第四部 第17話:迎賓館の夜と、忍び寄る(?)二つの危機
ロメーダ帝国の迎賓館。サミットを終え、更なる政略の影が蠢く中、ミルキーウェールズ陣営はスピカたち聖女候補の警備体制を極限まで引き上げていた。
重厚な扉で仕切られたスイートルームの内部には、精神干渉耐性を誇る聖騎士シャーロット。そして廊下には、ミルキーウェールズ最強の侍たるアルタイルが目を光らせている。
「はぁ、警備の確認も完了っと……あら?」
部屋に入るやいなや、シャーロットの視線がテーブルの上に飾られた豪華な赤薔薇の花束と、そこに添えられた小さなメモに留まった。
『スピカ・マセットへ
俺はお前だけを見てる』
レグルス皇帝からのあまりにも情熱的な直筆メモを目にした瞬間、シャーロットは手を叩いて爆笑した。
「あははははっ! ねぇこれ見てスピカちゃん! レグちゃんなんか必死すぎ! ギャグとして90点!!」
さきほどハダルに「50点」という冷酷な落第点をつけられたレグルスのメモは、シャーロットの評価によって、別の意味で高得点を叩き出していたのだった
◇
夜も更け、静まり返った迎賓館のロビー。
一人ソファーに腰掛けたカノープスは、腕を組んで深く思案に耽っていた。
(今回の緊急サミット……まずは聖女たちの安全確保計画については、一定の目処が立ったと言っていいだろう)
しかし、カノープスの脳裏をよぎるのはその後に押し寄せる政治的波紋だ。
(だが問題はその後だ。津波を止めるなど前代未聞の難業……失敗する可能性も十分に考慮すべきだ。もし防衛に失敗すれば、聖女候補たちの威光は一千落丈、地に落ちるだろう。……いや、案外それも悪くないかもしれないな。失敗を機に彼女たちを危険な作戦から遠ざけ、活動を縮小させる方向で動けば、彼女たちの精神的負担は減る)
思考を深めるカノープスの眉間にしわが寄る。
(気になるのは、ロメーダ帝国の聖女機構への執拗な働きかけだ。デネボラあたりが裏で何か良からぬ企みを巡らせているのは間違いない……)
「――カノープス君!」
暗闇の深淵から、聞き覚えのある妖艶な声が響いた。
ロメーダ帝国とソビヤ王国の二国間を渡り歩く二重スパイのくノ一――ミラ・グラダスである。
ミラは唇に悪戯っぽい笑みを浮かべ、ゆらりと歩み寄ってきた。
「カノープス君! ひょっとして……ここで私に声をかけられるのを待っていたのかな?」
カノープスは一切の動揺を見せず、即座に答えた。
「はい。ミラさんを待っていました」
ミラは嬉しそうにニッコリと微笑んだ。
「ふふっ、いいでしょう。合格です♪ ……」
「『私もあなたに会いに来た♡』と言いたいところだけど、残念ながらレグルス皇帝陛下からの直々の任務よ。聖女候補たちの護衛、そして……あなたたちの監視よ。不穏な動きをしちゃダメよ?」
ミラは艶やかに目を細めると、カノープスの隣にすべり込み、豊満な身体をぴったりと腕に押し当ててきた。
「……でも、君に会いたかったのは本当。この迎賓館の『思い出のあの部屋』……今夜、空いているわよ?」
カノープスの喉仏がゴクリと鳴った。
かつて賢者の書の秘密を暴く極秘任務の際、カノープスはミラと共にこの迎賓館の客室で一夜を過ごした過去がある。……まあ、実際のところはミラがベッドを占領し、カノープスは一晩中バスタブの中で縮こまっていただけなのだが(※スピンオフ参照)。
カノープスはか細い声で尋ねた。
「み、ミラさん……任務中なのでは?」
「ミルキーウェールズの一番の危険人物を一晩中拘束できれば、それで任務完了よ。ねぇ……イナズマ丸君♡」
(……な、なぜ急にイナズマ丸の名前を!? あの怪しげなアダルト記事のシチュエーションを再現しようというのか……!?)
冷や汗を流すカノープス。……と、その時であった。
「――カノープス先輩ぃ。私も、そのお部屋見てみたいなぁ?」
背後から、尋常ではない殺気を孕んだ可愛らしい声が落ちてきた。
くノ一のハダルである。ハダルはカノープスを般若のような凄い目で一瞬睨みつけると、次の瞬間には可憐な笑顔を浮かべてカノープスの反対側の腕を強引に抱き寄せ、隣のソファーに収まった。
ミラがハダルに向かって眉をひそめる。
「あなた、聖女候補たちの護衛があるんじゃないの?」
ハダルは完璧な笑顔で返答した。
「お三方は、スピカさんのスイートルームにお泊りです。聖騎士シャーロットさん、くノ一ザニアさんもご一緒です。お部屋の外には最強のサムライ・アルタイルさんとSPのレンジャーさんもいて万全ですので。お気遣いありがとうございます♪」
ロビーに、刺すような緊迫した空気(修羅場)が漂う。
両脇に美女を抱えながら、表向きは冴えない外交官、裏の顔はミルキーウェールズが誇るトップエージェント・ハイクラス忍者のカノープス中尉は、額からタラタラと冷や汗を流すのだった。
◇
一方、スピカたちのスイートルームでは――。
部屋にはスピカ、ヴィンデミア、ベガの聖女候補3名に加え、くノ一のザニア、聖騎士シャーロット、そして何故かシャーロットによって強引に連行されてきたデネブの姿があった。
テーブルには酒瓶が転がっており、すっかりワインが回ってご機嫌になったシャーロットお姉さんが、とんでもない提案を口にした。
「ねぇねぇ〜♪ ドアの外にいるアルタイル君も呼んじゃおうよ〜!」
「「「ええっ!?」」」
ミルキーウェールズ最恐の女子会が牙をむく。
メレンヘア学園「武」の象徴であり、身の丈六尺五寸(約一九七センチ)という圧倒的威圧感を誇る美丈夫―
―そして無自覚タラシな最強の剣客、
アルタイル・バロワ。
ドア一枚を隔てた廊下で立ち尽くす彼の運命や、如何に。
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