第四部 第15話:アルギエバの防衛策と、サミットの歓喜
緊迫した空気に包まれるロメーダ帝国首都アルメキオンのサミット会場。
レグルス皇帝の促しに応じ、銀髪碧眼の圧倒的な美女であり、若き天才魔導士であるアルギエバが静かに進み出た。彼女は卓上に広げられた詳細な地図と資料を白く細い指先で指し示しながら、鈴の鳴るような透き通った声で説明を開始した。
「――過去の『賢者の書』に刻まれた数々の災害や厄災に関する膨大なデータを解析した結果、該当する事象の具体的な発生時期は『その項目が出現した日から四週間を経過した日から、六週間の間』と定義されております。そして奇しくも……『本日』が、その出現からちょうど一週間目にあたります」
アルギエバの碧眼が、会場に居並ぶ各国の代表者を静かに見渡す。
「つまり、災害が発生する時期は今から『三週間後から五週間後』の間となります」
一瞬の静寂の後、彼女はシャオハイユの立体的な地図を掲げて見せた。
「被災想定地であるミドルドアのシャオハイユは、東西南北の一辺が約六キロメートルの巨大な城壁で囲まれた城塞都市です。本来の海岸線からは十キロメートルも離れた内陸に位置しております。……しかし、この都市は、城を囲む堀の南側から海岸線に向かってまっすぐに伸びる、幅一キロメートルにも及ぶ巨大な運河が存在します」
アルギエバは視線を一段と低くし、言葉を続けた。
「予言にある『空からの災い』は、巨大な隕石の類いか、あるいはそれに匹敵する質量体と想定されます。その落下衝撃によって発生する巨大津波は、逃げ場を失い、莫大なエネルギーを保持したまま運河を伝ってシャオハイユを直撃し、壊滅的な被害を及ぼすことが予想されます」
説明を聞く各国の重鎮たちから息をのむ音が漏れた。
「そこで我が国は、津波の発生が予想される『残り三週間』の間に、その威力を極限まで軽減させるための具体的方策をご提案いたします」
アルギエバは手元の資料を一枚めくった。
「第一に、被災予定国であるミドルドアには、一週間以内に周辺の災害対策船以外の全船舶の退去および撤去を行っていただきます。そして三週間以内に、シャオハイユの全市民を含む被害想定地域内の全住民の退避を完了していただきます。これに伴う他国からの人材派遣、資材、ならびに人件費等はミドルドアに負担していただきますが……本件につきましては、既にミドルドア側との了承を得ております」
ミドルドアの代表が静かに頷く。
「第二に、ミドルドアと他の六ヵ国が共同で、津波のエネルギーを殺し方向を逸らすための大型の堤を、残された三週間で可能な限り構築いたします」
「そして第三に――三週間後から六週間の警戒期間中、各国の精鋭たるプリースト、アークプリーストをシャオハイユ南城壁に待機させます。津波来襲の際には城壁の前方七キロメートルに渡って巨大な防御結界を展開し、津波の直撃を阻止いたします。……もちろん、南門正面の最前線城郭には、三名の聖女候補様方にも配備についていただきます」
『聖女候補』という言葉が響いた瞬間、聴講席にいたスピカの胸がキュッと締め付けられた。
(最前線……やっぱり、私たちがいくんだ……)
その時、会場の静寂を破るように立ち上がった人物がいた。ブリデン王国第三王子、ヘンリーである。
「異議がある!」
情熱的な面持ちでヘンリー王子が質疑を投げかける。
「その作戦は、精鋭のプリーストやアークプリースト、そして聖女候補たちにとってあまりにも危険すぎる! もし防御結界すらも突き破るような想定外の巨大津波が襲来した場合、彼女たちの安全はどう担保されているのか!? 明確にお聞かせ願いたい!」
自分を含めた聖女たちの命を守ろうと、なりふり構わず必死に声を上げるヘンリー王子の熱い姿に、スピカの心がじんわりと温かくなった。
(ヘンリー王子……そこまで私たちの安全を考えてくれてるんだ……)
対するアルギエバは、表情ひとつ崩さずに冷静なトーンで返答した。
「もちろん、ヘンリー殿下。精鋭の聖職者および聖女候補様方の安全対策は、完璧に織り込み済みでございます。……各国より、一名以上の人員を一度に救助可能な『飛行魔術』を有するウィザードを、可能な限り派遣していただきます。彼らには、最前線のプリースト一同のみならず、現場の指揮官、護衛の騎士、雑用を担う人員に至るまで、南城壁に配備される全ての人員を即座に上空へ退避させられる体制を構築させます」
さらにアルギエバは言葉を重ねた。
「万が一、想定を超えた津波により結界が崩壊の兆しを見せた場合は、断腸の思いではございますがシャオハイユを即座に放棄。全人員はただちに後方の『ニータイザンの砦』へと撤退いたします」
完璧な撤退シナリオに、ヘンリー王子もそれ以上は言葉を挟めず、ゆっくりと着席した。
ここで、壇上のレグルス皇帝がバトンを引き継ぐように一歩前へ出た。
「以上が、賢者の書ep.117に対する解決策の概要である。……世界を救うため、是非とも他の五ヵ国にもこの案にご賛同いただきたい」
レグルスの言葉が終わるやいなや、ミルキーウェールズ王国第一王子シリウスがまっすぐに立ち上がった。
「我がミルキーウェールズ王国は、その解決策に全面的に賛同する。ミドルドアおよびシャオハイユの民を救済するため、必要な支援人員、ならびに我が国の誇る三人の聖女候補を現地へ派遣しよう」
シリウスの澄んだ声が会場に響き渡る。
「ただし――追加の条件がある。第一に、聖女たちを含む派遣人員の安全策を十全に施すこと。第二に、いざという時の撤退訓練を徹底して事前に行うこと。そして第三に……『空からの厄災』が、ただの自然現象や隕石ではなく、何らかの意志を持った『怪物』である可能性も想定に組み込むことだ」
レグルスは力強く頷いた。
「シリウス王子の提言、しかと受け取った。安全確保と撤退訓練は余が全責任をもって約束しよう。また、厄災が怪物であった場合の戦闘対策についても、徹底して検討を重ねる」
両大国の足並みが揃うと、他国の代表者たちも次々に席を立ち、賛同の声を上げた。
「レーシア王国も本案に賛同いたします!」
「ブリデン王国も賛同する!」
「リンデア王国も賛同いたします」
「ソビヤ王国も異論ございません」
最後に、渦中の当事国であるミドルドアの国家主席が立ち上がり、深々と頭を下げた。
「エキティカの尊き友人たちに、心よりの感謝を表明いたします……!」
会議場全体が連帯感に包まれる中、レグルス皇帝が手を高く掲げて場を締めくくった。
「再び世界が一つとなり、この未曾有の危機を乗り越えようぞ!」
ウォーッという歓声が沸き起こる。……と、その時。
レグルスは深遠なるエメラルドの瞳をスピカへと向け、力強い声で指名した。
「第一聖女候補! スピカ・マセット!」
「へっ……!? は、はいっ!」
突然名前を呼ばれ、スピカは跳ね起きるように立ち上がった。
レグルスは真っ直ぐにスピカを見つめ、静かに、しかし情熱を込めて尋ねた。
「……できるな?」
世界中の重鎮たちの視線が、一斉にスピカへと集中する。
恐れやプレッシャーで押し潰されそうな瞬間――しかしスピカは胸を張り、はっきりとした凛とした声で答えた。
「私達三人は、全力を尽くします!」
スピカの言葉を聞いたレグルスは、満足そうに口元を綻ばせ、堂々と宣言した。
「神に祝福された巫女が、全力を尽くすと申している! シャオハイユの、そしてエキティカの未来は輝かしいものとなるだろう!……エキティカに栄光あれ!!」
「「「「「エキティカに栄光あれーーーっ!!!!」」」」」
サミット会場は割れんばかりの拍手と歓喜の渦に包まれ、最高の盛り上がりを見せた。
……そんな大熱狂のさなか。
スピカのすぐ後ろで、冷ややかな視線を送っていたベガが、ポツリと小声で呟いた。
「……私はやるとは一言も言ってないわよ」
もちろん、そんなベガの冷めたツッコミなど掻き消してしまうほど、サミット会場の歓喜と熱狂はいつまでも収まることがなかった。
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