第四部 第16話:裏の思惑と、薔薇の採点表
サミットが無事に終了した後、場所を特設会議室へと移し、各国の代表数名による綿密な実務すり合わせが行われた。
協議の主な議題は、津波を逸らすための大型堤作成事業、住民の避難対策、総員の撤退訓練。そして「空からの厄災」が怪物であった場合の戦闘対策である。
怪物対策としては、各国が誇る数名の手練れを現地へ集結させることが決定された。
ロメーダ帝国もまた、優秀なアークウィザードの追加配備に加え、帝国最強の精鋭部隊『ロメーダの三連星』の現地派遣を即決した。
スケジュールの策定も完了した。各国の堤作成部隊は直ちに現地へ向かい、プリーストおよび戦闘部隊は厄災発生予定日(3週間後)の4日前までにシャオハイユへ集結することとなった。
そんな白熱する会議の様子を、スピカたち三人の聖女候補は、会議室の一角に用意された特別豪華な椅子に腰掛けて聴いていた。
かつて帝国の皇后も使用したという装飾の美しい椅子である。ベガとヴィンデミアは専門的な会議内容をしっかりと理解している様子であったが、スピカはただただ圧倒されていた。
やがて長い会議が終わりを告げると、ロメーダ皇帝レグルスが、三人の座る一角へとゆっくり歩み寄ってきた。
レグルスはベガとヴィンデミアに向かって粛々と声をかけた。
「……お二方。スピカ・マセットと少し話をしたい。席を外してもらえるか?」
「どうぞ」と言わんばかりに、二人は静かに立ち上がり退室していった。
部屋に残されたスピカは、レグルスと直接目を合わせようとせず、気まずそうに少し上を向いたり、下を向いたりして視線を泳がせる。
背後でカノープスとシリウスが鋭い警戒の目を光らせる中、レグルスは意を決したように切り出した。
「スピカ! その……先ほどのヴィンデミアの件だが……お前は、ヤキモチを焼いていたのか?」
あまりにも間抜けで真面目な問いかけ。
だが、真剣に自分を見つめてくるレグルスの深いエメラルドの瞳を目にした瞬間、スピカは思わず吹き出してしまった。
「ふふっ……さあ、そーかもしれませんねぇ? 私、こう見えて結構『嫉妬深い女』かもしれませんよ? 気をつけてくださいね、レグルス皇帝陛下」
小悪魔のように微笑むスピカの言葉を聞き、レグルスもまた、口元にかすかな笑みを浮かべた。しかしその頬は瞬く間に真っ赤に染まっていく。
「……っ、シャオハイユで会おう」
赤面した顔を隠すように、レグルスは背を向けてそそくさと退室していった。
遠ざかる帝国の若き皇帝の背中を、スピカはどこかおもしろそうに見つめていた。すると、横からカノープスが静かに声をかけてくる。
「スピカさん。そろそろ迎賓館へ戻りましょう」
「はい!」
◇
会議を終えたミルキーウェールズ一行は、宿舎であるロメーダの迎賓館へと戻った。
スピカたちが案内されたのは、前回同様、絢爛豪華なスイートルームであった。
部屋に入る前、護衛のくノ一・ハダルが慎重に室内を検分し、罠や盗聴の有無を確認する。安全が確認されて足を踏み入れると、テーブルの上にはまたしても見事な赤薔薇の花束が飾られていた。
そして、添えられた一言のメモ。
『スピカ・マセットへ
俺はお前だけを見てる』
スピカはその情熱的すぎるメモを指先でつまみ上げると、隣に立つハダルへ首をかしげて尋ねた。
「……ねぇ、ハダルちゃん。これ、どう思う?」
ハダルはメモをじっと一瞥すると、無表情のまま即答した。
「……50点」
(ひ、低っ!? 100点満点中50点!? 覇権国家の皇帝からのラブレターなのに……!)
ハダルの容赦のない低評価に、スピカは心の中で激しくツッコミを入れるのだった。
◇
時を同じくして――アルメキオン城内の別の会議室では、ロメーダ帝国陣営のみによる秘密裏の総括会議が終わりを迎えていた。
ロメーダの天才参謀デネボラが、居並ぶ帝国高官たちに向かって冷徹に総括を述べる。
「……各国の賛同、および三人の聖女候補の現地派遣が約束されました。これより目指すは津波の完全防衛……ですが、万が一それが叶わぬ場合であっても問題はありません。」
「『世界が一つになり全力を尽くしたが、人知の及ばぬ自然の脅威の前に涙を呑んだ』という、感動的なストーリーを仕立て上げるまでです」
デネボラは眼鏡のふちを静かに押し上げた。
「どちらに転んでも、三人の聖女候補たちは素晴らしい役割を演じてくれるでしょう」
高官の一人が尋ねる。
「……防衛に失敗すれば、聖女の威光は失墜するのではないか?」
「失墜したとて、それは聖女候補を保有しているミルキーウェールズが影響力を失うだけに過ぎません。聖女の奇跡に頼るのではなく、我がレグルス皇帝陛下が中心となって世界の舵取りを行えば良いのです。逆に防衛が成功すれば、その威光ごとシナリオ通り聖女機構を動かし、聖女候補たちを我が陣営へと引き込むのみ」
聖女候補たちをまるで盤上の駒か道化のように扱うデネボラの冷酷な言動に、レグルスは自らもどこか苦い後味を感じていた。
重苦しい雰囲気を変えようと、レグルスは話題を切り替えた。
「……ところでデネボラ君。スピカ・マセットに贈ったあの薔薇とメッセージ……本当にあれで良かったのか?」
聞かれたデネボラは、胸を張って完璧な笑顔を浮かべた。
「ご安心ください! 間違いありません、あれは世に言う『ツンデレ』という現象でございます! 他のご婦人に気があるように見せかけつつ、実は自分が大好き……完璧な反応でございます!」
自慢げに言い切る参謀デネボラ。
……自分たちが自信満々に贈った情熱のメッセージが、迎賓館でハダルに「50点」と切り捨てられていたことなど知る由もない、レグルス皇帝とロメーダ帝国の天才謀臣であった。
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