは息を整え、アルタイルを見上げて話を切り出そうとした。
「アルタイル君。あのね……」
だが、見上げるアルタイルの凛々しい顔を直視し、ベガの言葉がキュッと詰まった。
「……ううん。なんでも、ないわ……」
ベガはほんのり頬を赤らめ、誤魔化すように視線を逸らした。
「……貴方はここで、私達を守るのよ。……いいわね?」
「……ハッ。御意に」
アルタイルの真面目な返答を見届け、ベガは再びスイートルームの中へと戻り、パタンと扉を閉めた。
◇
部屋に戻ってきたベガに対し、酒の抜けないシャーロットお姉さんが不満そうに絡みついてくる。
「ねぇ〜、ベガちゃん〜。アルタイル君お部屋に入れようよ〜! あんなイケメン好きにできる機会なんて、滅多にないんだから〜❤️」
ベガは部屋にいる5人のメス狼(+被害者1名)を鋭い眼光で睨みつけると、仁王立ちでドアの前に立ち塞がった。
「この、メス狼ども!! ここは朝まで、誰一人として通さないわ!!」
その迫力に全員が圧倒される中、端の方でデネブが弱々しく挙手をした。
「……あのー。私、自分の部屋に戻りたいんですけど……」
しかし、正義感と羞恥心でトランス状態に入ったベガの耳には、デネブの悲痛な訴えすら一切届かないのであった。
◇
――一方、階下のロメーダ迎賓館ロビー。
表向きは冴えない外交官、裏の顔はトップエージェント・カノープス中尉は、両手に花(※ただし両者とも超危険人物)の状態で、額から滝のような冷や汗を流し続けていた。
ミラがハダルに向かって、クスリと艶やかに微笑みかけた。
「ねえ、ハダルちゃん。今日はこのままで『停戦』にしない?」
「…………」
ハダルは無表情のまま少しだけ思案し、ぽつりと呟いた。
「……まあ、今日はこれでいいでしょう」
言った瞬間――ミラとハダルの二人は、ぎゅっとカノープスの左右の腕をさらに強く抱え込み、全体重を預けるように締め上げた!
「ぐぬっ……!??!?」
カノープスは嬉しいやら苦しいやら、言葉にならない悲鳴を心の中で上げた。
(て、停戦はありがたいけど……これはこれで完全な生殺し状態なんですけどーーーっ!!??)
双方の部屋で様々な思惑と妄想が交錯する中、ロメーダ帝国の夜は静かに、そしてカオスに更けていくのであった――。
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